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百四話 気配

「ふう……どうなるかと思ったわ」


 倒れた鎧を見て、エイリスはほっと息を吐いた。


 昇降装置に降りていた鉄の柵も、音を立てながら上がっていく。


 ノールは俺の肩をポンと叩く。


「お手柄よ、ルディス」

「ありがとうございます。ノールさんの魔法のおかげです」

「いや、私は……本当に良かったわ、ルディス」


 ノールは俺を見て、安心したような顔をしていた。


「さすがに今まで見つからなかった場所だけあるな……死ぬかと思ったぞ」


 腰を下ろし呟くカッセル。


 それを気遣うように、マリナとルーンが回復魔法を掛けてあげてくれた。


 そんな中、ネールがごんごんと鎧を蹴る。


「うーん。鎧自体は、ただの鉄みたいですね」

「ただおっきいだけってことか……手間がかかった割には、微妙ね」


 エイリスは残念そうに呟いた。


 たしかに収穫は少なかったな……だが。


 俺は闘技場の周囲を見渡した。

 

 特に誰かが見えるわけでもないし、魔力の反応もない。


 しかし、先程リビングアーマーと戦っている時に、気配を感じた。

 闘技場をぐるぐると回る、微弱な魔力を感じたのだ。


 あの魔力は、リビングアーマーが発生させていたものだろうか……


(ルーン、闘技場に浮かんでいた魔力を感じ取ったか?)

(ええ……ですが、あまりにも微弱で、魔法を使っているようではなさそうでしたね。リビングアーマーが吸収しきれなかった魔力……私はそう判断しました)


 その可能性は高い。

 魔力の反応はリビングアーマーが倒されるのと同時に消えてしまったからだ。


 しかし、何か嫌な気配だった。

 まるでこちらを監視するかのような……


 ともかく、ここからは些細な魔力の動きにも気を付ける必要がある。


「それで、その最下層の扉ってのは……あ、あそこかしら?」


 エイリスの視線の先……俺達が出てきた昇降装置とは反対側に、巨大な門がある。


 ノールはうんと頷いた。


「でしょうね。近くに行ってみましょう」


 俺達は門へと歩いていった。


 高さは先ほどのリビングアーマーと同じぐらい。人の背丈の三倍はある。

 幅は馬車が二台は通れそうな、まるで城門のような大きさだ。


 その中央に、なにやらくすんだ赤い宝石があった。


 皆の目には見えないが、その向こうには魔鉱石があるようで、仕掛け扉なのは確かなようだ。

 そう多くの魔力が費やされているわけではない……俺でも安全に開けられるだろう。


「これが最下層への扉か……」


 カッセルは扉を押してみる。 

 しかし、当然開くことはない。


「押しても駄目そうね……それで、こっから殿下の力が必要なんでしょ」


 エイリスの声に、俺はうんと頷く。


「ヴィンダーボルト陛下の血を引く者だけが、開けられるそうです。今日はもう引き返して、殿下に報告しようかと」

「そうね……でも、その前にちょっと使えるものがないか……」


 きょろきょろとエイリスは周囲を見渡すが、特になにかありそうな気配はない。


 肩を落とすエイリスに、ノールが言う。


「こんな場所を見れただけでも大収穫じゃない。それにまだ下があるんだから。とにかく、地上へ戻りましょう」


 ノールの声に、俺たちは皆頷いた。


 こうして俺達は一度地上へと戻ることにした。

 途中、牢獄への扉は閉じて、誰にも入れないようにして。


 地上に上がると、まだ空は明るかった。


 ユリアへの報告は俺がすることになり、ここでエイリス達先輩冒険者とは別れる。


 俺達も一度宿に戻ることにした。コボルトのミュリスが心配だからだ。

 しかし、そのミュリスが、【透明化】で身を隠しながらこちらにやってくる。


 俺は歩きながら、彼女に【思念】を送る。


(なにかあったか?)

(ルディス様……お部屋に来客が)

(来客?)

(はい。ロイズ、と仰る方が)

(ロイズ、だと!?)


 ロイズ……俺のかつての従魔で、吸血鬼の長だった。


 エルペンを襲った吸血鬼は彼の仲間だったが、何名か生かし、ロイズに俺の存在を伝えるよう帰したのだ。


 その時、彼らを従魔とした。

 帝印の力で、離れていても俺は従魔に自分の位置を報せることができるのだ。

 俺はとりあえず、王都の宿にいるということにしておいたが、ロイズを連れてきてくれたようだ。


 俺はルーン達に【思念】でこのことを報せ、宿へと駆け足で戻るのであった。

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