百四十三話 誓い
「これは……なかなか美味しいお酒じゃないか。特にこの果実のような香りが見事だ」
俺が銀杯の酒をテーブルに置くと、ゴブリンのロイツが頭を下げた。
「もったいなきお言葉です、ルディス様。先祖代々伝わる醸造法にルディス様に教わった魔法を活かしたのです。おかげで室温を一定に保つことができました」
「魔法は戦闘に使うより実生活に生かすべき……これからもどう魔法を使うか楽しみにしているよ」
「はっ。より一層、研鑽に励みます!」
ロイツは深く俺に頭を下げる。
そんなロイツを見てか、スライムのルーンが杯を二つ持ってやってきた。
「る、ルーン殿?」
「ロイツ、先程から宴会の裏方ばかりで全く飲んでませんね! さ、あなたも」
「わ、私などはまだ皆さまと杯を共にできるような立場では……うっ」
ルーンはそんなロイツの口に杯を宛がった。
「つまらないこと言ってないで飲みますよ! さ、そこで控えている者たちも!」
従魔の中でも、ロイツらゴブリンは裏方に徹していた。自分たちは後輩だからと遠慮しているのだろう。
「そうですよ! じゃんじゃん飲みましょう!」
同じ後輩の従魔のネールやベルタたちは全く遠慮してないようだが。
俺もルーンの気遣いに口を開く。
「ここにいる者は皆、俺の従魔。皆、遠慮はするな」
「ルディス様……」
俺の言葉にロイツたちはまだ遠慮がちだったが、やがて自分たちも酒や食事を口にしていった。
その様子を俺は嬉しく思った。
だがやはり何かが足りない。
「ちょっと酔ってしまったようだ。風に当たってくるよ」
俺は一人神殿風の建物を出て、人口の泉へと向かう。
ロイツの先祖であり俺の従魔であったベイツ、そしてサイクロプスのギラス、オークのヴァンダル……すでに彼らはこの世界にはいない。もうどうにもならないことは分かっている。
しかし従魔の長フィオーレは違う。
彼女が人間を滅ぼそうとしているのなら、俺が止めなければ。
そう思っていた時、ルーンがぴょんぴょんと後ろからやってきた。
「先ほどはありがとうございます、ルディス様! これでだいぶ打ち解けられそうです!」
「ルーンが気遣ってくれたからだ。お前はいつも従魔全員に気配りをしてくれているな、ルーン」
そう言うと、ルーンは少し恥ずかしそうな表情をした。
「そ、それはもちろんです! だって私はルディス様の最初の従魔ですから!」
思えばルーンの笑顔には何度も助けられてきた。
最初は感情表現なんて知らなかったスライムだ。でもルーンは俺と一緒に過ごし、同じことに悩んだり悲しんだ。
俺はそんなルーンに自然と言葉が漏れる。
「……いつもありがとう、ルーン」
俺が感謝を口にすると、ルーンは何かを察したように少し寂しそうな顔をした。
「ルディス様……そうです、私が従魔皆を導きます。だからルディス様……もうフィオーレのことは」
「ルーン……」
ルーンは俺のために言ってくれているのだろう。
どういう形であれ、軍団を指揮しているのであれば、今の俺とフィオーレの考えは相いれない。
きっと嫌な思いをすることになるだろうと。
「ルーン……わがままかもしれないが、俺はフィオーレと再会して謝りたい。俺とは駄目でも、皆と暮らしてほしいんだ。それに、この国で出会った人たちを思えば、軍団は必ず止めなければいけない」
「ルディス様のお考えは分かります。ですが、ルディス様。ルディス様は何故、ご自身をいつも犠牲にされるのですか? 転生前も今も、私たち従魔や人々のために……」
「ルーン、そうじゃない。皆が幸せになることが、俺の幸せなんだ。だからそれを見届けるまでは、俺はフィオーレと相対しても、もう死なない」
フィオーレが俺を許さなかったとしても、そこで俺は死んだりしない。必ず、従魔たちが安心してこの地に住めるようになるまでは。もちろん、そこにフィオーレもいないといけない。
ルーンは今の俺の言葉を聞いて、真剣な表情で頷く。
「……それを聞いて安心しました。それであればこのルーンも、フィオーレの説得に全力を注ぎます」
「ありがとう、ルーン」
「必ず……必ずフィオーレを取り戻しましょうね」
「ああ、必ず」
俺とルーンは互いに深く頷き合った。
誓いを新たに俺たちは宴会を終えた。
しかし翌朝、王都に残していたヘルハウンドの一体が大急ぎで里に帰ってくるのだった。




