04 いざ二人旅へ
城に到着した私達を、何とマクシミリアン王子が自ら出迎えてくれた。
「離れで話をしよう」
そういうことか。私達は彼と一緒に庭にある離れの館に向かう。
何とその場にはマシュー王子と兄上もいて、彼らは私達を今か今かと待っていた顔だった。
「ようやく来たか。話は聞いてるか?」
「大体は」
席に着いた私達に、マクシミリアン王子が話の口火を切った。
「アストリアの姫が、ユーエンに大公になる身分なら自分と結婚しろと仰せだ。さあ、どうするべきか?」
「簡単だ。前倒しで先にジーンと結婚してしまえばいい」
マシュー王子が自信満々に言うと、兄上が溜め息をついた。
「殿下はうまく外交する気あるんですか?」
「もちろん分かってる。だが、そうでもしないと先方はユーエンを諦めないんじゃないか?」
マシュー王子の言うことも分かる。
さすがに結婚してしまったら、離婚させてまでユーエンを婿に求めないだろう。
でも、そんなことをしてしまったら、きっと両国の関係が拗れてしまうに違いない。
「アストリアは大国で、我が国とも古くから親交が深い。経済的にも深い繋がりがあり、国内の食料不足を補う為に、現状アストリアからの輸入にかなり頼っている。もし輸入を規制でもされたら、ますます国は困窮するだろう」
それは多くの国民も周知の事実だった。
経済に明るくない私でもさすがに知っている。
食料だけでなく、衣料品やそれ以外も、輸入品が殆どなのだ。
「これは王家にとっても、重要な縁談なんだ。ユーエンでなく、私かマシューではどうかと打診してみたが、けんもほろろで断られてしまった」
マクシミリアン王子が自分から?
でもこの王子達を袖に振るなんて、向こうの姫も相当の頑固者なのだろう。
「もし、あなたが指名されたら、婿入りするつもりだったのですか?」
「……私達は王家の人間だ。政略結婚は本来なら当たり前のことだ」
マクシミリアン王子もマシュー王子も、二人ともに頷いた。
私の結婚が決まった以上、彼らも再び政治外交の駒にされてしまうのだろう。恋愛結婚など許される筈もなく。
「それより先方から、内々にユーエンにアストリア国王の即位二十周年を祝う式典の招待状が届いてる」
むむ、あざとい。
表向きに見合いだと言わないところがずるいな。
「それで訪問したら最後、二度と国に帰れないという筋書きですか?」
「まあ、そういうことだろうなぁ」
マシュー王子が、欠伸をしながら言う。
「ユーエンが次期大公ということで、ご指名なんだ。叔父上もあちらに滞在中だしね」
「断れませんか?」
ユーエンがマクシミリアン王子に、ズバリ聞いた。
王子は少し苦笑いで答える。
「断ったら、経済制裁止むなしだ。お前も王族の一員の自覚があるなら、よく考えてくれ」
「分かりました。でも彼女は連れて行きます」
「ええっ!?」
そもそも私は、国外へ出ることは禁止されているのでは?
「連れて行って、相手の姫にジーンを見せびらかすのか?」
兄上の厳しい声が飛んで、私は俯いた。
彼の恋人とされる私がのこのこ付いていったりしたら、きっと先方は良くは思わないだろう。酷ければ、何か危害を加えられる可能性もある。
「ジーンに辛い思いをさせるなら、僕は許さないぞ」
「まあ待て、何も表立って連れて行く必要はないだろう?」
マクシミリアン王子には何か考えがあるようだった。
「お前は彼女と離れたくない。だが、連れて行くには危険過ぎるし、かといって置いて行くことも出来ない。だったら方法は一つしかない」
王子は、私の顔を見てはっきり言った。
「ジーンは男として同行するんだ」
「へ?」
「つまり、護衛の聖騎士としてユーエンに同行するんだ」
聖騎士として、彼に同行する?
