11 遂に解かれた呪い
「アイツが魔女だなんて、到底信じ難い」
ラファエルの言うことは尤もだった。
アレックスは私と同じく転生者で、この世界をゲームとしてプレイしていた同志だったのに。
「彼は私と同じ異世界からの転生者だったんです。別の世界でこの世界をゲームとして体験したことがあるんです」
私の告白に、ラファエルは目を見開いた。
そういえば、結局彼以外とは転生の話はしたことがなかった。
「そんなことは初耳だ」
「異世界でプレイしたゲームの世界に転生したと?」
カイン様はさして驚く風でもなく、私の顔を見た。
そもそもこの世界の人にゲームもいう概念が通じるのかどうかも分からない。
「なかなか興味深いが、おそらく奴は前世にあたる頃から、お前に執着していた可能性が高いな」
では、あの朧げな記憶の世界のどこかで、彼と顔見知りだったと? でも私、ゲームの内容こそ割と覚えているんだけど、それ以外は夢の中で見たことのように、まるでよく思い出せない。
「あの、ちょっと待って下さい。彼は初代である王女が好きで、ずっと転生を繰り返してるってことですよね?」
「この際、時間は関係ない。お前達の前世は、この世界とは別の時間軸に存在している。この世界の千年前でも、お前の元いた世界での千年前という訳はない」
私の頭では一気には理解が出来ない。
困った私は隣のラファエルの顔を見る。
「……同じ世界の前世を共有している時点で、お前が王女で奴が魔女なのは間違いなさそうだな」
「私が王女の生まれ変わりと言われても、ピンときません」
そんな前前前世? の記憶なんかもちろんない。前世の記憶も朧げなのに。
「彼女の魂の記憶の中に王女がいるのは間違いない。だが、魂は時を経るごとに切れ切れになっているかもしれない。他にこの娘と同じ顔をした人物はいないか?」
「……彼女の兄、いや、従兄弟がそっくりだが?」
「では、その者も王女の魂の一部を持った転生者だろう。魔女との交渉の際には連れてくるといい」
あ、兄上も!? 兄上は男なんだけど?
そう思っている私の顔を見て、カイン様が少し笑いながら言う。
「不思議そうな顔をしているな? 前世が女だからって、今生の性別が同じとは限らないぞ?」
そして、とうとうカイン様と彼──アレックスを引き合わせることになり、急遽呼び出された兄上と大公家の居間で対峙することになった。マクシミリアン王子も、公務そっちのけで駆け付けた。国の一大事には違いなかったから。
「えっ? ちょっと何を言ってるか分からないんだけど……」
戸惑うのも無理はない。
私だって、初代である王女の転生者だと言われても到底信じられない。
しかも兄上もだなんて。魂だけの話なら、私達は同一人物ってことになってしまう。
「僕がこの国に繁栄の呪いをかけた張本人だって? 冗談でしょ?」
「正確には、お前の前世を遡れば魔女であるということだ。お前が望むなら、私が解呪後に再び記憶を封じてやってもいい」
カイン様がそう言うと、アレックスは押し黙った。
「僕とジーンの魂が同一だなんて。そんな話信じられるか」
兄上も相当ショックなようだった。
「そんなことを言ったら、僕の母上だって同じ顔だ。……ああ、くそっ、そういうことか」
兄上の母上は私が生まれる前にとうに亡くなっている。つまりはそういうこと?
「魂が同一でも、お前達の性格はそれぞれ違っているだろう? あくまで遡れば同一の前世を持つ程度の認識で良かろう」
うーん、つまりは遠い前世は同じかもしれないけれど、今は別の人間? て認識でいいのかな?
私と兄上は性格だって全然違うし、そもそも頭の出来だって何もかも違う。似ているのは本当に顔だけだ。
「仮に僕が本当にその魔女とやらなら、ジーンを理不尽な運命から救えるってことだよね?」
アレックスの表情は強張ってはいるが、明るくもあった。
私を救いたいという気持ちが痛いほど分かる。
「無論。だが、魔女の人格は今のお前とは別のものだ。お前自身を失う可能性もある。魔女は自己中心的で危険な存在だ。王女を強引に自分の物にする為に、手段を問わないかもしれない」
私や兄上がもはや別の人間だというように。アレックスも?
