百三十一話 賢帝の再来
インフェルティスと話をつけた俺は、ユリアたちのもとに戻り朝を迎えた。
皆起きるなり、火口のある場所へと階段を下っていく。俺やルーンたちは何も知らないという体でそれに同行した。
階段はすでに制圧済み。スケルトンはでてこないので、ユリアたちは悠々と降りていく。
しばらくすると、火口へ繋がる通路へと到着する。
カッセルが呟いた。
「ふむ……もっと激戦になるかと思ったが」
「なんてことはないわね。むしろ、熱さが怖いぐらいだわ」
エイリスは額の汗を袖で拭っていった。
ユリアも周囲の熱気を感じ取ったのか、こういった。
「本当に火山だったんでしょうね……とすると、火口が近いのかも」
「扉を開けたら溶岩が、とならないように進んでいきましょう。足元も危険ですから、魔法で慎重に」
ノールはそういって、風魔法で進む先の床を叩いていった。
突然崩落しないか心配なのだろう。
そうして少しすると、ついに火口のある大空洞へ入る最後の扉の前にやってきた。
もう仕掛けもなにもない。ただ、開けばいいだけだ。
「合言葉も鍵も必要ないようね。開けるわよ?」
その声に皆が頷くと、ユリアは両手で扉を開けた。
目の前に広がっていたのは、巨大な空間。中央には火口が見える。
しかし、魔物たちが火口の前に整列して、こちらを見ていた。
「こんな場所に魔物が?」
ユリアが呟くのと同時に、すぐに皆、武器を抜こうとした。
が、ユリアが「待って!」と手を皆に向ける。
「彼らは敵ではないわ……」
ユリアがそういうと、ロストンが答える。
「し、しかし、彼らは魔物ですぞ……」
「たしかに魔物でしょう。でも、なんでこんな場所に彼らがいるのか……必ず特別な理由があるはずよ」
そういってユリアは剣も抜かず、魔物たちのもとへと向かった。
「殿下、さすがに危険です!」
ロストンは盾を構え、ユリアの前に出ようとした。
だが、ユリアは手でそれを遮る。
「ロストン。武器を構えては、彼らは心を開いてはくれないわ」
「で、殿下……」
「お願い、ロストン。私に任せて」
ロストンはユリアのいつになく真剣な顔に黙ってしまう。
相手は人間に仇す魔物だ。ユリアに甘いロストンといえど、これには抵抗があったはずだ。
しかし、結局はユリアの言葉に従った。頷き、盾を下ろした。
ノールたち冒険者も同様に、武器を構えるのはやめた。もちろん、全くの警戒を解いたわけではないようだが。
皆、ユリアの後ろを付いていく。
火口に近づくと、ユリアは魔物たちの前で足を止めた。
「私はユリア。あなた方は?」
だが、魔物たちはざわつくだけで、何も答えない。
それもそのはず。王国語は彼らに伝わらないのだ。
すると、ユリアは短く「こんにちは」と帝国語で口にした。
ユリアは帝国語が喋れるわけじゃない。しかし、断片的な単語は覚えているのだろう。
魔物たちは一瞬驚くような顔をしたが、皆同じように「こんにちは」と返した。
最初は警戒するような魔物たちだったが、どことなく緊張が解けた様子だ。
俺の知っている人間とはいえ、心の底では、人間が信用できない気持ちのほうが大きかったのだろう。
ユリアは魔物たちの挨拶を聞いて、微笑む。ただ挨拶ができただけ。しかし、魔物に挨拶するのは初めてだったはずだ。大きな一歩である。
ユリアは少し考えて、また口を開こうとする。知っている帝国語を繋ぎ合わせ、会話を試みようとしてるのだろう。
しかし、突如火口から炎が高く上がった。
「なんだ!?」
ロストンはそういって、盾を構えようとした。冒険者たちも皆、武器に手をかけようとする。
「皆、待って!」
ユリアはそういって、再び皆に手を向ける。
「で、殿下……」
皆不安そうな顔をするも、その言葉に従い武器を構えるのをやめた。
炎は空にあがると、やがて鳥のような姿になった。
インフェルティスが、ユリアの前に姿を現したのだ。
「人間よ……ここになんの用があってきた?」
