06 王女様は腐女子でした!!
アメリア王女に連れられ案内された先は、中庭にある東屋だった。既にお茶の用意がしてあり、メイドがびっくりするくらい人数で待機していた。ざっとその場に十人以上はいるような?
王女に席に着くように促されて、私達は腰を下ろした。
「わざわざ遠い所、父が呼び付けてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げられ、私達は面喰らう。
何だかこの王女様の変わってるって意味が何となく分かったような気がする。
決して悪い子ではない。むしろとてもいい子だと思う。
──でも何か普通でない。何かが普通のお姫様と、決定的に違う。頭の中で何となくそんな気がした。
「それで用件とは? 縁談の話なら以前にもきっぱりお断りした筈ですが?」
ユーエンはいつものポーカーフェイスで、結構辛辣な物言いをした。
王女はそれに一瞬気圧された様子だったけれど、おずおずと話し始める。
「縁談の件はどうか忘れて下さい。周囲が無理に結婚の話を進めるので、どうにも困ってしまって。一度断られたあなたなら、また断られるだろうと思って指名したら、本当にここまで呼んでしまうことに……私はそんなつもりはなかったんです。本当にごめんなさい」
その言葉に私はホッと胸を撫で下ろした。
だから、マクシミリアン王子やマシュー王子の申し出を断ったんだ。
「恋人のいる方に結婚なんてとても言い出せません。本当はまだ結婚する気はないんです。私、実は夢がありまして」
「夢?」
聞き返すユーエンに、王女はやや恥ずかしそうに頷いた。
「私、将来は作家になりたいんです。実は何作か書いて、自費で本も作っています。ここのメイド達は皆私のファンで、密かに応援してくれているんです」
自分で本を書いているとは聞いていたけど、まさか作家を目指していただなんて。
「それで?」
王女は真っ赤になって俯くと、ようやく言葉を噛みしめるように願いを口にした。
「あなた方をここにお招きした理由は他でもありません。お二人に私の絵のモデルになって頂きたいんです!!」
「ええっ!?」
すぐさま背後に立つメイドの一人が、スケッチブックを差し出した。
「王女様の作品です。どうぞご覧下さい」
渡されたスケッチブックを開くと、そこには漫画のキャラクターらしいデザイン画が並んでいた。しかもかなり上手い。
「作家ってもしかして漫画の方?」
「漫画をご存知なんですか!?」
この世界にはまだ漫画という文化はない。せいぜい小説の挿絵程度で、絵といえば普通は額に飾るような油絵が一般的だ。
「ええ、漫画を知ってます。異世界の文化ですよね」
異世界からの転生者の私やアレックスなら、知っていて当然だ。もしかして、アメリア王女も転生者なのだろうか?
「私も直接知っている訳ではなかったんです。私の師匠に手ほどきを受けて描き始めたものですから。いつのまにかハマってしまって、自費で本を作ってしまう程に」
ではその絵の師匠が、異世界からの転生者なのだろうか?
私とアレックス以外にこの世界に転生した人がいただなんて。
「……なるほど」
私は思わずユーエンと顔を見合わす。
絵のモデルくらいで済むのなら、なってあげても構わないんじゃ?
私達は言葉を交わさなかったけれど、彼も私の意図を察してくれたようだった。
「それで、モデルになるのは構いませんが、私達はどうすればいいんでしょう?」
「本当にいいんですか!! ありがとうございます!!」
王女は途端にパアッと明るい表情になり、立ち上がって私達に何度も頭を下げた。
乗りかかった船だし、そのくらいでこの問題から解放されるなら安いものだ──と、その時は思ったのだけれど。
移動した先は、王宮のさまざまな場所だった。
私達は指定されたポーズを取らされ、王女は嬉々としてペンを走らせていた。
後々の資料用にと、メイドの一人がカメラを構えていた。
カメラもまだこの世界では高級品の一つだ。
「もっと、もっと近寄って下さい! はい、そうです!!」
王女の指示に従い、ぎこちなく壁に手をついたユーエンが、壁にもたれた私を見下ろしている。
ていうかこれ、完全にアレですよね?
「あの、私達は何をしてるんでしょうか?」
「これはね、壁ドンだよ、壁ドン」
怪訝そうな顔をする彼に、私は小声で囁いた。
王女の取り巻きのメイド達は、溜め息をついたり惚けた顔で私達を眺めている。
ていうかこれ、完全にBLものなんじゃ?
