10 束の間の幸せ
王宮に戻った私達は遅くなった昼食を済ませると、式典に参加する為の衣装に着替えることに。
「ジーン、待った!」
アレックスに着替えることを止められて、彼は自分のトランクケースの中から真っ青なローブデコルテのドレスを一着取り出した。
えっ、これはまさか!?
「そうだよ。ジーンはこれを着て式典に出るんだ。ユーエンの婚約者としてね」
「えっ!?」
彼の婚約者として!? でもそれは、マズイことなんじゃ?
「構いません。王女からは正式に破談になったと先程連絡を受けました。これで、堂々とあなたを婚約者として公式の場に連れて出れます」
ユーエンは元々、この式典に参加するにあたって、色々考えがあったらしい。
もし縁談が破談になりそうもなく、強引に進められでもしたら、私を連れてこのまま逃げることも頭にあったとか。
そんなこと本当は許されることじゃない。それでも私を連れて国には戻らないと脅せば、大公殿下は私達のことを認めざるを得なくなると。
「ユーエンは本当は大公にだってなりたい訳じゃないもんね。国王なんかもっととんでもない! 何はともあれ、アストリア国王にも納得してもらえて良かったね」
「アレックス! その話はもうここでは……」
気まずそうにアレックスを咎めるユーエンの様子を見て、私はふと思い出す──彼が大公の座なんかに本当は微塵も興味もないことを。ただ、庶子である彼が私と釣り合う為だけに、その座に甘んじて就こうとしていることを。
「ごめん、ジーンの前だったね。つい」
もちろんアレックスに悪気がないのは分かってる。
「私は大公を継ぐことに納得しています。だから、あなたは何も気にしなくてもいいんですよ」
「さあ、早く着替えてきて」
ユーエンは少し笑うと、アレックスからドレスを受け取った私を寝室に押し込んだ。
久々に着るドレスは、私のサイズにピッタリだった。でも背中のファスナーが一人ではどうしても閉められない。
悪戦苦闘していると、ノックの音と共に彼の声が。
「どうしました?」
「ファスナーがちょっと上げられなくて」
「入ります」
彼がそっと寝室に入って来て、私のすぐ背後に立って言う。
「ちょっと髪を上げてて貰えますか?」
ああ、髪も邪魔だったか!
私は髪を一掴みにして、背中が彼に見えるようにした。
そのまま彼はすっとファスナーを閉めてくれた。
それにしても背中のファスナーを閉めて貰うのって、かなり恥ずかしい。自分の体の硬さが恨めしい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
振り返ってお礼を言うと、彼は何やら意味ありげな笑みを浮かべていた。
「何かおかしかった?」
「いいえ。脱ぐ時は呼んで下さい」
そんなことをしたら、その後は!
私は途端に想像して、赤面してしまう。
ダメだ、私。しっかりしろ、私。
「それでは、その綺麗な髪をセットしてしまいましょう」
そしていよいよ式典の開始時刻になり、私達は揃って王宮の大広間に移動した。既に会場は多くの来賓で溢れかえっていた。アストリアの有力者はもちろんのこと他国からの王族や使者なども多数招待されていた。
その中でも私達は一際目立っていた。
正装したユーエンはどの出席者よりカッコよく、素敵だった。若い女性達の視線を一身に集め、そんな彼にエスコートされ一緒にいる私も嫌でも注目を浴びていた。
無遠慮なまでに注がれる視線。
ヒソヒソと私達のことを噂する声が飛び交う。
「あの金髪の娘は誰だ?」
何せ王女の結婚相手と目されていた彼が、私というパートナーを伴って現れたのだから無理もない。
「あの顔には見覚えが。そうだ! 公子が連れていた騎士だ!」
ざわざわと辺りが一気に騒ついた。
「……騎士はまさか女だっのか? 一体どういうことだ?」
私は何だか居たたまれなくなる。しかし私をエスコートするユーエンは至って冷静だった。
「あなたは堂々としてればいいんですよ」
「う、うん」
私達の後ろに付いてきていたアレックスも小声で囁く。
「君がこの中で一番綺麗だから」
全くこの兄弟は!! 私をいつも甘やかして、その気にさせるところだけは似てるんだから。
私達に気付いた大公殿下がこちらに近付いて来た。
「さすがは聖乙女だ。お前が見せびらかしたい理由が分かったぞ」
「恐れ入ります」
見せびらかしたいって、そうなの?
