09 異国の花嫁衣装に袖を通して
リムジンから降り立った私達は、ちょっとした注目の的だった。理解出来ない言葉があちこちで飛び交う。
私はてっきり中華街みたいなところをイメージしていたけど、それとはかなり違った感じだった。むしろ商店街に近いのかもしれない。
建物は確かに暗色な色の瓦屋根が多く、アストリア王都の建物の多くが同じ色の屋根で統一されているのとは、まるで違った。
軒先ではさまざまな屋台がひしめき合っていて、一見するとよく分からないものも売っている。
「ねえ、何で虫とか売ってるの? キモっ!!」
「薬の材料になるんですよ」
確かに綺麗ではないけれど、それなりに賑わいを見せている。
「ねえ、あなたの故郷もこんな感じなの?」
「ええ、市場はこんな感じですね。汚いけど活気があって」
路上に山積みにされた野菜や果物は、一般の市場よりかなり割安らしい。
「それで、ここで何か買うの?」
「買い物は後で」
どうやらユーエンはここが初めてではないらしい。迷いもせず、まっすぐにどこかへ向かっている。
私とアレックスは、辺りを見回しながら彼について行くだけだった。
店が立ち並ぶ通りを裏道に逸れて、少し奥まった所に店先には東方の民族衣装だろうか? 色とりどりの服が雑多に吊るされている。
ユーエンは店の奥を覗く。ラジオから流れるのは異国の言葉だ。
「いらっしゃい」
新聞を読んでいたお爺さんが、こちらに気付いて立ち上がった。
「何かお探しで?」
「婚礼用はありますか? 男女両方の」
婚礼の? まさかそれでここまで連れて来たの?
「見たところお兄さんは東方の血が入ってるね」
「ええ、母が東方人です」
お爺さんは店のさらに奥から、何やら箱をいくつか出してきた。見せられた衣装はどれも絹で作られていて、色は赤がベースの物が多い。中国の時代劇で見るような感じ?
「一般的なものはこんなものだが、実は特別なのがある。但し、値が張るよ?」
「見せて下さい」
お爺さんが取り出したのは、今まで見たものとは一線を画すものだった。
白が勝ったそれは、赤も単色ではなく淡いものから濃いものまでグラデーションのように染め上げられた物で、金糸と銀糸の刺繍が見事なものだった。
花婿用の物も、それと対だとすぐ分かる物だった。
「これは! 王族が身につけるものでは?」
ユーエンはそれを手にとって、じっくり眺めた。
目利きの彼が唸るくらいだから相当な品物なのだろう。
「お目が高いね。これは今は亡き小国の王族が、内乱に巻き込まれて亡命した際に泣く泣く手放した物らしい」
「いいじゃん、それ」
アレックスは箱から衣装を取り出して、よく見えるように広げて見せた。
「うん、とても綺麗だよ。これにしたら?」
「それは他と違って値が張るよ? とてもお兄さん達に払える額じゃないよ」
「おいくらですか? ここに金額を」
ユーエンは懐から小切手を取り出すと、一枚切って無記名のままお爺さんに渡した。
お爺さんは小切手に署名された振出人の名前を見て、態度が変わった。
「お兄さんもお人が悪い。最初からそうだと仰って頂ければ」
「ではそれを包んで下さい」
私達は大きな買い物も済んで、少し通りをぶらぶら歩いた。
豚まんとか、焼き鳥とか、たこ焼きのようなものも買い食いした。
「よく食べますね」
アレックスはご機嫌で、たこ焼きを頬張っている。
「育ち盛りだからね。そんで、これからどうするの?」
「市街地の写真館へ行きます。さっきの衣装で写真を撮るんです」
「えっ、僕の衣装買ってないじゃん!!」
いや、あれは婚礼衣装だから。
私はユーエンの意図するところが分かってしまった。
あの衣装を着て、本番の挙式をすることは許されない。
我が国の一般的な婚姻衣装は白のウェディングドレスと相場が決まっている。
つまり彼は、自分の祖国の婚礼衣装を着て記念写真だけでも撮りたいのだろう。
リムジンは市街地へ向けて走り始めた。
アレックスは自分の衣装がないことに不満タラタラで、写真館に到着するまでずっとごねていた。
写真館はなかなか趣のある佇まいで、店内に入ると先客の貴族らしい客が、部屋の奥にある撮影場所でちょうど写真を撮っている最中だった。
ユーエンは対応に出た女性店員に撮影を依頼して、持ち込みの衣装に着替える旨を伝えた。
「こちらへどうぞ」
通された控え室兼更衣室で、私達は早速衣装に袖を通す。私の着付けもヘアメイクも全部彼がやってくれた。
髪はサイドからハーフアップにして結い上げて、赤い珊瑚が牡丹の花に細工された金の髪飾りを付けた。これは元々彼が用意していたものだった。
同じ細工の金の耳飾りを付けて、私の支度は整った。
「ジーン、ヤバイ。凄く綺麗だ」
背後にいたアレックスが溜め息を漏らしつつ呟いた。
姿見に映る自分の姿に思わず見入った。
襟を重ね合わせた唐風のハイウエストの衣装は、どこか着物にも通じる。
金髪でこの格好はどうかとも思ったけど、意外と悪くはなかった。
