十三話 祝宴と呼び出し
「「乾杯っ!!!」」
ゴブリンを退けた冒険者達は、ギルドで祝杯を上げた。
十デルという安い報酬ではあるが、ただ働きで得たようなもの。
皆景気よく、エールを煽るのであった。
何かよく分からないが、敵の高位魔法が突然の雨で消され、ゴブリンが総崩れとなった。
冒険者達の認識は、そんな程度であった。
人によっては、ゴブリンは自滅したとか、禁忌の魔法を使い神から報いを受けたと噂している。
【魔法反射】でベイツを倒したので、ある意味で自滅である事は間違いないが。
とはいえ、冒険者達にとって勝因などどうでもいい。
皆、ただ酒を飲んで騒げればいいのだ。
そんな中、顔を赤くしながら、赤い鎧の大剣士が声を掛けてきた。
「ほれ。ルディスよ、今日は思う存分飲め!!」
「ありがとうございます、カッセルさん!」
俺はカッセルから手渡されたエールに口をつける。
本当に、口をつけるだけだ。
この世界に来てから初めて味わう酒は薄く、おいしくはなかった。
「そうよ。ルディスとルーンの分は、このカッセルが奢ってくれるからね。飯もじゃんじゃん頼んじゃいなさい」
横からそう言ってきたのは、もう一人のブラウンの髪を後ろで纏めたエイリスである。
それを聞いたカッセルがすぐにこう返す。
「ま、まあ、あまり飲みすぎるなよ」
「なによ、カッセル。体はでかいのに、器は小さいわねぇ」
いつものように、エイリスはカッセルをからかっていた。
しかし、いつもの光景に、ある女性がいないことに気が付く。
「あの、エイリスさん。ノールさんは?」
俺達の適性検査の試験官を務めてくれたノール。
そのノールがいないのだ。
そもそも、この祝宴はノールためにエイリスとカッセルが言い出したものだった。
ベイツの【火炎嵐】を見てからのノールの様子を心配していたのだ。
そこで、少しでも気晴らしになればと、酒を飲むことを考えついた。
「ノールは、街の公園よ。帰ってきてから、少し風にあたってくるとかで、一向に戻ってこないわ」
「そうですか…… ノールさんによれば、あれは【高位魔法】。俺ですら恐怖しましたが、魔法に詳しいノールさんなら尚更でしょうね」
俺はエイリスの言葉にそう答えた。
もっと別の理由で何かに怯えているように見えたが、あれこれ邪推するのは良くない。
それを聞いた、カッセルがこう口を開く。
「そういうことなのか? 俺には、何かもっと別の事で怯えているように見えたが」
「別の事? どういうことよ?」
「うーん…… それは分からんが」
「分かんないのかよ!」
エイリスはカッセルの頭を、冗談交じりにポンと叩く。
恐らくは、カッセルの言っていることは的を射ている。
ノールには、過去に何かが有りそうだ。
「まあ、とにかく今はそっとしておきましょう。多分だけど、取り乱したことを恥ずかしく思ってるのよ」
俺とルーン、カッセルはその言葉に頷く。
もちろんそれは感じているだろう。
「だから、私達は今まで通り普通に接しましょう。その内、自分で笑い話の一つにもするでしょう。頼むわよ、ルディス、ルーン」
「「はい!」」
俺達は元気にそう返事するのであった。
エイリスとカッセルは仲間思いだ。
いや、冒険者をやっていると、そうなってくるのだろうか。
俺はそんな事を考えながら、ふらふらと歩くルーンを支えて、宿に戻る。
「ルーンよ。おい、ルーン、しっかり歩け」
「ひゃぁい! ルディスうっ様ぁ!」
「駄目だこりゃ……」
スライムは酒に弱いのか。たった一杯で、この様だ。
普段水しか飲まないから、それも影響しているのかもしれない。
俺はやっとのことでルーンと宿の一室の戸を開ける。
「ふう、皆、戻ったぞ」
「お帰りなさい、ルディス様!」
そこには人間に【擬態】したマリナと、小さなスライム達がいた。
「ママ? ルディス様、替わります」
「ありがとう、マリナ。一緒にベッドまで運ぼう」
俺とマリナは、ルーンをベッドにまで運ぶ。
「少し酔いがさめたら、鎧を脱がせよう…… ふう、疲れた」
俺もルーンの隣で、ベッドに腰かける。
「ルディス様、どうぞ」
「お、すまないな、マリナ」
マリナは俺に、水で濡らしたタオルを手渡してくれた。
俺はそれで顔を拭う。
「ふう、さっぱりした。後で風呂にも入るが、やっぱこれだな」
俺が皇帝の時、仕事終えて帰還すると、こうやって濡れたタオルをルーンが持ってきた。
どうやらルーンは、マリナやスライムに俺が求める物を教えているようだ。
マリナは俺の前でこう口を開いた。
「ご満足いただけたようで、なによりです。しかし、ベイツ様は残念でしたね」
「どちらのベイツの事だ? まあ、両方か」
かつての”ベイツ”も、俺が倒したベイツも、従魔とすることはできなかった。
「だが、ロイツが俺の従魔となった。得られるものはあったよ」
俺はマリナにそう続けた。
そうだ。俺にロイツという新たな従魔が仕えてくれたのだ。
このロイツについて、俺は少し今後の方針を考えなければいけない。
まず都市で家を買うのは、非常に難しそうだ。
そこにロイツのような従魔を住まわせるのは問題が有る。
だから、少し人里離れた場所に、家なり拠点を求めるべきだろう。
ロイツがどれぐらいゴブリンを集めてくるかは分からない。
しかし、今後増やしたいことを考えれば、ある程度大き目が良さそうだ。
とはいえ、俺が住めて、魔物も住める。なおかつ人目に付かない。
そんな都合のいい場所が有るだろうか?