彼の顔を盗み見るけど、その表情からは何も窺えなかった。
「すまなかったユージェニー。国益を考えるとアストリアとの縁談は無下には出来なかったのだ。それにしても王女はかなりの変わり者のようだな。何やらお前達のことを絶賛していたぞ」
それに関しては私達二人とも、乾いた笑いを浮かべるしかない。
王女は私達を自作の漫画のネタにしていたのだ。
「父様、母様はどうしたの?」
大公殿下はアレックスに驚きつつも答える。
「ああ、今はアストリアの病院に検査入院している。別に具合が悪いとかはなくて問題はない。しかし、なぜお前までここに?」
「別にいいでしょ、面白そうだから来たんだ」
本当は私が心配で来てくれたのだろう。そして私に内緒でユーエンにドレスを持ってくるように頼まれて。
そしていよいよアストリア国王夫妻とアメリア王女が会場に姿を現し式典が始まった。
即位二十周年を祝って、招待客から送られた祝いの品の目録が読み上げられていく。
正直、私は式典の最中は緊張のあまりずっと上の空だった。
こんな公の場所に、ドレスを着て出ることも初めてなのに。まさか彼の婚約者として出席するだなんて。
式典は滞りなく進み、終わるとそのまま晩餐会と相成った。
「ユージーン様、ユーエン様」
声を掛けられて振り向くと、アメリア王女が立っていた。
「この度は本当にありがとうございました」
彼女はぺこーっと深く頭を下げて、人懐っこい笑顔を浮かべた。
「女性のお姿も素敵です! まさにクールビューティって感じで。ユージーン様、いえユージェニー様のあまりの美貌に、たくさんの殿方が口々に噂しておりましたよ? それにしてもお二人ともとってもお似合いです!!」
「あ、ありがとう」
「あ、アメリア王女だ!」
飲み物を片手にアレックスが戻ってきた。
その姿を見て、途端に挙動がおかしくなる王女。
「こ、こんばんは!」
完全に声が裏返っている。
「今日は男装なのですね」
「ああ、正式な場だからね。やっぱりドレスを着てきた方が良かった?」
「いいえ、その衣装も素敵ですから!!」
これはもしかして、王女はアレックスを?
二人は何気ない会話を始めた。その様子を見て、ユーエンが私の手を引いてその場を離れた。
「王女の相手はアレックスに任せましょう」
二人がこれからどうなるかは神のみぞ知るだ。
彼はそのまま私をバルコニーに連れ出した。会場の熱気に当てられていたのか外の風が心地良い。
辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
かすかに聞こえる楽隊の生演奏の音。ダンスの為の曲が流れる。部屋から漏れる薄明かりを背に受けて彼が言った、
「踊りますか?」
「私、女性パートは苦手で。……物凄く下手だよ?」
彼は少し笑って言った。
「リードしますから、大丈夫ですよ」
ここなら、他に人もいない。
私は意を決して、伸ばされた彼の手を取った。
彼にリードされて私達は踊り始める。
えっ、ていうか、上手い!! そしてとても踊りやすい。
「上手じゃないですか?」
「そう? いつも兄上には下手だって怒られてて」
レディの嗜みとして、兄上相手に猛練習をしていたのだけれど、いつも下手だと怒られていた。
あんまりどやしつけられるものだから、すっかり苦手意識がついてしまって、とても踊る気になんてなれなかったのに。
「兄君はおそらくきっと……いえ、なんでもありません」
彼は少し笑うと言いかけた言葉を飲み込んだ。
「なになに? そこまで言いかけてやめるの?」
私が詰め寄ると、観念したように呟いた。
「きっとあなたを誰とも踊らせたくなかっただけかと」
「えっ!」
兄上らしいといえばそうかもしれない。ダンスは体を密着させて踊るものだし。やきもち焼きの兄上ならやりかねない。
苦手意識が取れたら、ダンスはとても楽しかった。
元々体を動かすのは好きな方だ。
彼とのダンスはまるで夢の中のようで、夢中で何曲も踊り続けた。あっという間に時が過ぎていく。
いつのまにか曲は終わっていた。
それでも私達は手を離せず、向かい合ったまま。
彼の縁談はなくなって、私は大手を振って婚約者を名乗れるのに。
それでもこの幸せが長く続かないことを私達は知っている。あくまで束の間の幸せなのだ。
聖乙女の契約が破棄出来ない限り、私は春には囚われの身だ。
聖殿から自由に外に出ることも叶わない。
たとえ結婚していても引き離され、共に生活することも許されない。
「お願い、このまま私を攫って」
ふいに口をついて出た言葉に、自分でも驚く。
「……ジーン?」
充分に分かってる。そんなことが許されないことは。
「あなたとずっと一緒いたい」
こんなことを言えば、彼を困らせてしまうのは分かってる。
それでも、私は我慢出来なかった。
彼は私を引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。
夢中で彼の背中に手を回し、彼の肩口に頬を寄せた。
「……離れたくない」
彼が好きで好きで堪らなかった。どうしたら、こんなに好きになれるのか、自分でも分からないくらいに。
いつも読んで下さりありがとうございます!
お、終わりませんでした!!(汗
収まり切らず、二話に跨ります。
よって次回がユーエン編の最終回です。たぶん。
他キャラ編も絶賛執筆および修正中です。
もうしばらくお待ち下さい。
次回もよろしくお願いします。




