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百五話 懺悔

 息を切らしながら、俺は宿の部屋の扉を開けた。


 すると、そこには以前エルペンで従魔とした吸血鬼バイエルと二体の吸血鬼……そして中央にフードを目深く被った小柄な吸血鬼がいた。


 皆、俺を迎えるためか、片膝をつき頭を下げている。


「ロイズ……なのか?」


 フードの者は、俺に深く頭を下げた。


 俺は彼の前で腰を下し、声を掛けた。


「すまない……俺はお前を」


 俺がそこまで言うと、ロイズはさらに深く頭を下げた。


「へ、陛下……」


 その声は、かつてのロイズのものとはあまりにも違って聞こえた。

 しゃがれた声……以前の自信にあふれた彼からは、考えられないほどに衰えた声だった。


 吸血を我慢していたこともあり、彼は衰えているはず……しかし、それだけでは説明がつかないほどに、彼の足は震えていた。


 フードを被ったままなのも、自分の変わり果てた姿を見せたくないのかもしれない。


 俺は彼の腕に手を添える。


「ロイズ……色々俺には言いたいことがあるだろう。だが、まずは無理のない姿勢になってくれ」


 しかし、ロイズはそのままの姿勢で、俺に言った。


「……陛下。申し訳ございませぬ……申し訳ございませぬ!」

「何故ロイズが謝る? 謝るのは俺だ……」


 ロイズは首を振る。


「いえ、私は陛下との契りを……破ってしまったのです」

「契り? 部下が人を襲うのを許したことか? むしろそれは俺の……」

「それも謝らなければならぬこと……しかし、私は」

「ロイズ、話は聞きたい。だけど、まずお前の体が心配だ……失礼するぞ」


 俺はロイズを抱きかかえ、部屋の椅子へと座らせようとする。


 ロイズはあまりにも小さくなっていた。

 かつてのロイズは、俺とそう変わらない体躯で、美青年といっていい見た目をしていた。

 それが千年で、こうも老衰してしまうとは……


 吸血鬼は、人の血さえ吸えば、若い姿で永遠に生きていける。しかし、血が吸えなければ、普通の人間と同じように老いるだけだ。


 豚の血でその進行を遅らせるというのは、聞いていたが……


 ひとまず回復魔法をかけてみるが、あまりよくはならない。

 体がもう、限界に来てるのかもしれない。


 ロイズは椅子に座らされると、その場でまた床に跪こうとした。


「ロイズ、くどいぞ」

「陛下……面目次第もございませぬ……」


 俺の命令に、ロイズは床に跪くのはやめ、椅子の上で頭を下げた。


「私は……私はとんでもないことをしてしまいました」

「とんでもないこと?」

「我が従魔の長、フィオーレは覚えておいでで?」


 フィオーレは俺の従魔で、その集まりであるマスティマ騎士団の長だ。

 つまりは、俺の従魔代表。


 見た目は美しい人間の女性……まるで天使のような姿だが、堕天使だ。


 堕天使という魔物は、彼女以外に俺は知らない。


 そもそも堕天使は、彼女の自称なのだ。


 ある岩山で一人倒れていた彼女を、俺は助けた。

 その後、彼女は名乗ったのだ。堕天使と。


「……無論だ。フィオーレと会ったのか?」


 ロイズはコクリと頷いた。


「陛下の死から五百年後、彼女が従魔を招集したのです。そして彼女は、そこで提案しました」


 俺はルーンの顔を見た。何か、知っているのかと思ったのだ。


 しかし、ルーンは少し不満そうな首を振っている。


 その招集に、ルーンは呼ばれなかったのだろう。または、洞窟に隠れていたので、招集の報せを聞けなかったのかもしれないが。


 以前のロイズ相手なら、何故呼ばなかったのかと、ルーンは大声でまくし立てていたところだろう。

 だが、今のロイズ……すっかり弱ったロイズには、声を上げなかった。


「人間を滅ぼそうと……」

「フィオーレ……が?」


 彼女の性格はあまりにも温厚だった。

 俺や従魔にはいつも微笑んで、怒った顔をみせたことはない。


 そんな彼女が、人を滅ぼす……とても考えられない。


 しかし、俺の頭にかつての出来事が浮かんだ。


 汚職を働いた皇子が俺に反旗を翻した時のことだ。

 俺は従魔と共に、反乱を鎮圧しに行った。


 反乱軍の手勢はせいぜい三百。当然、俺達の敵ではない。

 半数も倒れると、皇子は武器を捨て、俺に投降しようとした。


 しかし、俺の前にやってきたその皇子は隠していた短刀を抜き、襲い掛かってきた。


 皇子のこの動きはばればれで、俺も従魔もわかっていたことだ。

 俺は自分の兄弟ということもあり、自分で葬ろうとする。


 だが、皇子を殺したのはフィオーレだった。


 フィオーレは皇子の胸に、剣を突きさしていた。


 彼女は俺に顔を見せなかったが、皇子はその顔を見上げ、恐怖していた。


 死への恐怖……そう思ったが、そうではなかった。

 周りの従魔達にも、足を震わせる者が多かったのだ。


 それでも、フィオーレは俺に振り返ると、いつもの顔だった。

 その笑顔に、俺もどこか冷たいものを感じたが。


 俺と俺の味方には、どこまでも温厚な彼女だったが、敵には容赦なかったのだ。


「人間は、敵か……」


 ロイズは続けて言った。


「私は断りました……それは陛下との契りを破ることになると。他の従魔も、同様に。誰もフィオーレには賛同しなかったのです……」


 断る……というところに、俺は従魔達の複雑な心境を感じ取れた。

 

 恨みはある。だが、それは俺との約束できない。

 しかし、誰が人間を滅ぼすと言うのなら、反対しない、ということなのだろう。


「だが、フィオーレはいつもと同じ笑顔で、じゃあ仕方ないと一言残し……去っていきました」

「……その後は?」

「消息も知れませぬ。ですが、ただ一つ確実なのは、フィオーレが”嘘”を吐くことはないということです」

「人間を滅ぼすのは、確実……そういうわけか」

「間違いなく……間違いなく、彼女はやるでしょう。私はあの時、止められなかったのです……」


 人間への恨みは当然ある……だが、それ以上にロイズは、フィオーレを止めようとするのが恐ろしかったのかもしれない。

 俺が死んだことにより、ロイズとフィオーレの関係は互いに俺の元従魔であるというだけ。

 

 事実、フィオーレの実力は従魔の中でも一番だ。

 魔力と剣技……総合的な戦闘力なら、彼女が一番であっただろう。


「ロイズのせいではない……フィオーレのせいでもな。全部……皆を残した、俺のせいだ……」

「何を仰いますか! 陛下は我等の身を案じてくれたからこそ、あのように! 全ては陛下を失った我らが団結できなかったことに、問題が……ごほっ」


 ロイズは喋っている途中で、机に血を吐いた。


「ロイズ!?」


 俺は立ち上がり、すぐに短刀で自分の腕を切りつけ、ロイズにそれを見せる。


「へ、陛下……」

「吸血を済ませろ。好きなだけ飲んで構わない」

「で、ですが、私は陛下との契りを……」

「そんなことはいい! 俺はもう、またお前と離れるのは耐えられない!」


 ロイズは俺の声に、涙を流し、うんと頷いた。


 そして俺の腕から滴り落ちる血を手で掬い、涙を流しながらそれを飲み干すのであった。

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