10 占い師の告白
私達は家の前で否応無しに立ち止まる。
家の軒先に黒ずくめの背の高い男がそこに佇んでいた。
一体誰だろう?
「ようやく現れたか、カイン」
ラファエルが小さく呟いた。
こちらに気付いた様子で、カインと呼ばれた男が振り返った。
「お前が私に会いたいなどと、初めてではなかったか」
黒ずくめの男、カインはフードを脱いでその全貌を露わにした。
艶やかな長い黒髪に虹色の双眸。まるで女性のような整った綺麗な顔。ていうか、この顔立ちは……!!
私は隣のラファエルを見た。 ……まさかラファエルの?
聞くまでもない。二人はこんなに似ているのだから。
ではこの方が吸血鬼の王だと呼ばれる方なのだ。
私は何となく口を出しそびれて、ただ黙って見ている他ない。
「……御託はいい。質問の答えは?」
「遥か昔に、時の国王に神との契約を手引きした占い師を知らぬかと、そんな所だったか?」
あの日記に書かれていた占い師のこと!?
そうか! その占い師のことが分かれば、神との契約の詳細が分かるかもしれない。
でも、普通はそんな大昔の占い師が生きている筈がない。
「さっさと答えろよ」
ラファエルが答えを急く。カイン様は溜め息をついた。
「その占い師とは私のことだ」
「!!」
神との契約を手引きした張本人が目の前に!?
でも、だったらなぜクロエ様はそのことを知らないの?
「単刀直入に訊く。契約は破棄が可能か?」
カイン様は私を一瞥しながら答えた。
「この娘ならあるいは」
「クロエには不可能だったのに?」
「そうだ」
ラファエルは私を振り返った。
「黄金の髪に青い瞳、そしてその顔立ち。かつての贄の王女にそっくりだ。その娘なら奴も不満はなかろう」
「奴?」
「お前達が神と呼ぶ者だよ」
カイン様は少し笑った。その笑い方すら、ラファエルに似ている。
「まあ、前提からして間違っている。お前達は奴を神だなどと崇めているがそんな大層なもんじゃない」
その話を聞いて、ラファエルが言う。
「まあ、何となく予想は付いてた。本当に神なら、もっと上手い具合にやる筈だ。だが、聖乙女の契約はどうにも詰めが甘い。不完全過ぎるんだ」
稀にしか生まれない聖属性魔法の使える女子のみにその資格が有され、不安定な継承でその地位をかろうじて繋いできた。
そして神から授けられたという魔力は本人の手には余り、寿命を削るというあまりにも理不尽な力。
そして何よりもその力を有する者は、遠からず初代聖乙女の血を引く者に限られるという。
契約した相手はもしかして神ではない?
カイン様は思わせぶりな笑みを浮かべて黙ったまま、私達を興味深そうに眺めていた。
「これはひょっとして、一種の呪いじゃないのか? 呪いだから、同じ血脈の者にしか力が発現せず、そして子供を産まなければ寿命を削られる。……いや、早くに子供を残させることで呪いを遺伝、確実に継承させているんだ。違うか?」
ラファエルの推測は、驚くべきものだった。
呪いを遺伝させる為だなんて、まさかそんな!?
「お前の言う通り、まさにこれは呪い。この国にかけられているのは繁栄の呪いという。だから聖乙女だなんて呼称は本当は相応しくはないな。まさに人柱、呪いを繋いでいく為だけの贄だ」
呪いを繋ぐ為だけの贄? 自分がそんな存在だったと聞かされて私は震えた。
「呪いを掛けたのは、私と同じく異界から来た者だ。私達はあらゆる魔術や呪いに精通している。預言者、魔術師、占い師など様々な呼び名はあるが、あれは魔女と呼ぶのが一番正しいのだろう」
魔女? 神は本当は魔女だったの!?
「おとぎ話には魔女がつきものだ。ここはある意味おとぎ話の世界。あらゆる魔法を使える者は魔女しかあり得ない。ここでは便宜上魔女と呼ぶが、それはあくまで一族の名称であって、男も女もいる。あぁ、そもそも奴に性別は関係ないからな」
つまり、性別を自在に変えられるってことかな?
「なぜ魔女はそんな呪いをかけた?」
ラファエルの率直な問いに、カイン様が答える。
「理由は完全明白。愛憎と呼ぶのが正しいか」
カイン様は遠い昔の話を、まるでおとぎ話をするかのように淡々と話し始めた。
「遥か昔のことだ。この国の王女の美しさに魅了された魔女は、彼女を自分のものにしようと望んだがあっさりと拒否されてしまった。逆上した奴は、この国に天変地異を引き起こし、わざと神を騙る自分と契約するように仕向けた。奴を信じて本当は魔女とも知らず契約してしまった時の国王は、求められるままに自分の娘である王女を贄として差し出したんだ。それで奴は王女に子々孫々まで続く呪いをかけた。自分を拒絶した彼女を苦しめる為に」
「解せないな。そんな回りくどい方法を取るなんて」
「魔女は王女を憎んでいたが、それ以上に愛してもいた。何より彼女のその心が欲しかったんだ。それで自ら同じ輪廻の流れに乗った。いつか生まれ変わった彼女の傍に転生出来るように」
「だが、聖乙女が聖殿に入れば確かに国土は恩恵を受ける。それも呪いの一環なのか? どう説明する?」
「それは、まあ奴のちょっとした遊び心だな。何か目に見える恩恵がないとそもそも契約など結ばないからな。時の国王と王女は、契約相手が魔女だとは知らなかった。あくまで神だと信じ込んでいた」
相手が神だと偽って、魔女と契約させただなんて。酷い。
ラファエルは父君に向かって小さく呟く。
「お前も一枚噛んでた癖に」
カイン様はふふっと少し笑いながら言う。
「お前達が望むなら、今一度手引きしてやっても良い」
「会えるのか?」
「奴は輪廻の中に身を委ね、今は人として生きている。まだ己の本性が魔女だと知らずにいるだろう」
な、何だって!?
「人として? しかも自分が魔女だと知らずに生きているのか?」
カイン様は黙ったまま頷いた。
「奴は王女の面影をずっと追っている。必ず王女の顔をした者の近くに転生している筈だ」
私の近くに!? 私の知ってる人物だろうか?
「つまり、顔見知りってことですか?」
「おそらくは」
この国に繁栄をもたらす筈の存在が、そもそも呪われていただなんて……。
「では契約を破棄、つまり魔女の呪いを解くには、ああ……嫌な予感しかしねぇ」
察しのいいラファエルは、深い溜め息をついた。
元々魔女が王女に恋慕したことが全ての発端だとしたら、どうすればいいかは答えは簡単過ぎる。
クロエ様ではダメで、私では可能、つまりそういうことなのだ。
「手っ取り早くはそうだが、奴は意外と話の分かる性分だ。まあ、交渉してみる余地はある。私がその者に会えば魔女としての記憶を取り戻させることが可能だ」
「答えろ、魔女とは一体誰なんだ?」
ラファエルが珍しく苛立った様子で、カイン様に詰め寄った。
カイン様は全く動じずに衝撃の事実を私達に告げる。
「魔女はいつの時代も銀色の髪に紅い瞳をしている。心当たりはあるか?」
それを聞いて、私は凍りついた。
心当たりも何も、私の知る人物の中で該当する人物は一人しかいない。
「……まさか、アイツが?」
掠れた声でラファエルが呟いた。
私は茫然自失して、その呟きをどこか遠くで聞いているような気がした。まさに自分の所在さえ失ってしまうような、異様な感覚に陥ってしまったのだった。




