百五十八話 突撃
フィストが着地すると、俺は声を上げる。
「ロイズは守備を! アヴェルは先鋒を! 突撃だ!」
俺の命に従魔たちは声を上げ、軍団に突撃を開始した。
そんな俺たちの行く手を阻もうと、軍団も盾を前に突撃してくる。
俺は軍団の戦列に風穴を開けるため、【聖光】をまっすぐ光線のように放つ。光によって焼かれたスケルトンが灰になると、北に伸びる巨大な道が開かれた。
フィストとヘルハウンドたちはその道を疾走しながら、周囲のスケルトンを近づけないよう魔法を放った。
付近で起きた爆発はカリスによるものだろう。おかげで、スケルトンたちは全く近づけない。
「このまま中央に入れれば……うん?」
俺は前方に山のように大きな何かがいることに気が付いた。どろどろとした赤黒い流体を纏った生き物で、膨大な魔力の反応があった。
一見すると巨大なスライムのように見えるがこいつは違う。ブロブという不死の肉塊だ。
闇属性の魔法を使うアンデッド系の魔物だが、その強さは体の大きさに比例する。この大きさともなると、それこそ山一つを消し去るような闇魔法を使える魔力はあるだろう。
しかもこのブロブの周りには、ローブを着たスケルトンたちがいる。
彼らは杖をブロブに向け、さらなる魔力を供給しているようだ。
ブロブは体の中央に穴を開け、そこに黒い瘴気を宿し始める。
これは闇属性の高位魔法……【闇炎】か。
全てのものを焼き払う魔法で、万が一生き残っても火を浴びた部分は回復不能になる魔法だ。【聖光】が有効だが、これほどの魔力となると光と闇が拮抗し周囲に──王都に闇の炎が飛び火する可能性もある。
ここは完全に敵の魔法を防ぐ手段を採ろう。
俺はフィストを止め、手をブロブにかざし皆に叫んだ。
「【魔法鏡】を発動する!! 皆、魔力の供給を頼む!」
その声に、ロイズ以外は俺に魔力を送ってくれた。
ロイズが送らないのは訳がある。俺が戦争で最高位魔法を使う際は、他に緊急事態が起きた時のため、その場にいる従魔の中でもっとも魔力を持つ者が予備として控える。
だから全力で【魔法鏡】は使えない。しかしフィオーレが見つからない今、あれを敵の大将と考え全力を出すのは危険だ。
そもそもブロブは、意思を持つ魔物ではない。他に指示を出す者がいるはず。それはフィオーレにほかならないはずだ。今は一刻も早くフィオーレを見つけなければいけない。
いつも使う【魔法壁】ではただ魔法を防ぐだけだか、【魔法鏡】を使えばこの【闇炎】の魔力を利用できる。それで軍団の数を減らし、フィオーレを見つける。
【魔法鏡】は無属性の最高位魔法で、魔法を跳ね返す【魔法反射】の上位魔法だ。
【魔法反射】は跳ね返す際、その威力が損なわれてしまうが、【魔法鏡】は相手の魔力を吸収し威力をそのままに打ち返すことが出来る。しかも別の属性の魔法に変換できるし、受け止められる魔力も段違いだ。
皆が魔力を発したと同時に俺は【魔法鏡】を前面に展開する。
一方のブロブは穴から黒い瘴気を放った。それは付近のスケルトンを飲み込みながら、俺たちの眼前へと迫る。
「来るぞ! 衝撃に備えろ!」
「へ、へい!」
俺がそう言うと、フィストと他の従魔たちは身を屈めた。
それからすぐに黒い瘴気が透明な【魔法鏡】によって受け止められる。瘴気は【魔法鏡】の表面に広がり、俺たちの眼前を真っ暗にした。
【闇炎】の熱も風もこちらには全く届かない。しかしその威力のせいか、【魔法鏡】ががたがたと震え、地揺れと烈風を引き起こす。
フィストは風に吹き飛ばされそうになるが、足を震わせながらも何とか耐える。
「ルディス様、まずいっす! こ、このままじゃ!」
「フィスト! 大丈夫ですから、なんとか耐えるのです!」
ルーンの声にフィストは返事をする余裕もないようだ。
そんな中、ロイズが俺に声をかける。
