百二十八話 ヴィンダーボルトのくびき
「あ、父さん!?」
ベルタは向かってくる魔物を見て、声を上げた。
あの中に一体だけガーゴイルがいる。
彼がベルタの父なのだろう。たしか名前は、ヴィリアといったか。
魔物たちは俺の前で立ち止まると、不審な目をこちらに向けてきた。
ヴィリアと思わしきガーゴイルが、ベルタにいう。
「ベルタ、ようやく戻ってきたか。いったいどこをほっつき歩いていた?」
「それが、全然魔物が見つからなくて……」
ベルタがいうと、ヴィリアは俺を睨んだ。
「その結果、人間を連れてきたと……なっ?」
ヴィリアは突如驚くような顔をした。
というのは、ネールが翼を出して、ルーンやマリナが手をスライムに変えたからだ。
ルーンがいう。
「私たちは魔物です。このルディス様を除いては」
「ルディス……かの賢帝と同じ名前か」
ヴィリアが呟くと、ベルタが興奮した様子でいった。
「父さん! この人はその、賢帝のルディスなんだよ!」
「ベルタ、人間は百年も生きないといっただろ……しかし、魔物と人間が一緒にやってくるとはな」
ここで俺が本物どうこういっても、埒が明かない。
俺はすぐに本題へ入る。
「ヴィリア、困っているのだろう? 人間を入隊させないのは聞いている。だが、助けることはできると思ってな」
「助ける? お前がか」
「ああ、噴火を止めたいと聞いた」
「随分と簡単に言ってくれるな……まあその通りだ。このままだと、十年もしない内に火口の蓋は壊れてしまう」
ヴィリアはそういって、溶岩の燃える小さな穴に目を移した。
「噴火を抑えるために、俺たちはほぼ休むことなく、あの穴に採掘したものを放り込んできた」
「それは、炎の海の守護者と関係しているのか?」
「へえ、その言葉を知ってるか。俺も詳しく知らんが、ヴィンダーボルト様はこの下にそいつがいるって言ってたよ」
「じゃあ、お前はヴィンダーボルトと会ったことがあるのか?」
「ああ、一度だけな。ここの最古参たちは皆、捕虜として連れてこられたんだ」
「ほう……」
少し上の空間で魔物たちが死んでいた場所があった。その時、ベルタは彼らを知らないといっていた。
となると、この火口の者達は処刑された者達とは異なり、もともとヴィンダーボルトと敵対していた者たちなのかもしれない。
しかし、捕虜という自覚がありながら、ここまで命令に従うのはやはり……
「ヴィリア。お前は、操られている」
「は? どういうことだ? うっ……」
俺はヴィリア達が身に着けるネックレスから、魔力を吸収する。【隷従】の魔法を打ち消すためだ。
「なっ……どういうことだ……なぜ俺達はあんな男のために、ここまで必死に……」
ヴィリアと他の魔物たちは、自分たちが何故忠実に働いていたのかと困惑しているようだ。
「お前達の身に着けているネックレス。それは魔法がかけられていてな。ヴィンダーボルトがお前達を操るために身に着けさせたものだ」
「なるほど……そうだろう。もともと、俺たちは外で普通に暮らしていた。それが突然、彼らに捕まり終わったんだ。やつのせいで……」
となると、やはり処刑された魔物たちとは、明確に違う集団と考えて良さそうだ。
「そうか。それからすぐにここへ?」
「ああ……」
「では、ヴィリア達はあくまでここを保全するために連れてこられたわけだな」
「ああ、他になにかをしてるわけじゃない……それより、ルディスといったな。感謝する」
「気にするな。それより、これからどうする?」
ヴィリアは他の魔物と顔を合わせると、こう答えた。
「すぐに他のやつにも報告して、ここから逃げる」
「それは止めはしないよ。ただな、ヴィリア。ここを出れば数多の人間がいる。とても見つからずには逃げられない」
「し、しかし、我等はもうこんな場所には」
「分かっている。そこで俺に考えがある。任せてくれないか?」
俺の言葉に、ヴィリアは周囲の魔物たちと何やら話す。
しかし、やがて俺に頷いた。
「分かった、あんたに任せる」
「信頼してくれるか、ありがとう」
「ああ。俺たちの魔法を解いてくれたんだ。それにベルタをここまで連れてきてくれた。俺のひとり息子をな」
そんなヴィリアの言葉に、ベルタは声をあげる。
「ま、まるで僕を迷子みたいに言わないでよ」
「こんな人じゃなかったら、お前は今も戻ってこなかっただろう。さ、ルディス殿。ここでは落ち着かない。ゆっくり話せるところにいこう」
「ああ、そうしよう」
俺はヴィリアに、壁の穴へと案内されるのだった。




