九話 ゴブリンの侵攻
今日で三十三デル、今までのと合わせて百デル超えるな。
俺は今日得たゴブリン退治の報酬を確認する。
そして先に帰したルーンのいる宿へと向かう。
俺とルーンは、今日三十体のゴブリンを倒した。
手を抜いたつもりはなかった。
しかし、初日のようにゴブリンを見つけることが出来なかったのだ。
これは俺や冒険者達の活躍のおかげで、数を減らしているせいかもしれない。
俺とルーンだけでも、初日からここ一週間で二百体以上討伐しているのだ。
嬉しいことではあるが、他に稼ぎ方を見つけなければいけないので、何とも言えない。
だが、ゴブリンは多産で繁殖するのが早い。
ここエルペン周辺が重要な地区なら、更に多くのゴブリンが補充されるかもしれない。
そんな冒険者が考えなくてもいいようなことを心配するのは、元皇帝であったせいだろうか。
俺はギルドから借りた宿の一室の扉を開けた。
そこには、【擬態】を解いたルーンと、小さなブルースライム達がいた。
「ルディス様、お帰りなさい!」
「「ルディス様! おかえりなさい!」」
ルーンの第一声に、ブルースライム達が声を揃える。
「ああ、ただいま」
俺はそう答えて、報酬の入った袋を机に置く。
そしてベッドへと、深く腰かけた。
「皆、いい子にしていたか?」
「「はい、ルディス様!」」
スライム達は、皆元気いっぱいにそう答える。
青いゼリー状の体を揺らす様は、何だか癒される。
「これからも頼むぞ…… 皆」
少し言葉に詰まってしまった。
よく考えれば、こいつらに名前はないんだ。
俺が名付けてやるか?
だが、こうも見分けもつかないと、付けても覚えるのが難しそうだ。
そんな事を考えていると、ルーンが声を掛けてきた。
「ルディス様。この者達ですが、ヴェストブルク王国の文字と言葉をマスターさせました。読み書きも完ぺきです!」
「ほう、もう覚えてしまったのか。ルーンもか?」
「はい! これで私も【魔法言語化】を使わなくても大丈夫です」
「そうか。さすがだ」
ルーンを始め、スライムは睡眠の必要がない。
恐らくは夜通し、【魔法言語化】した脳内の言葉や文字を覚えたのだろう。
俺もいくらか文字を覚えたが、実際に書いたりはしていない。
ここらへんは、さすが魔物というところだろう。
「あと、もう少し【擬態】の効果も高めました。私には及ばないですが、時間も正確さも格段に向上させています。特に、この一体の成長は著しいです。私が最初に分裂で生み出したので」
「うむ…… 魔力も増加しているようだな」
俺は【探知】でスライム達の魔力が増えていたことを確認する。
その中でも、ルーンの言う一体のスライムは他よりも魔力が増えていた。
俺が先輩冒険者とゴブリン討伐をした日は、ルーンはスライム達の訓練をしてくれていた。
スライム達の魔力が増えれば、帝印の効果で俺の魔力もその分増大する。
だから、非常にありがたいことだ。
ルーンがこう答える。
「そうなのです! それでは、早速効果を披露させましょう。ルディス様、【思念】で適当な人間の情報をスライム達に送ってください。この者達は、人間を見たことがないので」
「おお、そうか。では、最初はそこの一番魔力が多い者から送るとしよう」
俺は知っている人間の情報を思い浮かべ、【思念】を行使しようとする。
しかし、ルーンがこう声を掛けてきた。
「ルディス様の好みの方でお願いします! セレーネ様とか!」
そうだな。やはり自分好みの見た目でいてくれた方が……
「うむ…… って、何故セレーネ?!」
俺は【思念】で、スライムに頭の中に浮かんだ者の情報を送る。
「送られてきました! 早速変身しますね!」
【思念】を受けたスライムは、体の形をみるみるうちに変えていった。
「おお、これは…… やっぱり、魔法学院の同級生、セレーネ様」
俺の前に現れたのは、ルーンの言うように、セレーネという女性だった。
透き通るような海を思わせる水色の髪は、肩のところで切り揃えられている。
ぱっちりとした瞳もその髪に負けないような、透明感のある水色であった。
服装は俺の頭の情報なので、魔法学院の法衣だ。
というより、ルーンの”やっぱり”とは、どういう意味だ?!
