百三話 闘技場の怨念
「あれは……」
闘技場の真ん中には、倒れた巨大な鎧があった。
頭からすっぽり全身を覆うような、古めかしい板金鎧。兜には立派な羽飾りもついていた。帝国で使われていた鎧兜と、どことなく様式が似ている。
中からは微弱な魔力を感じた。
しかし、人の形ではない。魔鉱石の粉末かなにかかもしれない。
誰かが入っているようには見えないが……
エイリスが言う。
「見慣れない鎧ね……でも、なんか金箔もついているっぽいし、高く売れるかも?」
カッセルはうんと頷く。
「うむ……だが、重そうだ。どうやって持って帰る?」
「そもそも、あの大きさ……人間の鎧じゃないわよね」
ノールの言う通り、普通に立っていれば、人の三倍はあろう高さの鎧だ。
この闘技場自体、天井が人の背丈で六倍ほどある。
だから、その半分ぐらいの高さ。まず人間の鎧でないのは確かだろう。
大きさとしては、ゴーレムやサイクロプスにちょうどいい大きさか……
彼らの亡骸が、あの中にあるかもな……
うん? いや、様子がおかしい……
俺は周囲から突如魔力が現れ、この鎧に集まってくるのを感じた。
そしてそれは、目でも確認できる異変だった。
「な、なに!? 鎧になにかが!?」
エイリスは声を上げ、周囲を見渡した。
魔力は黒い瘴気だった。それ闘技場の至る場所から、鎧に集まっているのだ。
「これは……召喚!?」
ノールはそう呟いた。
しかし、これは召喚魔法とは違う……
生前、俺はウィスプが発生する瞬間を目にしたことがあった。
多くの命が失われた場所に魔鉱石が存在すると、その石に向かって魔力が集められていく。
そもそも魔力は大気中に漂っているもので、生き物はそれを集めて魔法を行使しているに過ぎない。
そして魔鉱石はその大気の魔力が寄り集まったもの……
生物の魂がどういうものなのかは分からないが、彼らは魔力を集める、またはそれに寄り付く性質があるようだ、
そうして姿を現すのは、ウィスプという魔物。
だが、この場合は少し違うものが生まれそうだ。
ノールの言う召喚というのは間違いだが、その正体は正しいものを口にした。
「……リビングアーマー!」
鎧を身に纏った魂……ウィスプの仲間と考えていいが、攻撃方法は全く異なる。人と同じように、武器を使ってくるのだ。
鎧は中に生き物がいるかのように立ち上がろうとするのと同時に、すぐそばに落ちていた大剣を手にしようとする。
「させるか!!」
異変をすぐに感じたカッセルが、すでにあの鎧に向かっていた。
人の背丈ほどのあるカッセルの大剣も、リビングアーマーと比べれば短剣のように見える。
カッセルはそれをリビングアーマーの首の部分へ思いっきり振りかぶった。
「うおおおおお!!! むっ!?」
雄叫びをあげるカッセルだったが、リビングアーマーは目にもとまらぬ速さで、床の剣を持ち振り払う。
とっさのことに大剣で防ごうとするカッセルだったが、受け止めきれず、闘技場の壁へと吹き飛ばされた。
「カッセルさん!! ……【魔盾】!」
口ではそう言ったが、放ったのは【魔盾】の上位互換、【魔法壁】だ。俺はすぐに闘技場の壁とカッセルの間に、魔力の盾をつくり、衝突を防ぐ。
同じことをノールも考えていたようで、ノールの【魔盾】も放たれていた。
カッセルはそれによって、壁に打ち付けられる前に、受け身を取られた。
しかし、彼の口からは少し血が流れている。ご自慢の大剣と鎧にもひびが入っていた。
カッセルが防ぐ瞬間も【魔法壁】を展開したが……結構な力だな。
リビングアーマーの堅さはその鎧によるし、攻撃力も剣の良し悪し次第。
しかし、その俊敏さや腕力は、魔力によるものだ。
いつのまにか、鎧には膨大な魔力が宿っている。あれだけ大きな魔力……大量の魂があの中に集まったのかもしれない。
