百十二話 思わせぶり
(おかえりなさいませ、陛下)
ロイズはユリアの部屋の外にまで戻ってきた俺に、そう伝えてきた。
(ただいま、ロイズ)
俺はロイズと入れ替わるように、部屋に入り、【透明化】を解いた。
そしてロイズが座っていた椅子に腰かける。
外に出て【透明化】したロイズに、俺は訊ねた。
(なにか変わったことはあったか?)
(はっ。途中、ユリア姫が苦しそうに目を覚まされましたので、茶など淹れました)
(苦しそうにか……)
今のユリアはぐっすり寝ている。
特に調子が悪そうでもない。
(何か話したか?)
(特には。こちらから二言三言、気を遣う言葉を発しただけです。ユリア姫は、ただお礼だけを述べてました)
(そうか……それなら、特に問題はないな)
途中、ルーンが口を挟む。
(まさか……ユリア姫の血を吸おうとしたんじゃないでしょうね?)
(馬鹿を言うな! 私が陛下の許しなしに、そんなことをすると思うか!)
(どうだか……)
取っ組み合いになりそうな彼らに、俺は言う。
(おいおい、いくら【透明化】してるからといっても、ここは警備が厚い。やるなら一度帰ってからやってくれ)
二人は仕方ないとばかりに、体を離す。
(ともかく……二人ともありがとう。おかげで詳しく探れた。今夜はもう帰っても大丈夫だぞ)
(いえ、我等も明日まで護衛いたしましょう)
二人はそう言って、朝になるまで部屋の外から見張ってくれた。
途中、ロイズに最下層へ行くこと、それに同行してもらいたいことを伝えた。
それからしばらくして、俺は椅子に座ったまま寝てしまう。
小鳥のさえずりが聞こえるのと同時に、俺は目を覚ます。
ちょうど、ユリアも目を覚ましたばかりだったようだ。
俺はすぐに立ち上がり、頭を下げる。
「おはようございます、殿下」
「ふぇ……あっ! お、おはよう、ルディス!」
ユリアは頬を真っ赤に染め、慌てた様子で俺に挨拶を返してきた。
いつも見ない様子に、俺も首を傾げる。
「どこか……お体の調子でも?」
「い、いえ、そんなことはないわ! ただ、昨日はうなされてたのか、色々と迷惑をかけちゃったし……」
ロイズが影武者をしてる時の話か。
「あ、ああ……そのことでしたら、お気になさらず」
「いえ、本当にありがとう……」
ユリアはそう言うと、まだ少し恥ずかしそうにしながらも、俺をじろじろと見る。
「……何か?」
「そ、その……あなた、本当にルディスよね?」
「え? それはもちろん」
「そう……いや、昨日のルディス、その……な、なんでもないわ!」
ユリアはベッドから飛び出ると、そのまま着替えのための部屋へと走っていった。
これは……ロイズと何かあったな。
この後、俺は買い出しのためにと、宮殿を後にした。
そして共に街の中を行くロイズに問う。
「ロイズ……俺に昨晩の事について、詳細を報告してくれ」
「詳細? 本当に会話という会話は……あ、ならば【思念】でお伝えします」
ロイズは平然と俺に【思念】で昨日の状況を伝えた。
これは……
うなされるユリアに、声を掛け優しく起こす。
抱きかかえ、椅子に座らせ、茶を飲ませると、また再び抱っこしてベッドに……
最後は顔を近づけ、おやすみの一声……
たしかに、嘘はついてないが……
だが、あまりにもユリアとの距離が近すぎる。
幻覚魔法とはいえ、ロイズは人間から見ても美男子だし、ユリアにも思うところがあったのかもしれない。
こうしたのは、ロイズに思惑があってのことだろう。
「ロイズ……あのだな」
ロイズは目を輝かせ、俺に言う。
「どうでしたか!? 陛下をさらに魅力的に魅せ、なおかつ不自然なところがないよう、振る舞えたと思います! 帝国再興にあたっては、人間の有力者との婚姻も重要ですからな!」
ルーンが納得したような顔で言う。
「たしかに、帝国西部の唯一の大国、その王女と婚姻を結ぶのは……ここらへんは、さすがにロイズですね」
(誤改行)
「そうであろう、そうであろう!」
「二人とも、俺がいつ帝国を復活させるなんて言った……」
俺は改めて冒険者としてやっていく旨を伝えつつ、宿へと帰った。
そしてその後、最下層へ行く準備のため、買い出しへと行くのであった。