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百五十二話 三種族同盟

 俺はユリアの従者として、従魔たちの前へと向かう。


 王都の西門の前に立つと、俺たちはそこでゆっくりとやってくる従魔たちを出迎えることにした。


 ユリアの要請通り、護衛は非常に少数だ。ロストンと二名の兵士、そして俺とルーンたちだけ。


 王国人の誰もが街道や城壁の上から俺たちを心配そうに見つめていた。


「殿下……もしものことがあればお逃げを。我らが命に代えてもお守りいたします」


 ロストンは鞘に手を伸ばしながら言った。


「心配いらないわ、ロストン。私に任せて」


 ユリアは従魔たちをまっすぐ見ながらそう答えた。


 一方の俺は自分の従魔たちを前にしているだけだから、何も恐れることはない。


 しかし別の恐れはある。このユリアと従魔たちとの接触に俺は何の準備もしていないのだ。


 【思念】で従魔たちとは会話できるし、吸血鬼のロイズなら幻覚魔法も使える。だから特段、この接触を止めなかったし、何か準備をすることもなかった。


 ロイズ……頼むぞ。


 従魔たちは俺の前で立ち止まる。

 ゴブリンのロイツは俺のほう少し気にしている。俺に頭を下げなければ、挨拶しなければと考えているのだろう。だがそこは彼らも打ち合わせしてきたのか、俺を赤の他人として見るように振る舞ってくれた。


 ロイズはその場でフードを外した。


「人間? ……いや、吸血鬼か!」


 王国人たちはロイズを見て、最初は人間と考えたようだ。しかし真っ白な肌の色やその真っ赤な瞳、長い八重歯を見て吸血鬼と気が付く。


 それをユリアが一喝する。


「静かに! 客人に失礼よ!」


 王国人たちはユリアの言うことならと、声を潜める。


 それを見て、ロイズは恭しく一礼し、王国語でユリアに話しかけた。


「私は賢帝ルディスの最も忠実な従魔ロイズ。お出迎え、感謝いたします。ヴェストブルクの麗しき女王、ユリア陛下」


 貴族のような立ち振る舞いに、皆感心したような顔をする。

 だがルーンだけは、最も忠実なという言葉が引っ掛かったのか、苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「私の名を知っているのね……王になったことも。もしかして、賢帝も?」

「ええ、存じ上げております。我が陛下はあなたを取り分け気に入ってらっしゃる……我ら従魔が嫉妬するほどに」


 そのロイズの言葉に、ユリアは少し頬を赤く染めた。

 嬉しさを隠せない、といった感じだ。


「そ、そう。それは光栄だわ。でも、亡くなられた賢帝が私を見ていて、尚且つあなたたちをここに遣わすなんて……昨日、我が王国には聖獣も現れました。これも異常なことです。そして彼らは、あなたがたと聖獣が手を組んだとも。一体、この大陸で何が起きているのですか?」


 ユリアの言葉を聞いていた王国人の間に、再びどよめきが起きる。

 皆、聖獣が俺たちと手を組んだ、ということまでは知らなかったのだ。


「それについては……我が陛下より直々にお話しいただきましょう」


 ロイズはユリアにそう答えた。


 今後どうするか、ロイズは俺に決断を委ねるようだ。


 従魔が来てくれた以上、賢帝としての俺もただ手をこまねいているわけにはいかない。オルガルドの期待にも応えたい。


 俺は【思念】でロイズに告げる。


(ロイズ、急にもかかわらず悪いな。俺は今から王国人に語り掛ける。それらしく、頼めるか?)

(承知しました)


 ロイズはそう言うと、両手を天高く掲げた。


 すると周囲に暗雲が立ち込め、雷鳴が轟く。


「な、なんだ!? 急に空が!?」


 王国人が一様にざわつきだす。

 怖がらせてどうする……まあ神として崇められている者なら、確かにこういうほうがそれっぽいが。


 俺はすぐに、【思念】を周囲に拡散させた。


は賢帝ルディス! ヴェストブルクの民よ! 突然の来訪をどうか、許してほしい」


 その声にユリアはすぐに膝をついた。


「滅相もございません、ルディス様。神の一柱であるあなたの降臨を王国は歓迎いたします」


 他の王国人たちもユリア同様に跪こうとする。


「歓迎感謝する。しかし皆、礼は不要だ。今日、余は皆に頼みがあって参ったのだ」

「頼み?」


 ユリアは首を傾げた。

 交渉でも強制でもなく、頼みだ。神としては威厳がないかもしれないが、今回の従魔や聖獣、人間が手を取り合うという決断を、俺は王国の人々の意思に委ねたいのだ。


「うむ。この大陸の北より、不死の者たちが迫っていることは、ここの誰もがすでに周知のことと思う。余はそれに対処するため、従魔たちを招集したのだ。先程からそこにいる聖獣たちもまた、その敵に対処するため、余と手を組むことを決めてくれた」

「私たち王国も敵は同じです。ですから私たちこそ、頼みがあります」

「ユリア。そなたの言わんとしていることは分かっている。聖獣はすでに手を組んでくれると言う。北の魔物……魔王もだ。だが、余の忠実な僕たる従魔たちもまた魔物。そなたたちは、余の従魔と手を取り合ってくれるだろうか?」


 俺はユリアだけでなく、皆に向けて言い放った。


 頷く王国人も多い。しかし中には複雑そうな顔をする者もいる。


 そこにユリアが立ち上がって語りかける。


「今この王国は建国以来、最大の危機を迎えている……私は、賢帝ルディスとその従魔と手を結ぼうと思います!」


 その言葉に反対の声を上げる者は誰もいなかった。


 ロイズが幻覚魔法を使っているわけではない。

 それだけ皆、今の王国が危機的状況にあると認識しているのだろう。ユリアへの信頼も高い。もちろん神である賢帝の登場を恐れているというのもあるだろうが。


 ユリアは国民の意思を確認するように周囲を見やると、再び天を仰ぐ。


「ルディス様。どうかお力をお貸しください。この危機を、共に手を取り合って乗り越えましょう」

「うむ。では、まずは余と従魔たちで、負傷している者たちを治療するとしよう」


 俺は王都の内外に、強力な回復魔法を放つ。

 また従魔たちは薬品を皆に配り始める。


 やはりまだ信用できないのか薬品のほうは使わない者が多いが、俺の魔法のほうは負傷者を十分に癒していく。

 王国人の誰もが、その光景に舌を巻いた。


「こ、これが賢帝の力……」

「ユリアよ。この王都は王国における最後の砦と心得よ。防備を固め、なるべく多くの人を王都に入れるのだ。食料は我が従魔が確保する」

「はっ。ただちにそういたします。どうかよろしくお願いします、陛下」

「こちらこそよろしく頼む」


 俺がそう答えると、ユリアはまだ何か言いたげだった。だがすぐに首を横に振り、行動に移った。


 この日、この世界で初めて人間と魔物、聖獣が同盟を結んだのであった。

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