インフェルティスはユリアにそういった。彼は魔法言語が使える。ここにいる誰もが、その言葉が理解できるように言葉を発せるのだ。
ユリアはインフェルティスに体を向けた。
「私は、ユリア。ヴェストブルク王国の王女です」
「とすると……あのヴィンダーボルトの子孫か」
「先祖をご存じで?」
「忘れるわけがないさ。我らをここに閉じ込め、長きにわたり使役した張本人だからな」
その言葉に、ロストンたちは額から汗を流す。
インフェルティスが自分たちを恨んでいるのではと思ったのだろう。
ユリアは火口を見ると、すぐに頭を下げた。
ここが火山ということをユリアは知っていた。そしてここまで来るのに、魔物の骨を目にしてきたのだ。
そういった状況から、インフェルティスが嘘を吐いてないと思ったのだろう。ユリアはこう続ける。
「申し訳ありません。私は無知で、あなた方に何があったのか知りません。よければ、ここで何があったか、教えて頂けませんか?」
「よいだろう……信じるかどうかは別として、語るとしようか」
インフェルティスはそういって、ユリアにここでなにがあったかを話した。
王都のこと、王国のこと、その建国に力を貸した魔物たちの存在を。そして最後には裏切られたことを。
ユリア以外の者たちも、最初は首を傾げながらもそれを聞いていた。
皆、建国時に魔物が力を貸していたなど、誰も信じないだろう。
しかし、ここに来るまでの光景、そして今火口の上にいるインフェルティスたちを見て、皆納得するような顔をした。
やがてインフェルティスが話し終えると、ユリアは目に涙を浮かべていた。
「では、そのような仕打ちを受けたのに、あなたは方は今まで……噴火から、私たちを守って」
インフェルティスはその言葉に、何も答えなかった。
ユリアはそんなインフェルティスに問う。
「……なぜ、あなたはそこまでして、私たちを守ってくださったのです?」
インフェルティスはその言葉に、沈黙した。
そして一度天を見上げると、こう答えた。
「ある男の存在が私の記憶から消えないのだ……ルディス。私のかつての主の存在が」
「賢帝、ルディス……では、あなたはあのルディスの従魔?」
「ああ。かつて私は、あの人間に仕えた。だから、人を嫌いになれなかったのだ。だからこそ、もう一度人を助けようと、人の言葉を信じることにした。その結果が……こうだ」
「そうでしたか……ヴィンダーボルトがあなたを騙さなければ……あなたたちと手を取り合って、生きていれば……本当に、ごめんなさい」
「謝ることはない。お前は、何もしていないのだからな。それに、一番悪いのは彼の本質に気が付けなかった、私だ」
「しかし、それではあなたやここにいる方、亡くなった方々があまりにも……」
「よいのだ。こうして私たちの話を聞いて、涙を流してくれる人間がいるのを知ることができただけでも、私は満足だ。あの男……ルディスの言葉は間違ってなかった。人間にも、我らを理解してくれる者がいるのが、証明された」
インフェルティスは満足そうにいった。
俺が会わせたいという理由に、合点がいったようだった。
しかし、ユリアは首を横に振る。
「いいえ。それでは、結局ルディス亡き後の世界と同じ。私たちは永遠に結びつかないまま……王国の人々に、あなたたちに生かされていたことを伝える必要があります」
「ユリア、と申したな……伝えたとしても、信じる者がどれだけいようか。信じたところで、それに何と思うだろうか? お前はルディスを知っているのだろう。どういうことになるか、わかるはずだ?」
「だからこそ、私は成し遂げたいのです。ルディスのできなかったことを」
そこまでいうと、インフェルティスは黙ってしまう。
だがやがて、愉快そうに笑った。
「はははっ……はははっ! まさか、お前のような者とまた会えるとは!」
インフェルティスは一度俺に顔を向けたかと思うと、鳥から人の姿になってユリアの前に立つのだった。