ルーンのように【探知】を妨害する結界などを使えば、ある程度人里に近くてもよさそうだが……
ともかく、冒険者ギルドの依頼をこなしながら、この付近に良い場所はないか探すとしよう。
あとは、資材、家具や雑貨、食糧等の必要なものだな。
しかし、ゴブリンの大軍勢が去った今、しばらくは依頼も少なくなるかもしれない。
売れそうな物を先輩冒険者に聞いてみて、近くで採集でも始めてお金を貯めるか。
俺は風呂に入っても、そんな今後についての事を考えていた。
全身をさっぱりとさせた俺は、部屋のベッドへと戻る。
部屋に戻ると、ベッドに横たわるルーンは、鎧を脱いでいた。
だが、【擬態】は解いていないようだ。
「お、ルーンの鎧は脱がせてくれたのか」
「はい! でも、ママはまだ正気じゃないようで」
マリナの方は【擬態】を解いていたらしく、スライムの姿でそう答えた。
「これじゃ、どこからどう見ても人間だな」
スライムは寝ない。
しかし、今の横たわるルーンは酒に酔って寝ている人間そのものだ。
そうかつてのセシルそのもの。
いや、セシルが酔ったのも寝ているもの見たことはないが。
このまま隣で寝るのは、何だか気まずい。
【擬態】を解いてもらうようにしよう。
「おい、ルーン。ルーン! 寝るぞ、【擬態】を解け」
「びゃっ…… い。るでぃすさまぁ……」
ルーンは甘ったるい声で、そう答えてきた。
しかし、一向に【擬態】を解く気配がない。
「ルディス様。ママをどかしましょうか?」
「いや、いいよ…… ルーンも疲れてるんだろう」
スライムが人間のように疲れるかは不明だ。ベッドで寝る必要もない。
いや、少なくともルーンは疲れたと口にしたことはない。
それでも今日はルーンには良く働いてもらったので、何だか可哀そうだ。
「いいや。俺は椅子で寝るとしよう」
「なりません! ルディス様のお体は一つ。しっかりベッドでお休みください」
「だ、だが……」
「ママは大丈夫です。どかしますから」
「……分かった。だが、ルーンはそのままにしてやれ。俺は隣で寝る」
俺ももう疲れている。姿は確かにセシルだが、ルーンと寝るのはいつものことじゃないか。
ルーンの隣で寝ることにしよう。
「明日も頑張るとしよう。皆もよろしく頼むぞ」
「「はい、ルディス様! おやすみなさい」」
「ああ、お休み」
俺はスライム達にそう答え、ベッドの近くにあった卓上の照明を消した。
その日はやはり疲れていたのだろう。すぐに寝れたようだ。
俺が次に起きた時には、胸の上に重いものを感じた。
すべすべの肌触り。伝わる人肌のような、仄かな暖かさ。
少し息苦しく感じた俺は、目を開けた。
俺は自分の胸に目を移す。
「ルーンっ?!」
ルーンはセシルの姿を裸にして、俺に抱き着いていた。
しかも俺の姿も裸にして……
「あ、ルディス様、おはようございます」
「ルーン…… 何故、裸なんだ」
「こうしてると、とても暖かいんですよ!」
「いや、そうじゃなくてだな……」
俺が顔を真っ赤にしているその時、急に扉をどんどんと叩く音が聞こえた。
「は、はい! 今出ます! ……ルーン」
「はい! 皆、こちらに来なさい」
ルーンは俺にそう答え、【擬態】で服を着た状態になる。
また、スライム達をベッドの下に隠したようだ。
俺も服を着て、大慌てで扉を開ける。
そこには、屈強な兵士達が五人立っていた。
皆俺を、怪訝そうに見つめる。
隊長であろう男がこう口を開いた。
「貴様が、エルク村のルディスだな?」
「は、はい、そうですが……」
俺が何かしたというのだろうか?
「我らと共に来てもらおう」
「何故ですか?」
「口答えは許さん、農民。ついてこい!」
腕を掴まれる俺。
「ルディス様!」
ルーンが立ち上がる音が聞こえた。
魔法を使う気だ。
ルーンの魔法であれば、低位魔法でもこの兵士達など相手にならない。
「待て、ルーン!」
「る、ルディス様……」
「大丈夫だ、ルーン。もし罪に問われることが有っても、俺は何にもやっていないから」
俺はルーンをそう抑える。
「……分かりました、ついていきましょう」
俺は兵士達に連行されるように、宿を出るのであった。