それはいい考えかもしれない。
「だが、実際に守るのはもちろんお前だ。何が起きても彼女は守れ」
「もちろんです」
それから話は早かった。即位の式典の日取りは三日後で、準備は急を要した。
明日にでも出発してアストリア入りし、大公殿下ともよく話し合い、何とか滞在中に穏便に縁談を断る方へ話を持っていく。
これはかなり難易度の高いミッションだった。
まさかこんな展開になるだなんて、思いもしなかった。
翌日、朝食を済ませた私は、久しぶりに男物の服に袖を通した。髪は簡単に後ろで一つに括ってしまった。
「ジーンの男装、久々に見た。さすがに似合うね」
「大丈夫かな? バレないかな?」
アレックスは半分呆れた顔をした。
「何年男の子やってきたと思ってるの? 確かに最近はすっかり女の子らしくなっちゃったけどさ。大丈夫? 色ボケしてんの?」
色ボケ!?
アレックスがこんなに辛辣なことを言うなんて。
「……ユーエンにすっかり女にされちゃったんだね」
私は真っ赤になってただ俯く。
そこにすっかり準備を済ませたユーエンが現れた。
「彼女をからかうのは、そこまでにしなさい」
「別にからかってないよ。本当のことだし」
アレックスは席を立って、振り返りながら言った。
「もし縁談がうまく断れなくて、ジーンを捨てることにでもなったら絶対に許さないから」
「結婚はジーンとします」
「だったら、アストリアの王女に分からせてやれよ。どれだけジーンを愛してるかをさ」
アレックスはそのまま部屋に帰ってしまった。見送りに来てはくれないらしい。
「では、行きましょうか」
私達はそのまま馬車に乗り込んで、駅まで向かった。
「アストリアの王女は、ちょっと変わってる娘らしいです」
「ちょっと変わってる?」
「ご自分で本を書かれるとか」
へぇー。文学少女なのかな?
「あなたは会ったことがあるんだよね?」
「ええ、挨拶だけでしたが」
具体的にどんな人なのか教えてくれないので、私にはこれ以上何も言えなかった。
一昨日列車に乗ったばかりで、また今日も乗るなんて。しかも国外に行くだなんて久し振りだ。
アストリアには小さい頃に家族で旅行で行ったきりだ。
しかも今回はユーエンと二人だけ。
いくつか列車を乗り継いで、ようやく国境を越えてアストリア国内に入った時は、陽が落ちかけていた。
そろそろアストリアの王都に着く頃合いになり、私達は列車を降りる準備を始めた。
余暇を潰す為に、読んでいた本をトランクケースに閉まって、私は身支度を整えた。
「駅まで迎えが来るそうです」
ホームに降りて、人混みを縫って私達は改札を抜けた。
すぐさま目の前に黒塗りの高級車が横付けになっていて、運転手らしき人が私達に向かって深くお辞儀をした。
「ユーエン様とお連れ様ですね。お迎えに上がりました」
「ありがとう」
まさに国賓級の待遇だった。
アストリアのお城は、いわゆる中世ファンタジーや夢の国に出てくるような居住性や見た目を重視した典型的なお城で、私達の国の王城とは見た目からして違う。私達の国の城は高い城壁に囲まれて、まさに城塞といった造りなのだ。
この差は大国ゆえの余裕なのか。
それだけじゃないのかもしれない。
王都の街並みも、あらゆる建物が鮮やかなオレンジ色の屋根で統一されていて、美しかった。
お城はそんな美しい街並みを見下ろすように、丘の上に建っていた。
景観もまさに素晴らしい。観光で来るのだったら、これ程魅力的な街もないだろう。
こんなに胸の踊らない旅行ってあるのだろうか。
大好きな人と二人旅だというのに、恋人だと公表も出来ないなんて。
それにしても、こんな国の王女の婿に望まれるなんて、どんだけなんだろう?
車は、跳ね橋を渡って正門を抜けた。
アストリア城内に入ったからか、彼の表情はいつものポーカーフェイスで、今の胸中を窺い知ることは出来なかった。
「遠いところをわざわざ御足労頂き、ありがとうございます」
車から降り立った私達に出迎えて頭を下げたのは、この国の宰相を務めるという若い青年だった。さらさらの白金のストレートの長い髪を垂らしていて、どっからどう見ても文句なしの長身のイケメンだ。
アレックスが見たら、こいつも攻略対象だって叫びそうだな。
「ようこそ、アストリアへ。歓迎致します」
さあ、ミッション開始だ。
私は心の中で密かに意気込んだ。といっても、今の私はただ彼の傍にいることくらいしか出来ないけれど。