ルーンはこう続ける。
「では、名前はやっぱ、セレーネにいたしますか?」
だから、その”やっぱ”って何なんだ……
「いや…… 髪色から、”マリナ”と名付けよう」
「なるほど! 海ということですね! 髪が綺麗ですしね!」
何が、なるほどだ……
完全にルーンに見透かされている。
ルーンがセシルの姿になったのも、俺の好みを把握しているからだろう。
幼少時からの付き合いだ。
ルーンは、俺の事を何でも知っていると言っても過言ではない。
ルーンは、マリナにこう言った。
「では、マリナ。これからはマリナがあなたの名前です。ルディス様から名前を賜ったこと、光栄に思いなさい」
「はい、ママ! ルディス様、ありがとうございます!」
頭を下げるマリナと名付けられたスライム。
俺は頷いて、答えた。
「うむ。これからも俺のため、尽くしてくれよ」
お堅く返したが、かつての同級生の姿を前に、俺は少し恥ずかしくなる。
「では、次行きましょうか。まだ魔力が少なく、精度が低いですが……」
ルーンがそう言った時だった。
「ルディス! ルーン! いたら、ギルドの一階に来て!」
ドアを叩く音と共に、先輩冒険者のエイリスの声が聞こえてきたのだ。
「はい、今すぐ向かいます!」
何事だろうか? とりあえず、俺は返事をした。
ルーンは【擬態】して、俺と一緒にギルドの一階に向かう。
マリナ達には、改めて待機を命じておいた。
ギルドの一階は、何やら物物しい雰囲気が漂っていた。
冒険者は皆、青いサーコートを着た騎士のような男達に視線を向けている。
騎士風の男達の中で、一際大きい男が口を開く。
「だいたい集まったようだな…… これより、エルペン大公閣下の命を伝える!」
どうやら騎士達は、領主エルペン大公の騎士らしい。
「我エルペン大公は、来るゴブリンの大集団の侵攻に対し、冒険者の支援を求む! 冒険者諸君は、我々と共に戦線に立っていただく!」
これが、受付嬢の言っていた領主からの要請か……
ついにゴブリン達が、大規模な攻勢を仕掛けてくるようだ。
俺もルーンも、この戦いに参加することになったのであった。
ゴブリンの侵攻は早かった。
翌日の朝には、俺達はエルペン北側の城壁に配置される。
ゴブリン達は、北から来るらしい。
俺ら冒険者達は、兵士と共にそれを守るらしいのだが……
「エイリスさん、こっち側の城壁には兵士が少ないですね」
俺は先輩冒険者のエイリスにそう声を掛けた。
この北側の城壁付近にいる兵士は、せいぜい百人。
これだけの大都市で、ここまで兵士が少ないなど有り得るだろうか。
「そっか、ルディスはこういうの初めてだもんね。私達冒険者は、あくまで予備兵力。主力はほら……」
エイリスは、エルペン市街の大通りに顔を向けた。
大通りには、北門に向け進軍する兵士の集団が見える。
数十名の騎乗した騎士を先頭に、歩兵が数百人続いているようだ。
俺は思わず、近くにいた魔導士のノールに問いかけた。
「まさか、打って出るのですか?!」
「そうよ」
「つまり、ゴブリン達は何か攻城兵器を持ち合わせていると?」
「攻城兵器? ああ、岩を飛ばすやつとかね。ゴブリンがそんなもの使うなんて、聞いたことないわ」
「では何故」
馬鹿な。城壁が有るのだから、籠って戦えばいい。
攻城兵器がないなら、尚更そのほうが被害を抑えられるじゃないか。
今度はノールではなく、隣のエイリスが答える。
「私達と違って、こういう時でしか騎士達は手柄を立てられないのよ」
「なるほど。でも、防壁があるのに」
「ゴブリン程度、敵じゃないって思ってるんでしょう。まあ、実際楽勝だとは思うわよ」
「……そうなんですね」
敵の規模は分からない。しかし、あまりにも不用心ではないだろうか。
エイリスはこう続けた。
「それで私達冒険者は、後方支援ってことよ。まあ、ここでゆっくり眺めるだけで十デルもらえるんだから、楽よね」
そんなものなのだろうか。
エイリスや冒険者達だけでなく、門をくぐろうとする騎士や兵達も自信に満ち溢れた顔だ。
誰もが、楽勝と思っている証拠だろう。
しかし、俺は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。




