十一話 高位魔法
途中、~~~~から下が三人称になります! その次の~~~~の下も三人称です。
戦場はまさに地獄絵図だった。
多勢のゴブリンにタコ殴りにされる兵士達。
情けなく命乞いをするも、容赦なくとどめを刺される騎士達。
【火炎嵐】を見た人間達は完全に怖気づき、勢いづくゴブリン達に押され始めていた。
偉そうに戦術がどうたらと述べたが、昔からやはり戦場は苦手だ。
だが、俺が止めなければエルペンの市民にも被害が出る。
俺は颯爽と一人、この戦場を駆け抜けていた。
誰も俺に刃を向ける者はいない。
【隠密】と【透明化】で、姿も気配さえも消し去っているからだ。
【隠密】は中位魔法だ。【消音】と【消魔】という低位魔法の両方を合わせたような魔法。
足音や、魔力を他者から隠してくれる、帝国の暗殺者御用達の魔法である。
今の俺がこの中位魔法を持続させるには、他の魔法は使えない。
魔力が足りないのだ。
そこで、俺はルーンやスライム達に、この黒いローブに【擬態】させたのだ。
マリナ達スライムの魔力は、それでもう一杯一杯のようだった。
しかし、俺はルーンの【魔力付与】、帝印の効果で従魔からの魔力を得られた。
そうして、この【透明化】を発動できるようにしたのだ。
これなら、敵に【探知】を使う者がいても、気づかれることはない。
また、念のため二体は俺とルーンに化けさせ、城壁で案山子のように立ってもらってる。
後で、職務放棄なんて言われたら面倒だからな。
俺は戦場の隙間を掻い潜り、ゴブリンの本隊を目指す。
思えば、こうやって戦場を駆け巡るのも懐かしい……
正面切って、最高位魔法を敵に放たなければいけない時もあった。
しかし、敵総大将を暗殺することもよくやった。
両軍の被害を抑えるためだ。
そもそも俺の基本的な戦い方は、戦いの前の交渉で決着をつけることだった。
交渉を拒否する敵将にはこうやって黒いローブを着て、直接会いに行ったものだ。
その時の敵の驚く顔と言ったら、今でも笑ってしまう。
誰もが、暗殺に来たのだと思うからだ。
俺が懐かしさに浸っていると、エルペンの兵達を巻き込むように、新たな【火炎嵐】が放たれた。
悲痛な叫びをあげる兵士達。
水魔法で助けてやりたい。だが、今の俺は他の魔法を行使しているため、その余裕がない。
この戦場の真っただ中で【隠密】と【透明化】を解けば、【魔法壁】を使わなくてはいけなくなる。
しかし、それでは今度は水魔法が……
すまない……
今の俺に出来るのは、敵の頭を止めることしかない。
俺は脇目も振らず、ゴブリン本隊へ向かうのであった。
しばらく走った後、ゴブリン本隊の近くの森に着く。
ここからなら、敵の大将を探すことが出来るだろう。
ゴブリンの長…… あれか。
俺はそれらしき影を見つけて、言葉を失う。
ベイツ……
そこには、紫色のローブを着た者がいた。
顔はフードで隠れていて分からない。
しかし、確証があった。
あの魔力を高める浅紫のローブは、俺がかつてベイツに与えたものだ。
俺は【透明化】を解く。そして【探知】を発動した。
魔力はかつてのベイツより、わずかに増加してる。
これなら、高位魔法をどうにか使えるような魔力だ。
ベイツ、やはりお前なのか……
直接話して、聞かなければならない。
【隠密】を解き、【魔法壁】を発動した。
そして俺は、かつての従魔の服を纏う者へ歩みを進める。
これで俺の見た目も丸見えだ。ゴブリン達は皆、俺に目を向ける。
「人間カ?! どうしテ?!」
ゴブリンの戦士以外に、赤いローブを着た魔導士も数名いるようだ。
皆、こちらに武器や杖を向けようとする。
「すまないが、俺の邪魔をしないでくれ」
俺の声と共に、周囲に小さな閃光が走った。
すると、浅紫色のローブのゴブリン以外はその場で崩れ落ちる。
そして体を震わし、口をパクパクとさせた。
皆、何が起きたか分からないようだ。
【放電】…… ベイツ、お前ならこの魔法が分かるだろう?