「ルディス様……予想以上の魔力です。ここは私も」
「いいや、ロイズ……それには及ばない。それよりも、周囲の魔力の動きを見逃すな」
その言葉にロイズは息を呑む。
「……承知いたしました。感覚を研ぎ澄ませ、私もフィオーレの魔力を探ります」
これだけの大魔法を放たせるのだ。フィオーレがいるなら、俺の死も想定しているだろう。
フィオーレが付近にいるのは間違いない。俺がヴィンターボルドに姿を現してすぐ軍団の攻勢を加速させたのだ。この王都への膨大なアンデッドも俺にぶつけるため。
しかし彼女の魔力の反応はいまだに探り当てられない。
フィオーレの魔力は膨大だ。だがそれでも見つからないのは魔力を隠蔽する魔法をかけており、俺たちに探知できない距離にいるのだろう。
だが、俺の生死は必ず確認してくるはずだ。そのために近寄れば、フィオーレほどの魔力の持ち主を探知できないわけがない。フィオーレの魔力の反応自体はつかめなくても、周囲の魔力の動きでロイズなら確実に分かる。
「ああ、頼む……」
だが俺も決して余裕があるわけではない。かつての皇帝の俺ならば、もうすでにこの【闇炎】を飲み込んでいてもおかしくないのだ。
地揺れと風は更に強まり、ついには地面に埋まっていた草の類も飛ばされていく。俺も首に巻いていたマフラーを飛ばされてしまった。
ユリアにもらったものなのに……いや、今はそんなこと気にしてられないな。
俺にも余裕がないのは確かだ。自分と従魔たちが持つ全ての魔力で【魔法鏡】を維持する。
「皆、ルディス様にもっと魔力を!! 今度こそ、私たちがルディス様を守るのです!」
ルーンの声に、皆必死に魔力を送ってくれた。
今世で従魔となったマリナやネールたちもその場に必死にとどまり、魔力を分け与えてくれている。
従魔たちにここまでしてもらって負けるわけにはいかないな……本当に、これが俺の本気なのか、ルディス?
俺は自らの背中を押すように問いかけた。
すると王都からも微弱ながらも魔力が流れてくるのを感じた。
「これは……」
王都のほうからだ。王都の人々が魔力を送ってくれている。
その中で一際はっきりとした魔力の動きがあった。というよりは見覚えがあったのだ。ユリアとノールの。
皆が応援してくれている……そうだ。ユリアや王国の人々のためにも、賢帝に負けることは許されない。
俺は王都からの魔力をも使って、【魔法鏡】をさらに分厚くする。すると表面に広がる【闇炎】がみるみるうちに小さくなっていた。【魔法鏡】が魔法を吸収する速度が速まったのだ。
やがて、【魔法鏡】の向こうにブロブの姿が確認できるようにまでなる。さすがのあの巨体のブロブも魔力切れのようだ。
「どうやら耐えたようだな……それに」
俺は付近の魔力の流れを見て確信した。フィオーレがこの場に来ていると。ロイズも同調するように俺に頷いた。
「まずはこれを返させてもらうか……不死の亡骸たちよ、とこしえに眠れ」
俺は【魔法鏡】に取り込んだ【闇炎】の魔力を【聖光】に変換し周囲のアンデッドたちに向け放った。
周囲に広がった【聖光】は爆発を起こし、天高く上がる無数の光の柱になった。あたり一帯のアンデッドはこの柱から降り注ぐ白い光に焼き払われていく。
王都の人々には俺たちが死んだように見えたかもしれない。だが光の柱が消えると、すぐに王都から歓声が沸き起こった。
目に見える距離にまだまだアンデッドはいるが、すっかり周囲は静かになってしまった。
俺は【魔法鏡】で【闇炎】を飲み込んだ時に感じた魔力の異変の場所に目を向ける。
そこに魔力の反応はない。だがその付近の魔力がまるで渦を巻くように異常な動きをしている。
「フィオーレ……俺が分かるな」
俺がそう問いかけると、まるで爆発するように急にとてつもない魔力が空に現れた。
そこにいたのは、片翼の──美しい金の髪を伸ばした天使だった。




