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十四話 王印が存在するらしい

 兵達に連れられ、俺は街道を進む。

 

 広い円形広場に出ると、目に入ってきたのは白壁の立派な屋敷だった。

 やたら広大な庭と、木をモチーフにした紋章旗。

 

 どうやら、俺は領主か何かの屋敷に連れていかれるらしい。


 しかし、俺が何をしたのだろうか?


 ベイツに会いに行った時、誰かに見られていたとは思えない。


 それに、何かの犯罪なら兵舎の牢にでもぶち込まれるはずだ。

 

 とすれば、可能性は一つか…… 


 屋敷の重厚な扉が開き、俺はその中へ促される。

 そして兵士の後を追い、ピカピカの大理石の床を歩いていく。


 案内されたのは、右側通路の突き当たりの部屋だった。


 その前に立っていたのは、見覚えのある男だ。

 他には、これも前見た数名の護衛がいる。


 俺を連行してきた兵士は、その男へ不機嫌そうに声を掛けた。


「……連れてきたぞ。こいつで間違いないな?」

「ああ、ありがとう。姫殿下もお喜びになるだろう」

「そうか。では、俺達は忙しいので」


 兵士は、素っ気なく男にそう返す。

 そして足早に来た道を戻っていった。


 何だか、険悪そうな雰囲気だ。

 

 まあ、それよりもこの男は……


「やあ、久々だな」

「ご無沙汰してます、俺はルディスです…… えっと」

「俺はロストンだ。この前は急にいなくなって心配したぞ」


 ロストンは、俺が以前姫殿下を助けた時の護衛の男だ。


 俺の名前を知ってるのは、恐らくお礼をするために調べたのだろう。


 ここは、素直にお礼を受け取って退散するのが良さそうだ。


「すいません、この前は。 ……急用があったので」

「いや、気にするな。病院まで運んでくれたのだから。それよりも、前の魔法は本当に助かったぞ。姫殿下が直々にお礼を伝えたいらしい」

「ひ、姫殿下が? でも、俺はただの農民上がりの冒険者で」

「そんなことは気にするな。さあ、殿下が待っている」


 ロストンはそう言って、後ろの両開きの扉を開ける。


 白地に金箔があしらわれた扉の先には、赤絨毯の豪華な部屋が有った。 


 豪華なベッドに家具。中央には、白木で出来た小さな机が置かれている。

 その前には、長い銀髪を背中まで伸ばした女の子が白木の椅子に座っていた。


 これは参った…… 素直にあの時隊長に褒美をもらえば良かったかもしれない。

 とはいえ、ここで逃げることはできない。


「姫殿下、ルディスが来ました」


 その声に振り向く銀髪の女の子。青いドレスの彼女は、昨日も城壁で見たばかりだ。

 名前は確か、ユリア。


 ユリアは俺に澄んだ青い瞳を向けた。


 ……やはり綺麗な子だ。帝国中の皇女や令嬢を見ても、ここまでの子はいなかった。


 すぐさま頭を下げて、俺はこう述べた。


「ルディスと申します。本日はお呼びいただきまして、ありがとうございます」

「私はユリアよ。そこに座って」


 ユリアは自分と挟んで対面の席に座るよう促した。


 農民が面と向かって席についていいものなのだろうか?


 俺はロストンの方を向くが、笑顔でただ頷いてそうしろと言わんばかりだ。


「かしこまりました」


 そう答えて、椅子に向かった。


 それと同時に、ロストンが扉を閉める音が響く。


 俺は椅子の前で、もう一度深くお辞儀をして席に着いた。


 ユリアは俺を少し見て、不思議そうな顔をする。


「この男が? ……いや、いきなり、呼んでごめんなさいね。それと、私を治してくれたこと、感謝するわ」

「いえ。姫殿下がご無事でなによりです」

「今日呼んだのは、礼を取らせようと思ったの。でも、その前に一つ聞かせて。あなた、私をどう治したの?」


 俺はユリアの言葉に、内心ぎくっとした。

 きっと、あの毒が厄介であることを知っていたのだろう。


 つまりは多少の魔法の知識が有るということだ。


 ここはどう答えるべきだろうか?