俺は、真っ赤な杖を持つ浅紫色のローブの者に目を向けた。
ローブの者は、声を荒げた。
「何者ダ?! 何をしタ?!」
「この魔法が分からぬのか、ベイツよ?」
「そのような弱そうな魔法、知らヌ!」
……何だと?
高位魔法が使えて、この低位魔法を知らないというのか。
【放電】は俺が最初にベイツに教えた魔法なのだぞ。
「そうか…… 貴様は、ベイツではないのか」
「何を言ってル?! 俺様はベイツ様ダ! 十八代目のナ!」
「十八代目?」
……なるほど、そういうことか。
帝国語と、帝国軍の陣形。
それと一緒に、俺の従魔の”ベイツ”の名前が、次代に引き継がれたんだ。
恐らくは、その魔法も。
「では、【火炎嵐】は先代から受け継いだと言うのだな?」
「?! な、何故人間がそれヲ?!」
「とすれば、”ベイツ”は高位魔法を扱えるようになったのか……」
ベイツ自身は、一生かかっても使えないと言っていたが……
「……はは! ははははっ!!」
俺は笑い声を上げた。
こんな目出度いことが有るだろうか? あの”ベイツ”が高位魔法を習得できたのだ!
「……これは良いっ! そうか、”ベイツ”は高位魔法を習得したのだな!!」
実に愉快だ! ”ベイツ”よ、おめでとう!
だから言ったではないか。魔法は訓練によって、いくらでも伸ばすことが出来ると。
お前は、成し遂げたのだ!
その場にいれば、抱きかかえてやりたいところだ。
……おっと、つい浮かれすぎてしまったようだ。
この時代のベイツが困惑している。
しかし…… こいつもそれなりに魔法の才能が有りそうだな。
かつての”ベイツ”よりも高い魔力を持っている。それにまだ若い。
既に【火炎嵐】を習得してるのだから、今後の成長は計り知れない。
「な、何者なのダ?! 貴様は?!」
「そうか、名乗ってなかったな。余は、ルディスだ」
「ルディス? がははははっ! 初代が仕えていタ、あの愚かな人間の皇帝と同じ名じゃないカ!」
その笑い声に、俺のローブが音を発した。
「貴様っ?! 低俗なゴブリンごときが、ルディス様を!」
「待て、ルーン。捨て置け」
俺はローブから分離しようとしたルーンを諫めた。
首を傾げるベイツ。はたから見れば、独り言のようだろう。
気を取り直して、俺は続ける。
「その皇帝…… ルディスが俺だと言ったら、どうする?」
「……馬鹿にしているのカ? 千年も経てば、人間が死ぬことぐらい、ゴブリンの子供でも知ってル」
「そうか…… そうだろうな」
ならば、力でそう思わせるしかないな。
俺は右手を天に掲げる。
すると、快晴だった空が曇り始めた。
浅紫色のローブのゴブリンは、空を見上げる。
何が起きたのだろうかと、そうしたのだろう。
その瞬間だった。ベイツの目の前に極大の稲妻が走る。
それは轟音と共に、俺とベイツの間の地面を深くまでえぐった。
ベイツの頭からは、その衝撃でフードが外れる。
「……な、なんダ。これハ」
口を唖然とさせ、俺を見るベイツ。
「【霹靂】だ。最高位魔法の一つのな」
「……最高位? に、人間が…… 中位魔法も碌に使えない人間ガ?」
「ゴブリンだけで生きていれば、見聞も狭くなろう。 ……どうだ、ベイツ? 余の”従魔”とならぬか?」
「じゅ、従魔?」
「余に仕えるのだ。魔力だけではない。魔法の知識も術も、余の持つ全てを与えよう! そして余と共に、魔法の極致…… いや、深淵を旅するのだ!」
そうだ! お前なら、かつての”ベイツ”以上に魔法を極めることが出来る。
しかし、このベイツは”ベイツ”程、賢くはなかった。