薄い紗がまるでレースのようで、ドレスとはまた違った趣だった。
ユーエンは私の姿を見て、しばし絶句していた。
「自分で着せといてなんですが、言葉になりません……」
「変かな? やっぱり似合わない?」
ぎゅっと抱き締められ、彼が耳元で囁いた。
「──むしろその逆ですよ」
「ちょっと! そこでそのまま押し倒さないでよ? ていうか僕の存在忘れてない?」
そして、私と対の衣装に着替えた彼は、めちゃくちゃ様になっていた。
どこかの皇帝といっても通用するような気品に溢れた姿。
しばらく言葉も忘れて、ついその姿に見惚れてしまった。
「うーわイケメン過ぎて、なんかムカつく〜。ジーン、口開きっぱなしだよ?」
私は慌てて口を閉じた。いけないいけない……。
アレックスが妬む気持ちも分かる。そのくらい彼は完璧だった。
その姿を見て、いつも勘繰る癖のあるアレックスが唐突に彼に尋ねた。
「ユーエンのお母さんて、本当にただの踊り子さん?」
「ただのとは?」
「本当はどこかのお姫様とかじゃないの? 実は元王族とかでも、もはやもう驚かない」
ユーエンは軽い溜め息をついて、少し笑う。
「私の母は幼少の頃に亡くなってしまいましたので、その出自までは……」
お母さんが亡くなるまでは、母一人子一人で暮らしていたことは以前に聞いていた。そして一人になった彼が大公家に引き取られるまで荒れた生活をしていたことも。
「父上の方が知ってるってこと?」
「おそらくは」
まあ、物凄く美人な人だったのはきっと間違いない。
大公殿下とユーエンは瞳の色ぐらいしか似ている箇所がない。
どう見ても彼はお母さん似なのだろう。
その時ノックの音がして、店員に呼ばれた。
「お客様、準備はお済みでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
花嫁衣装に身を包んだ私を見て、店員はとても驚いた様子だった。
それも無理もない。店に入って来たのは、ユーエンと私とアレックスの三人で、私は男装で、女性の姿をしていたのはアレックスだったからだ。男だと思っていた私が、花嫁衣装を着て現れたのだからそれは驚くことだろう。
「あまりにお美しいので、言葉を失いました。申し訳ございません」
その店員の様子に、アレックスはクスクスと笑い始めた。
「ジーンのこと、まだ男だと思ってたりして」
そっと私に耳打ちし、思わず私は顔をしかめてしまった。
男同士だと思われてたら、さすがにイヤだな。
彼が手を差し伸べてくれたので、エスコートされながら撮影場所に向かう。裾がかなり長いので、歩くのも気を使う。
異国の婚礼衣装で現れた私達に、初老の紳士風なカメラマンも息を呑む。
「これはこれは……とても美しい新郎新婦ですね」
私達は何枚か撮影してもらい、結局アレックスも乱入して三人での写真も撮った。
「では出来上がりましたら、お宅へ配送致します」
「よろしくお願いします」
出来上がりがとても楽しみだ。
私達は残念だけど着替えを済ませて、帰りの車に乗り込んだ。
王宮への帰り道、車内でユーエンがここまでした理由を話してくれた。
「私の母は、正式に父と結婚した訳ではありませんでした。たとえ結婚出来たとしても、自国の婚礼衣装を着る訳にはいかなかったでしょう。死期を悟った母が常々言っていました。自分も婚礼衣装を着てみたかったと。私の結婚の際には、自国の衣装を是非着て欲しいと」
お母さんは婚礼衣装を着ることが叶わずに亡くなり、息子の結婚の晴れ姿も見れず……。
私の母上も私の花嫁姿を見たかったろうな。
「二人ともしんみりしないでよ! 二人のお母さんも天国から今日の二人の晴れ姿をきっと見ててくれたよ?」
アレックスの言葉に、私は涙ぐんだ。
本当にそうだといいな。
「今日の衣装も良かったけど、ウェディングドレスもこれから作るんでしょ? 帰国したら早速店に行く?」
「うん」
「そうですね。ドレスだけでなく、指輪も買わないといけません。婚約指輪もまだですし……」
そういや、慌ただしくこちらへ来ることになってしまったもんね。
「とにかく、今日はまだこれから式典に参加しないといけません。アレックス、頼んだジーンの衣装は持ってきましたか?」
「もちろん」
え? 私の衣装なら、聖騎士の正装で構わないんじゃ?
一体どういうことなのだろう?
いつも読んで頂きありがとうございます。
更新遅くて申し訳ないです。
ユーエン編は次回で最終回予定となってます。
終わるのかなぁ?(汗
加筆修正次第ではもう一話追加になるかもです。マクシミリアン編、ラファエル編の続きもネタバレ要素確認しつつ、修正次第追加していきます。
別キャラ編も修正が済み次第随時掲載予定です。
章に分かれて載せてますので、既出のキャラの続きはこそーっと更新されるかもです。
多忙につき更新遅めですが、週二回は更新出来たらいいなぁ……。
次回もよろしくお願い致します。




