百十話 久々の影武者
……寝たか。
俺はユリアのベッドが、ようやく静かになったのを確認する。
今日のユリアの賢帝ルディス談義も、とても熱が入っていた。
明日、最下層へ行く準備もしなければいけないと、俺の方からやんわりと寝ようと促したほどだ。
ともかく、これで宮殿の探索に集中できる。
それを察するかのように、庭の方から膨大な魔力を持つ者が二人やってきた。
(ルディス様、お帰りが遅かったので)
【思念】でそう伝えてきたのはルーンだ。
(も、申しひゃけございませぬ、陛下……陛下が動かれているの、わひゃひは酒を」
隣からは、あやふやなロイズの声が返ってきた。
俺は二人に答える。
(連絡をしなかったことはすまない。成り行きで……いや、調べたいことがあって泊まる事になってな。というより……)
ルーンが来てくれたのは助かるが、ロイズの方は何故来てしまったのかと言いたい。
ロイズは相当に酔っているのだ。
そんな俺の気持ちを察してか、ルーンは申し訳なさそうに言った。
(あまりにしつこいので、部屋に無理やり置いて、扉に【施錠】を掛けておいたのですが……)
(あれひゅらいのまほお、この私が解けにゃいとでも思ったか!?)
ロイズは誇るように笑い声を俺の頭に送ってきた。
まあ、もともと俺のためとなれば、ずっとその場に留まっていられるような男じゃない。
現に今日、息も絶え絶えの状態で、遥か北方から俺のもとにやってきたわけだし。
だが、窓の外にいるロイズは、どこかふらついているような気もする。
そもそも俺の血を飲む前は、今にも倒れてしまいそうな状態だったのだ。
そこにいきなり飲酒とは……もちろん、吸血鬼は人間と違うから、たいした問題はないだろうが。
(まあいい……おかげで、王宮をちょっと探ることもできるしな)
昼に感じた、闘技場の魔力……
なんとなくいやな予感をしたあの魔力は、もしかしたら王宮の者と関係があるのかもしれない……そんな不安が頭によぎったのだ。
予想でしかないが、王家の者……特にリュアックがなにかしらの魔法や道具で、俺たちを監視してたのではないか。
おおいにあり得る……というのが、俺の考えだ。
(【探知】で探ろうとは思っていたが、二人が来てくれたから、直接俺が宮殿を回れる……ロイズ、幻惑魔法で俺に化け、しばらくこの部屋にいれるか?)
ルーンでも俺に化けることはできるが、今の酔ったロイズを一緒に連れて歩くのは危険だ。
それに俺の影武者という役柄に、ロイズは慣れている。
いや、それは転生前の話だったな……転生後はいろいろと知らないこともあるし、ユリアが起きた時、逆にまずいか。
しかし、ロイズはどんと胸を張るような仕草をして答える。
(影武者の任ですね! かしこまりました、お任せください! ……ああ、陛下の勅を、また承ることができるとは……)
(ロイズ、やっぱりだが……)
(ご心配なく! 今の状況、陛下のお立場、ルーンからも聞かされております! どうか、私にお任せを!)
俺はルーンのほうに顔を向ける。
すると、ルーンが答えた。
(……ほぼ全てを伝えているので、大丈夫かと。ユリア姫がどんな人物かも伝えましたので)
まあ、以前この部屋で一夜を過ごした時は、ユリアは途中一度も起きなかった。
それにロイズは幻惑魔法の使い手。都合の悪い質問が為された時は、うやむやにできる。
つまりはルーン以上に、臨機応変に対応できるのだ。
事実、俺の影武者として、ロイズは一度も失敗したことはない。
受け応えも酔いが醒めてきたのか、しっかりしてきたしな……
(そうか……では、ロイズ。任せても大丈夫か)
(ひゃっ……はっ!)
(……任せたぞ)
不安は残るが、せっかくの機会だ。
ここはロイズに任せるとしよう。
ロイズは幻惑魔法を周囲に展開し、窓から部屋に入ると、俺の姿に変身した。
同時に俺も【透明化】で姿を消すと、入れ替わるように窓を出るのであった。