もしかしても何も、王女様は紛れもなく腐女子だ!!
イマイチよく分かってないユーエンに、私は簡単に説明した。
「なっ、男同士で? そういうものなんですか?」
「そういうのが好きな女の子がいるんだよ。綺麗な男の子同士が恋人なのがいいんだって」
基本、この世界では同性愛はタブーだ。でも表立って問題にされないだけで、ごく当然に存在はしている。
特に一部の上流社会では、若い綺麗な男の子を好む人もいるし、男娼なんかも存在している。
かくいう私も騎士団にいた頃、同僚の先輩から迫られたことがあって、ニコラス様に助けられた過去がある。
お酒も入っていたし、それで先輩は騎士団をクビになってしまった。実はあんまり思い出したくない話だ。
「男女の恋愛小説なら、目を通したこともありますが」
ユーエンは、まだ少し困惑している様子だったものの、私がせがんだら渋々応じてくれた。
そして場所を変え、衣装を変え、様々なシチュエーションのポーズを取らされた。
一度ポーズを取ると、しばらくその格好のままじっとしていなければならない。お姫様抱っこされた時には、彼と密着出来るのは嬉しいんだけど、自分の体重が気になって仕方なかった。
「重くない?」
「大丈夫ですよ。あなたを抱えて運んだことは何度もありますから」
彼に運ばれた覚えがあるとしたら、お風呂で気を失った時だろうか?
途端に私は思い出して赤面する。既にあの時に裸を見られてしまっていたんだ……。
両手で顔を覆った私に、王女の興奮気味の声が耳に入る。
「ユージーン様が照れまくって、何て可愛い……うおおおお、創作意欲が湧くぅ!!!!」
「……………」
ドン引きする私達を尻目に、王女はまるで水を得た魚のようだった。
そしてその要求はどんどんエスカレートしてきて、とうとう私達は、なぜか寝室でベッドに横になっていた。
「もうちょっと、ユージーン様の胸元をはだけさせて下さいませんか?」
「えっ!?」
肩肘をついて、隣に横になっていたユーエンが、私の胸元のボタンをもう一つ外そうとした。
「いや、これ以上は見えちゃうって!!」
さすがにここで女だとバレるのは得策ではない。
私は慌てて開いた胸元を右手で締める。
「おおぅ、その照れた感じグッドですよ! 堪らんです!!」
まるで何かの撮影会のようになってきていた。
メイドの一人は夢中でカメラのシャッターを切っている。
王女は物凄い勢いで、鼻息も荒くスケッチブックに絵を描いていく。しかも完全にキャラが変わってきてるような?
「ユージーン様、めちゃくちゃ可愛いです!! もうちょっとユーエン様に寄って下さい」
いや、これってヤバイシーンなんじゃ?
「最高に堪らんです。やっぱり実物はいいですな!」
恥ずかしくて枕に思わず顔を伏せた。何なんだこれは!!
とっとと、早く終わらないだろうか?
ユーエンは特に照れることもなく、淡々と指示に従うのでタチが悪い。いや、元々彼はそういうところがある。
最後に移動した場所は二階のバルコニーだった。
夕陽をバックに立たされた私達に、オタクなお姫様はとんでもない指示を出した。
「んじゃ、最後にキスシーンをお願い出来ますか?」
「なっ、キス!?」
驚いて声が裏返ってしまった。
こんな大勢の見ている前で、人前でキスを!?
しかも今の私、男ってことになってるんだけど?
既にギャラリーと化したメイド達が目を輝かせて食い入るように私達を見つめている。
「ねえ、それはちょっとさすがにまずくない?」
「やらないと終わらないのでは?」
彼は意地悪そうにちょっと笑った。
でもさすがに私にはそんな勇気などない。
「王女様、彼には婚約者がいます。さすがにキスは勘弁して下さいませんか?」
「私は別に構いません」
ユーエンはあっさり了承した。
いや、私は構うんだけど? こんな人前でなんてイヤなんだけど? あと、今は私は男って設定なの分かってるの?