地下牢やここで亡くなった魔物の魂かもしれないな……
「二人とも、すまぬ……だが、こやつは我等ではとても敵わぬ……ここは」
カッセルははっきりとした力の差を感じたのだろう。
死の危険を感じたらすぐに逃げる……これも冒険者には必要な能力の一つに違いない。
しかし、俺らが使った昇降装置の扉には、重厚な鉄柵が降りていた。
逃亡を阻止するための闘技場の仕掛けだろう。
これも魔法で降ろされたようだ。
もちろん、俺の魔法でなら簡単に開けられる。
だが、見た目的にはとてもびくともしないようなもので、エイリス達は顔を青くした。
「うそ……閉じ込められた!?」
「こうなったら……戦うしかないわね。【火炎球】!!」
ノールはそう言って、すぐに手に魔法の火を浮かべる。
エイリスは不安な顔をしつつも、弓を構えた。
「皆、散開して! 敵の狙いを散らすのよ!」
「はい!!」
俺達はエイリスの声に、散り散りとなった。
「ルディス君! 私達が、囮を!」
ルーンは俺にそう言って、マリナとネールと共に前衛に展開する。
「む……仕方あるまい!」
カッセルも後輩に任せてたまるかと、体を起こし、その前衛に加わった。
同時に、エイリスの放った矢や、ノールの魔法がリビングアーマーに浴びせられる。
しかし、リビングアーマーはぴんぴんとしていた。
「全然……効かない?」
声を震わせるエイリスだが、すぐに死にもの狂いで次の矢を放つ。
そうこうしている内に、リビングアーマーは完全に立ち上がると、今度は反撃と言わんばかりに周囲のルーン達へ剣を振り回した。
ルーンやネールにとっては、魔法でこいつを沈黙させるのは容易い。
しかし、エイリス達の手前それはできず、ぎりぎりで避けて、さも苦戦しているように見せている。
その間にも、エイリスとノールはリビングアーマーに攻撃を加えていくが、やはり効果はなかった。
カッセルとマリナも隙を見て、リビングアーマーを攻撃するが、跳ね返されるだけだ。
俺も力を抑えた【火炎球】を放ち、効かないように見せる。
「全く手応えがないわね……」
汗を拭うエイリスに、ノールは言う。
「幸い、あまり動きが俊敏でないのが救いだけど……このままじゃ」
俺達は人間。
長引けば疲弊し、やられてしまう。
もちろん、俺達ならすぐ倒せるが、それだと俺達が今まで隠してきたものが無駄になる。
では、どう倒すか……いや、それらしいことをすればいいだけか。
「……ノールさん、やつに水を浴びせて頂けますか?」
「いいけど……とても水魔法じゃ」
「俺が中に雷属性の魔法を浴びせます……鎧の中に」
「危険だわ。あなたには鎧も盾もない……一度ぶつかれば……」
「大丈夫です。足には自信があるので」
むしろ、足にはあまり自信がないが……
「それに、これだけ前衛がいますから」
「分かった……気を付けて」
ノールは心配そうな顔をしながらも頷いてくれた。
以前王都への護衛の途中、ユニコーンが倒れていた時もノールは俺を残すことを不安に思っていた。
だが、あの時俺は無事に帰還する。
それもあって、ノールは俺を信用してくれているのかもしれない。
俺はありがとうございますと頭を下げると、すぐにリビングアーマーへ向かった。
「皆、ルディス君をお守りしますよ!」
ルーンはそう言って、進んでリビングアーマーの注意を惹きにいった。
俺がリビングアーマーまであと数歩という時に、ノールの水魔法が横を通り抜けていく。
水を浴び、びしゃびしゃになったリビングアーマー。
その兜の穴部分に、俺は低位の雷魔法を放つ。
「【電鞭】!」
まっすぐと伸びた雷の鞭が、兜の中へ突き進んでいく。
すると、鎧の周囲の水分が瞬時に蒸発し、リビングアーマーはその場でがしゃんと崩れるのであった。




