百六話 かつての姿
「おお、おお……この血……陛下の血……再び口ににすることができる日がこようとは……」
ロイズは声を震わせながら、俺の血を飲み干した。
昔、ロイズには度々俺の血を分けていたが、ここまでありがたそうに飲むのは初めて見た。
俺が死んでから今まで、人への吸血もろくにしてこなかったのもあるだろうが、久々の俺の血ということもあり嬉しいのかもしれない。
かつては俺が血を分ける他に、人間にお金を払って少量の血を分けてもらうようにしていた。
その間を受け持っていたのが俺だ。俺がいなくなることで、金で血を買うこともできなかったのだろう。
俺は、隣で物欲しそうな目をしている吸血鬼達に気が付く。
「……お前達も飲むか?」
「わ、我等もですか!? し、しかし……」
「ここまでロイズを連れてきてくれたんだ。しかも、俺の従魔として。褒賞は当然だ」
吸血鬼達は皆、ロイズのほうを見た。
飲んでいいのか、と無言で訊ねているのだろう。
「……陛下の従魔となった以上、貴様らは永遠に陛下へ忠誠を誓わねばならぬ。身命を賭してな……血は、その証としていただくとよい」
「は、はい!」
吸血鬼達は俺の前に跪くと、手をお椀のようにしてみせた。
俺は手から血を流し、彼らに注いでいく。
「ちょ、ちょっと……ルディス様、痛くないんですか?」
「血ならこの私めのものでも」
ネールとミュリスは、心配そうに俺に声を掛けた。
「二人とも。ルディス様はこの程度では倒れません……ロイズ、楽になりましたか?」
俺が血を注ぐ中、ルーンはロイズに訊ねた。
「ああ……素晴らしい気分だ」
「それは良かった。山ほど聞きたいことはあるのですから、まだ死んでは駄目ですよ」
ルーンの声に、ロイズはふふっと笑って見せた。
「相変わらずだな、お前は……」
久々にルーンと話せて嬉しいのかもしれないな……
俺は血を注ぎ終わると、自分の傷口に回復魔法をかけた。
吸血鬼達はありがたそうに俺の血を飲んでいく。
彼らもまた、人の血は久々なはずだ。少なくとも俺の従魔となってからは、人を襲っていないはずだからな。
ロイズは俺に頭を下げた。
「ありがとうございます、陛下。我等は普段、豚の血ばかりを飲んでおり……ぐっ?」
ロイズは言葉の途中で、苦しそうな顔をした。
「ぐっ……うぐっ……」
苦しそうに胸に手をやるロイズの背を俺はさする。
「ロイズ、どうした!?」
「……へ、陛下……どうやら私は……うっ……うおおおおおおおっ!!」
ロイズは突如立ち上がり、雄たけびを上げた。
「な、なに!?」
「体の筋肉が!?」
ネールとマリナは、ロイズに目を丸くした。
ロイズの体は、ごぼごぼと音を立てて筋肉が動いている。
腰の曲がっていたロイズの背筋はぴんと伸びて、体の皺はなくなっていった。
しばらくすると、ロイズはふうっと息を吐き、小さくなったローブを脱ぐ。
目の前にいたのは、若々しい青髪の美男子。
俺の知っている、かつてのロイズの姿であった。
「ロイズ……」
青髪の男ロイズは俺の前に跪く。
「陛下! ありがとうございます!! 陛下の血で、私は昔と同じ力を取り戻せました」
「俺は……厳密に言えば、かつての体と違うはず。だから、血も異なるはずだが」
「いえ! かつての陛下と同じ味……正真正銘、あなたさまはルディス陛下と同じ血を引き継いでいます」
ロイズに、ルーンは疑うような顔で訪ねた。
「本当ですか?」
「間違いない! この私が、陛下の血を間違えようがないであろう!」
「千年も人間の血を飲んでいないのに?」
「貴様!! スライムのくせに、この高貴な私を疑うか!?」
ロイズは俺の従魔になる前、たくさんの人間を吸血してきた。
彼自身は殺生しないという一種の美学のもと吸血を行ってきたわけだが、一万人以上の血を吸ってきたと豪語していた。
そんな彼からすれば、血の味でその人間の健康も分かるのだという。
だから、俺の血を間違えようがない……というのは、俺もそう思うのだが。
ロイズの従者たちは皆、ロイズが急に若返ったことに、目を丸くしていた。
ネールやマリナたちも同様に。
ミュリスだけは、その場に静かに待機している。
俺も驚きであるが、吸血鬼は本当に血次第で能力も見た目も左右されるのだ。
今のロイズの体は皺ひとつない、若い男の体。
声もハリがあって、口調もかつての高慢なものに戻っている。
だが、血が同じというのはどういうことだ。
俺に子孫はいない。とすれば、兄弟の誰かの血筋が、俺の父母のどちらかに受け継がれていた?
分からないが、そもそもロイズの味覚が鈍っていただけということもありえる。
ルーンはロイズに声を荒げる。
「スライムのくせにですって!? あなたはルディス様からの施しがなければ何もできない無能じゃないですか? 今さっきまで息も絶え絶えだったくせに」
「き、貴様! やはり、貴様だけは許せん! ここであったが千年目! 今日こそは、貴様に膝をつかせてやろう!」
この二人は犬猿の仲だったな……
昔はこうして、よくケンカをし合っていた。
「お、お二人とも! というか、どうしてロイズさんは裸……」
二人を止めようとするマリナだったが、二人に睨み返されると、わわっとネールの背中に隠れるのであった。




