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九十九話 仲間の危機

「どうだ、ベルタ? 見覚えはあるか?」


 俺は後ろから付いてきている、ガーゴイルのベルタに訊ねた。


 ベルタは【透明化】の効果があるネックレスをつけているため、姿は見えない。


 だから、声だけが帰ってくる。


「うーん……通ったような、見たことがないような……」

「本当に頼りになりませんね……」


 ルーンはそう呟くが、正直ずっと同じ景色ばかりで、迷うのも無理はないと思うほどだ。


 石材の積まれた壁の通路がずっと続いているだけなのだ。

 

 今俺達がいるのは、十九階。

 階段があった二十階から、ちょうどいま降りてきたところだ。


 二十階も狭く入り組んでいる道が続いていたが、ここはさらに分岐が多く、分かりづらい。


 闘技場については、ベルタも知らされていなかったらしい。

 俺達と会う前に、そのような場所を通ってきたわけでもないという。


 つまりはベルタが通ってきた道は別にあるのだろう。

 しかし、ここから下の階も入り組んでいると考えれば、その道を探すのはあまりに時間がかかってしまうのは容易に想像がつく。

 この地下都市は、もともとザール山という山の下にある。

 頂上から山麓まで緩やかに土地が広がっているので、当然下に行くほど階層も広くなっているのだ。


 ベルタは申し訳なさそうに呟いた。


「ごめんなさい……ただ、特別な場所への扉なら、すぐにわかると思います。魔鉱石が使われているので、魔力の反応もあるでしょうし」

「だろうな。とはいえ、牢獄ともなれば、何かしら特別な施錠はしていると思うが」

「一応、地下都市共通の開錠の合言葉もありますので、それで試してみますよ」

「ああ、頼む」


 俺の魔法で開けられるとは思うが、どんな仕掛けがあるとも限らない。

 ベルタの合言葉で開けられるなら、そのほうがいいだろう。


 マリナが俺に言う。


「それで……どうしましょうか? 早速、道が三つに分かれているようですが」 

「俺の魔力を周辺に飛ばしてみよう。それを【探知】して階段がないか探ってみるよ」


 それには、結構な魔力が必要だ。この階に魔力を【探知】できる者がいると、驚かせてしまうだろう。


 ただその可能性は限りなく低い。

 このまま魔力を放つとしよう。


 俺は均等に、三方の道へ向け魔力を放った。


 それを【探知】で追うと、水路に水が流れているかのように魔力の流れが見える。


 しばらくそうしていると、下の階へ降りる魔力を発見した。


「よし、階段を見つけたようだ……右の道を行くぞ」


 俺たちは右の道を進み始める。


 少し気になるのは、この階にも何名か魔力を持つ者がいること。

 何名かで散り散りとなっているが、二十名ぐらいの冒険者はいそうだ。

  

 そしてその周囲に突如現れる魔力の反応……これはスケルトンだろうな。


 この階に降りてくる冒険者なら、スケルトンぐらいは敵ではないのだろう。

 すぐにスケルトンは倒されていく。


 彼らは何を求めて、下に行くのだろうか……と、俺達の前にも。


「また現れましたか! いきますよ、二人とも!」


 しかし、ルーン達が倒していくので、俺が手を下す必要もない。

 俺は【探知】で、周囲を警戒しつつ進んでいく。


 スケルトンを召喚する、魔鉱石の石柱も破壊していってくれているので、これから通る者達も安全に通れるようになるだろう。


 また、魔鉱石は貴重なので、ルーン達は回収してくれている。スケルトン召喚を誰かに使われるのも危ないから、俺達が責任をもって処分すべきだろう。


 そんなこんなで進んでいると、俺はある事に気が付く。


「これは……階段の近くに人間がいるな」


 ネールが俺に訊ねる。


「へえ。冒険者ですか?」

「恐らく。二人のようだな」


 今、他の冒険者と会ってまずいことは別にない。

 ベルタは姿が見えないし、皆も人間に見えるようになっている。


 だから別に会うこと自体は、いいのだが……


「……少し様子がおかしいな」


 人間は、その場から動こうとしないのだ。


 厳密に言えば、その場で腰を下ろしたり、手を動かしたりと体は動かしている。

 休憩しているにしては、様子が変だな……階段の下を窺っているような。


 だが、少し進むと、何が起きているかが分かった。


 階段の下のほうに無数の魔力の反応がある。一つの魔力に群がるような大きな魔力の反応。これは……


「誰かが下で、一人で戦っているようだ! すぐに向かうぞ!」


 俺達はすぐに階段の方へと向かう。

 

 すると、こんな声が響いた。


「カッセル! 今、開けるわ!!」


 それは聞き覚えのある声だった。

 エイリスとノール……二人がカッセルの名を呼んでいる。


「二人とも、なにが!?」


 俺が到着すると、そこには重厚な鉄の扉を叩くエイリスと、杖を構えるノールが。


 こんなところに俺達がいるとなれば、おかしく思うかもしれない……でも、緊急事態のようだ。そんなことは気にしてられない。


 二人は俺を見て驚くことはなかった。俺の声に振り返ると、エイリスが焦るように言う。


「ルディス! カッセルが……カッセルがこの向こうに閉じ込められて!」


 誰かが通ると閉まるトラップだったか……恐らく、先行したカッセルが閉じ込められたのだろう。


 杖で魔法を放つノール。しかし、彼女の【開錠】では開かない。


 何度も試すノールだが、やはり通用しないようだ。


「そんな……」

「ノールさん、もしかしたら魔法が駄目なのかもしれません! ここは……マリナ、メイスであの扉を!」

「は、はい!!」


 当然、メイスでは開くようなやわそうな扉ではない。


 俺やルーンの【開錠】でなければ開かないだろう。


 しかし、俺の魔法を見せられない以上、メイスで開けた、ということにしたい。


 マリナがメイスで叩くと同時に、俺は【開錠】を扉に放った。


 すると、扉が鈍い音をたてながら開く。


「マリナ、でかしたぞ! 行きましょう!」

「え、ええ!」


 ノールもエイリスも今は疑うこともなく、俺と共に下へと向かった。


 下は真っ暗な空間だった。


 カッセルの声と、金属の音が響く。


 俺とノールは、すぐに【灯火】を放ち、周囲を照らす。

 

 すると、そこには頭から血を流しつつも、大剣を構えるカッセルが。


 そして彼の前には、巨大な黒い影が無数に様子を窺っていた。


 俺はそれを見て、思わず呟く。


「シャドウ……キメラ……」


 それは、自然界には存在しない魔物であった。

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