 迂闊な返答をすれば、ぼろが出るだろう。


 人の記憶を操作したりする魔法も有るが、今の俺には使えない。


 ここは正直に答えるしかないか…… 若干はぐらかして。


「村で禁忌とされていた【浄化】という魔法です。私も詳しくは知りませんが、様々な毒から治せるとかで……」

「【浄化】…… やはり私の読み通りだわ! 【解毒】も【解呪】も効かなかった。だとすれば、【浄化】しか効かないはず!」


 読みが当たっていたのが嬉しいのか、ユリアは興奮気味だ。


「すごい魔法であることは私も知っていましたが、そんな魔法なんですね」

「ええ。低位魔法でないのは確かよ。中位…… いや、高位魔法の可能性があるわ」

 

 俺も読みが当たったらしい。

 この子、やはり魔法の知識がそれなりに有るみたいだ。


 下手な嘘を吐かなくて、良かった。


 ユリアはこう続ける。


「村で禁忌とされていた魔法ね…… 確か、あなたの故郷はエルク村だったわね。親から学んだの?」


 もっと厄介な質問が来たな……

 そうですと答えれば、村の者が連れ出される可能性がある。

 

 嘘を吐くのはあまり慣れていない…… 


「そ、その…… 村の皆には内緒にしていただきたいのですが…… 村の禁足地の魔術書を勝手に読んでしまって」

「それで使えるようになったのね。で、その魔術書はどこ?」

「それが…… いつの間に、焚火の燃料にされていて」

「そんな貴重な物が灰にされたっていうの?!」


 ユリアは思わず少し声を荒げる。


 申し訳なさそうな顔をつくり、俺は頭を下げた。


「あきれた…… それじゃあ、【浄化】はあなただけしか使えないのね」

「……そういうことになります」


 ユリアは、しばらく難しい顔をして何かを考えているようだ。


 次は何を言ってくるだろうか?

 

 俺の言ったありもしない魔術書を、ユリアは欲しかったはずだ。

 その理由は、【浄化】を覚えたいというのが自然なところだろう。


 ユリアはため息を吐いた。


「はあ…… 仕方ないわ。あなた、私の従者になりなさい」

「え? ですが、私は農民出身の冒険者で」

「身分なんてどうでもいいわ。私にその【浄化】を教えて!」


 やはりそうきたか。


 農民が姫の従者、普通に考えれば大出世だろう。

 

 しかし、俺は誰かに仕えて自由がなくなるのは御免だ。


 それが君主の子女であれば、尚更である。

 皇子時代にそういうしがらみを何度も見たからだ。


 先ほどの兵士の態度を見るに、きっとここの領主とも何かありそうだ。


 ここは、返答に困るような主張をしよう。


「ありがたい申し出なのですが…… 私は冒険者として、魔物との聖戦に参加したいのです。神にそう誓いを立てましたので」

「魔物との聖戦? はあ、皆、本当つまらないことを言うわね」

「つまらない? 村の神官は、魔物を滅ぼすべきだと言いますが」

「そんなのは、歴史を知らない愚者の言葉よ。かの賢帝ルディスは魔物を多数従えて、大陸東部に平和をもたらしたのよ。味方になりそうな魔物は、味方にするべきだわ」


 また、”ルディス”か……

 

 平静を保とうとするも、やはり自分の名前が出てくると、ドキッとするものだ。


 しかしこの子、中々合理的な思考の持ち主かもしれない。


「では、姫殿下は魔物を滅ぼすべきじゃないと?」

「協力関係が築けるなら、その必要はないわね」


 うむ、そうするべきだ。

 かつての俺なら仲間にしたかった子だな。


 だが、申し訳ないが、俺はもう政治に関わる気はない。


 ここはちょっと意地悪だが、攻め方を変えてみよう

 

「そうなのですね…… では、姫殿下、大事な事を聞かせてください。私も生活が懸かっていますので。従者になるとして、いくらお支払いいただけますか?」

「ふふっ、期待していいわよ! ずばり、一か月、五十デルはどう?」

 

 ユリアは自信満々にそう答えた。


 確かに、農民としては大金なのかもしれないが……


「申し訳ないですが、それだと……」

「じゃあ、五十五デル!」

「それも……」

「じゃ、じゃあ、六十デルはどうかしら!」

「私は、一日で五十デルを稼ぐので……」


 五十デルと言う言葉に、ユリアは目を丸くする。


「ぼ、冒険者って、そんな稼げるの?!」

「え、ええ。私は毎日ってわけじゃないですが、皆さん少なくとも月に百デルは必ず稼いでると思いますよ」


 そもそも冒険者ギルドと宿で過ごすにしても、食費で最低九十デルはかかる。

 