私は思わずぎゅんと振り返って彼をキッと睨み付けると、彼は私のウエストをぐいっと引き寄せて、ぎゅぅっと私を抱き締めた。
「きゃーーーーーー!!」
黄色い歓声が上がって、メイド達が歓喜に沸いている。
私は小声で囁いた。
「ちょっと、ダメだって!」
「見せつけてやりましょう。あなたが私のものだって」
彼は低く呟くと、そのまま私にキスをした。
人がこんなに見てるのに!!
私は思わずキスから逃げようと顔を背けるけど、とうとう顎を掴まれて、無理矢理キスされてしまう。
ああ、もう何も考えられなくなっちゃう!
彼にキスされるとどうにも抵抗出来なくなってしまう、この体質が憎い!!
ああ、もうどうにでもなれ!!!!
私は夢中で彼の首に腕を回し、彼のキスに応えた。
上がる悲鳴や嬌声を聞きながら、私達は存分にキスしまくった。
「す、凄い!!」
「もう悶え死ぬぅ!!」
王女を筆頭とした腐女子の皆さんは大変満足なされた様子で、私達を眩しそうに目を輝かせて眺めていた。
我に返った私は、穴があったら入りたい気持ちで一杯だった。人前で、しかも男の姿で、あんなに激しいキスシーンを演じてしまっただなんて……。
一方のユーエンはいつものポーカーフェイスで、全く恥ずかしがる様子もない。
「お二人とも大変お疲れ様でした! いやはや、ここまでして頂けるとは、眼福です! 本当にありが……いえ、ご馳走さまでした」
ホクホク顔の王女様は、初めて会った時との印象が百八十度変わってしまった。
黙ってればおしとやかな美人なのに、色々ガッカリすぎる!
それでもここまで突き抜けてると、逆に清々しいくらいだった。私はそんな彼女に逆に好感を持った。
ただ、私はどうしても縁談のことが気になってしまって、王女にもう一度だけ確認を取った。
「あの、本当に結婚の話って大丈夫なんでしょうか?」
王女にその気がなくても、お父上の国王や、大公殿下はその気だったようなので、無理矢理に話が進められてしまう可能性を私は案じたのだ。
王女はキョトンとし、すぐ手を何度も振りながら否定した。
「ないないないない、絶対ないから大丈夫です! いやぁ、ユーエン様は美しすぎて、完全に観賞用ですから。それにユージーン様がいらっしゃるのに、とても私なんて入り込める隙間ないですから! そもそも私じゃ釣り合いませんて!!」
「えっ? いや、そんなことは!」
その言い草だとひょっとして、恋人認定されちゃってるような? 熱烈なキスとかしたから、誤解されちゃったのかな?
「まだ十六なんで私。結婚はまだまだ考えられません。遅く出来た子なんで、親も焦ってるんでしょうけど」
十六歳って年下だったの? じゃあアレックスと同い年か。
「とにかく私の方から父には話しておきますから、安心して下さい」
アメリア王女はニッコリと微笑んだ。確かにその笑顔はまだどこかあどけない。
「明日は、式典までかなり時間がありますから、お二人で観光にでも行かれたらどうですか? ここから近い場所で、名所もたくさんありますよ」
「では、そうさせて頂きます」
ユーエンがそう答えると、王女は嬉しそうに微笑んだ。
ぺこーっと深く頭を下げると、取り巻きのメイド達をぞろぞろと引き連れて、彼女は自分の部屋に帰って行った。
「……普通にいい子だね、確かに変わってるけど」
「ええ」
いつもありがとうございます。
既にエンディング分岐に入ってる為、新規の読者様は望めないと思い、ブクマやPV数をあまり気にせずに更新を続けていたのですが、
気付いたらブクマが200超えてました。本当にありがとうございます。
増減を気にせず、マイペースで続けてきて本当に良かったです。
ただの自己満の書き専なので、読者置いてけぼりの展開も多々あるかもしれませんが、最後はハッピーエンド予定ですので、どうか気長にお付き合い下さい。まだ残り四人分の未掲載のエンディングがあります。(でも一人もまだ終わってなくてすみません)
以前も書きましたが、ネタバレがある場合はその寸前まで掲載し、後で一気に更新予定です。ややこしくて申し訳ないです。
推敲が済み次第、随時載せていく予定です。
今回のお話は完全にコメディです。
次回はちょっとイチャイチャ多めの予定です。