俺の言葉が気に障ったのか、声を荒げた。
「……俺様が人間に仕えル? ……このベイツ様が、人間に頭を垂れルというのカ?! 馬鹿にしやがっテ! 家畜同然の人間など、俺様が滅ぼしてやル!」
ゴブリンの本質は、人間を蔑み、忌み嫌っている。
それは仕方ない。人間だって、本質的に自らが一番だと思っている。
しかし、かつての”ベイツ”は理性でそれを克服し、俺の従魔となったのだ。
「……そうか。 ……惜しいな」
実に惜しい。
それほどの才能を持ちながら、己のつまらない価値観に固執するとは。
従魔の契約は、俺と魔物の同意がなければ不可能。
いたぶって脅す手もある。恐怖に訴えるのだ。
だが、俺はそんな残酷なことはしない。
……だから、その意思を尊重してやるとしよう。
俺は、理性無き獣を仕留めなければならない。
「俺が殺してやル! 【火炎嵐】!」
ベイツは周りに味方がいるにもかかわらず、杖を光らせた。
すると、前方に先ほどよりも小さい【火炎嵐】が現れる。
そのまま放つと自分も巻き込まれると考えたのか、範囲は規模は小さくしたようだ。
「愚かなベイツよ! あの世で、我が”ベイツ”に伝えよ! ……余は再び戻ったとな!」
俺はその言葉と共に【魔法反射】を繰り出す。
俺に向かっていたベイツの【火炎嵐】は、元来た道へと戻り始めた。
「な、なんダぁっ?! こっちじゃなイっ!! 来るなぁアアアアア!!!」
【火炎嵐】に巻き込まれるベイツ。
その悲鳴は、戦場に響き渡った。
「あああああああアアっ!!! アヅイっ!! 誰かああああア!!」
俺は【飛瀑】で多量の水を降らし、その声に応えた。
~~~~
ゴブリン本隊の【火炎嵐】を見たのは、城壁の上の人間達もそうだった。
目を覚ましたノールは再び【火炎嵐】を見て、震えだす。
「ノール! 大丈夫よ、さっきより小さいから!」
エイリスはノールの不安を抑えるため、そう言った。
しかし、ノールは落ち着く気配を見せない。
その時であった。ノール達は、降り出した大量の水に気が付く。
多量の水は炎の柱を完全に消し去ると、空高く飛散する。
そこには、虹が架かるのであった。
冒険者達は皆、感嘆の声を上げる。
エイリスも、思わずこう呟いた。
「綺麗……」
ノールも独り言を口にする。
「お母さん…… 火が消えたよ…… ルディス様が来たんだ……」
まるで子供の様に、ノールは目を輝かした。
そして自分の首に掛けてある五芒星の刻まれたペンダントを、ギュッと握りしめるのであった。
~~~~
「騎士達が全滅だと?! 何をやっているのだ!」
ベイツがルディスに【火炎嵐】を向けた時、エルペン大公は渋々城壁の階段を上っていた。
隣を歩く街の将軍が、おどおどと答える。
「も、申し訳ございません! しかし、敵が炎の魔法を…… あっ?! あれです!」
大公達が階段を上ると、ちょうどベイツがルディスに【火炎嵐】を放った時だった。
大公は未だかつて見たことのない炎の柱に、口を唖然とさせる。
その後ろから、ルディスが助けた銀髪の女性…… ユリアが歩いてきた。
「あれは高位魔法?! 恐らくは、【火炎嵐】…… 大公、すぐに兵を引かせな…… え?」
ユリアは【火炎嵐】に降り注ぐ水を見て、口を止めた。
「魔法…… いや、そんなはずは…… でも、あれは」
ユリアは、自分の頭をフルに回転させる。
「……高位魔法。 ……【飛瀑】?」
見たこともない。しかし、何度も文字で目にした魔法が、ユリアの目の前にあったのだ。
序章完結