 ユリアは言葉を失ったようだ。

 

 やはりか。


 ユリアはあまり金がないと俺は踏んでいた。


 護衛の数はたった十人程。しかも、使用人すらいない。


 昨日の会話や今日の兵士の態度を見るに、領主からは軽んじられていることが窺えた。


 少し可哀そうだったか? ここは、このまま「お礼は結構ですから」と出ていくか。


 しかし、この子嫌いになれない…… ちゃんとした理由があるなら、少し付き合っても。


 王族の申し出を一方的に断るというのも、どこか危ない気がする。


「魔法を教えるだけなら、まあ……」


言ってしまった…… 我ながら、甘いものだ。


 この子がもし俺の見立て通りの子じゃなかったら、どうするというのだ。

 

 しかし、そこらへんは考えている。


 【浄化】は誰かを害するような魔法じゃない。

 言葉が偽りでも、金稼ぎに走るか、名誉欲を満たすだけだろう。


 だから、魔法を教えるだけならいいかもしれない。

 そう、教えるだけなら……


「本当?!」


 ユリアは立ち上がって、俺にそう訊ねた。


「ええ、ですが……」

「決まりね! ちょっと待って」


 そう言って、ユリアは俺に右手をかざした。


 一体、何をするというのか? 俺は念のため【魔法壁】を行使する。


 とはいえ、魔法の類ではなさそうだ。

 だから、危害を加えようとしているわけじゃないらしい。


 ユリアは、不安そうな表情を浮かべていた。


 うん? ……これは?!


 俺は、ユリアの右手に釘付けとなった。


 うっすら浮かんだ光の五芒星…… 帝印だ。


 ユリアは帝印の持ち主だった。それも俺と同じ、五芒星、魔物を従える紋章だ。 


「ルディス、私の従僕となりなさい!」

 

 ユリアの声に、帝印が薄い光を発した。


 しかし、俺には何も浮かばない。


 それを見たユリアは、膝をガクッと落とす。


「……何で ……何で私の王印は、誰も従えられないのよ」


 ユリアは涙声で、そう呟いた。


 この時代では、帝印は王印と呼ばれているのか。

 

 ユリアの帝印は、魔物を従えるもの。人間は従えられない。


 そもそも、両者の同意がなければ、契約は成り立たない。


 帝国では、大神官によって帝印の知識が継承されていた。

 それがこの時代では、失われてしまったようだ。


 ……教えてやるか? 

 いや、そんなことを農民が知っているのは、明らかにおかしい。


 それに、魔法を教えるとは言ったが、従者になるとは一言も……


 そもそも、この子は【浄化】を覚えて、一体何をするというのだろうか。

 

「姫殿下…… 一つ聞かせてください。【浄化】を覚えて、どうしたいのですか?」

「【浄化】はただの手段でしかないわ。私も、賢帝ルディスのような魔法を使いたいの」


 また、”ルディス”か。


 古代の皇帝にあこがれる王女。

 歴史が云々言っていたから、美化された俺の話にでも影響されたか。


 とにかく、ただの姫様の道楽には付き合う気はない。


 しかし、ユリアは意外な言葉を発した。


「そしていずれは…… 賢帝ルディスのように、この大陸に平和をもたらしたい」


 この子…… 夢見がちで愚直な子だ。


 言うなら簡単。とてもこの子にそれは成し遂げられないだろう。


 ……しかし、嫌いじゃない。


「姫殿下…… ごめんなさい、従者は難しいです」

「そうよね…… こちらこそ、ごめんなさい。無理やり従わせようとして」

「……従者は難しい。ですが、時間が有るときであれば、魔法をお教えしましょう」

「……いいの?」

「はい。姫殿下であれば、皆のため、この魔法を役立ててくれるでしょうから」

 

 俺の言葉に、ユリアは顔を明るくさせた。 


「やった!! ロストン、聞いた?!」

「ええ、姫殿下! 良かったですね!」


 手を互いに叩くユリアとロストン。

 先程の寂しそうな顔が嘘のようだ。


 ……それに俺の見立て通りなら、もっとこの子に魔法を教えてもいい。


 心のどこかでそんな事を思ったのだ。


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