それでも彼は覚悟を決めたようだ。もし記憶を取り戻したら、彼は今の彼でなくなってしまうかもしれない。
「……分かった。やってよ」
「アレックス!!」
私の声にアレックスはこちらを振り向く。
「……ジーン」
彼は小さく頷いた。今にも泣きそうな顔で。
私は涙が溢れて止まらない。
「きっと大丈夫だ」
ラファエルが私の肩をそっと引き寄せた。
後はもう上手くいくことを願うしかない。
カイン様が、アレックスの額に手を当てて長い呪文を唱え始めた。
呪文を唱え終えると、アレックスは意識を失って後ろに倒れ込んだ。すかさずそれをカイン様が支えて、ソファに横にした。
その場にいた全員でアレックスの様子をただ見守った。
目覚めた時、一体彼は何と言うだろう?
「うう」
瞼がピクリと動いて、ゆっくり目を開けた彼にカイン様が問い掛けた。
「お前は何者だ?」
「……超頭痛い。水飲みたい」
え? ひょっとしてアレックスのまま?
カイン様は魔女になっているかどうか確認もせずに、矢継ぎ早に質問した。
「お前がかけた繁栄の呪いを解きたい。可能か?」
ソファに身を起こしたアレックスは、気怠げにカイン様を見つめた。
「……出来るよ、たぶん」
「!!!!」
やっぱり今はもう魔女なの?
「めちゃくちゃ気分悪いね。自分の中に自分でない自分がいるような。でも色々分かるんだ。僕はずっと君を──」
アレックスは私をじっと見つめ、それから否応なしに兄上にも視線を移す。
「……うへぇ、お兄さんもか。気持ち悪っ」
アレックスは吐き気を催したようで、慌てて席を外してしまった。ユーエンが一礼し、その後を追って部屋を出て行く。
取り残された私達は、何となく兄上を責めるように見つめてしまった。
「いや、別に僕は何も悪くないだろ!?」
「そりゃあ、前世の想い人が男になってたらショックも受ける」
マクシミリアン王子の呟きに、兄上が反論した。
「あいつは元々魔女なんだろ? 魔女は女じゃなかったのか!」
「魔女は便宜上の呼び名だ。一族の者全て魔女と呼ばれる。男でも女でも魔女は魔女だ」
そう言うカイン様に、兄上はまだ納得がいかない様子で突っかかった。
「なぜもっと早くに、この呪いを解こうとしなかった?」
──そうだ。今までだって何度もチャンスはあった筈なのに。
「クロエが初めて運命に抗った。だが彼女は転生者ではなかった。私はあくまで傍観者で、本来は進んでこの問題に介入することはしない。今回はたまたま息子にどうしてもと請われたからな」
カイン様にとっては、本当はこの国がどうなろうがきっと知ったことではないんだ。
それでも今回は手を貸してくれている。それだけでもありがたいとことなのかもしれない。
しばらくしてユーエンに伴われて戻って来たアレックスは、その頃にはだいぶ落ち着いていて、ポツポツと自分の状況を話し始めた。
「とりあえず、僕は僕だ。自分の中に魔女がいることは感じるし、力の振るい方も手に取るように分かる。呪いは解けるよ」
アレックスは青い顔をして、自分で自分を抱き締めるようにした。
「ただ力を振るったら魔女の記憶に侵食されて、僕は僕でなくなってしまうかもしれない。魔女になってしまったら、ジーンに何をするか分からない。ひょっとしたら殺してしまうかも」
私を殺す? まさか、そんな──。
「おい、僕のことはどうするんだ?」
兄上は眉を顰めた。
「そんなことになったら、きっと止められる人間はカインだけだ。あ、カインは厳密に言うと人間じゃないけど」
口を挟んだ兄上を完全にスルーしながら、アレックスは言う。
「止めてくれるか?」
ラファエルがカイン様にそれとなしに確認を取った。
カイン様は腕組みをしたまま、あっさりと了承した。
「──望めば記憶を封じると先程言っただろう? 既に乗りかかった船だ。それくらいは構わない」
その返事を聞いて、アレックスは小さく息を吐いて呼吸を整えた。その場の全員の顔を見回してから言った。
「なら、呪いを解くよ? ただ、この呪いによってもたらされた効果は瞬く間に消える。いいね?」
彼は両手を一度、胸の前で合わせると何か小さく呟いた。
たったそれだけのことで、目の前が暗転した。
一瞬意識を失ったのか、気付いた時には私はその場に倒れ込んでいた。
ラファエルに抱き起こされ、辺りを確認すると兄上も同じように倒れ込んでいた。それを介抱するマクシミリアン王子の姿。
アレックスはというと、カイン様に抱きかかえられて意識を失っているように見えた。
「どうなったの!?」
私の問いに、アレックスを抱いたままのカイン様が淡々と答える。
「呪いは解かれ、お前達は呪われた輪廻から既に解き放たれた。聖乙女などという人柱はもう存在しない」
いつもどうもです!
こそっと更新しときます。明日も更新予定です!




