08 心と想いが通じ合って
ラファエルは私を抱き寄せて、首筋に視線を落とし狙いを定めた。
私はぎゅっと目を瞑り、痛みに耐えようとした。
「痛くしないで」
でも、次の拍子にされたのは普通に唇へのキスだった。
「!!」
「いや、久し振りだから」
赤い目のままラファエルが少し笑う。
私は何だか堪らなくなって、彼の首に腕を回して抱き付いた。
「お前から、抱き付いてくるなんて意外だな」
少し驚いたように掠れた声でラファエルが言う。
私を宥めるように、優しく頭を抱いて抱擁に応えた。
「子供まで作っといて、何言ってんの?」
私達は成り行きで関係を持ってしまって、恋人と呼ぶには難しい間柄だった。少なくともあの時の私の気持ちは彼にあった訳じゃない。でも今は違う。
ぎゅっと強く抱き締め返されて、彼の気持ちを嫌でも思い知
る。
──ちゃんと愛されてる。それだけははっきり分かった。
「……お前とお腹の子は何があっても守るから」
「もう勝手にいなくならないで」
「傍にいるよ」
その瞬間に首筋を噛み付かれた。少しの痛みの後に痺れるような陶酔感に包まれた。
痛いというより気持ちいいくらいで、気がふっと遠くなって意識を手放してしまった。
私はすっかり気を失ってしまったようで、目覚めた時にはラファエルが傍で本を読んでいた。彼が傍にいることにただ安堵する。
「……目が覚めたか。加減が分からずちょっと吸い過ぎたみたいだ。悪かった」
私は体を起こそうとするけど、眩暈がして簡単には起きられなかった。目を閉じていても何だかふわふわして妙に心地いい。
ラファエルが体を支えてくれたので、体を預ける。
「吸血鬼に吸血されると軽く酒に酔ったような状態になる。麻薬のような物質が吸血鬼の唾液に含まれるんだ」
それでこんなにふわふわしてるんだ。前にあの少年に血を吸われた時もこんな感じだった。
「血って美味しいの?」
「少なくともお前の血は甘い」
ラファエルの胸にもたれるようにして彼の顔を見る。あれ?
「クマがなくなってる!!」
「ん?」
ラファエルの青白い顔色には血の気が戻り、目元のクマがすっきり消えてなくなっていた。
「お前の血を吸ったからだろうな。俺は血を吸わなくても別に平気だけど、どうやら吸った方が体調は良くなるみたいだ」
こんな顔色の良い彼を見たのは初めてだった。いつもは今にも倒れそうな顔色だから。
「いや、いいってもんじゃないな。まるで体中の力がみなぎるみたいだ」
だったら定期的に、いっそ血を吸わせた方がいいのかなぁ?
「そういえば、クロエ様は血を貰ってるって」
「あいつの場合は直接吸ってるんじゃない。確か複数の人間から注射かなんかで血を抜いて貰ってる筈だ」
そうなんだ。じゃあ、直接吸わなくても平気ってことなのかな?
「でも、俺は吸うなら直接の方がいい」
「えっ?」
「お前が俺のものだって気が凄いするから」
なっ、何言い出すのコイツ!!
私は耳まで真っ赤になるのを感じた。
「初めてお前を見た時に、お前が欲しいって思った」
「図書館で初めて会った時?」
「まさか一目惚れだって言うの?」
「んー、どうだろ?」
それを一目惚れって言うんだ!!
私達、何だか順序がめちゃくちゃでおかしなことになってたけど、ここにきてようやく心が通じ合った気がした。
「今夜、あのガキとケリをつける」
「勝てるの?」
「余裕」
彼の話では、あの少年以外は何とか倒したらしい。
あの子さえどうにかすれば、家に帰れるの? あ、もう家なかったんだっけ?
「そういえば、家はどうするの?」
家に来ると、兄上に嫌がらせされそうだし。
どこか新たに借りるかしなきゃダメかなぁ?
「あれは社宅なんだ。だから別に」
「えっ、あれ社宅なの?」
さすがは王立図書館の司書。
「本当はルームシェア用の家なんだ。誰も俺と一緒に住みたがらないんで、たまたま一人だったんだけど」
そんなことだろうと思った。
それなら新しく部屋は借りればいいけれど、せっかく揃えた家具とかも全部ダメになっちゃったな。
「……住む所はどうにかするから、心配するな」
ラファエルがそう言うので任せることにした。
「ちゃんと生活必需品くらい揃えてね」
「分かったよ」
そう言うと、ラファエルは私にキスをした。
想いが通じ合って、初めてするキスは長過ぎた。
「ぷはっ!!」
ようやく唇を離して、私は大きく息をついた。
「いつまでするの? 息が出来ない」
「……息くらいすればいいだろ? 面白い奴だな」
まあ、そうなんだけど。何だか慣れなくて。……つい何となくしそびれた。
「じゃあ、もう一回するか?」
「もう!!」
ラファエルはそれはそれは晴れやかに笑った。その目を細めた笑顔が可愛いこと。やっぱりこいつって、女の子より綺麗な顔をしてるんだよね。私よりも可愛い顔をしているなんて、ちょっと女として自信を失う。
女の子だったら、かなりの美少女だったろうに。あ、美少女って年でもないのか。
でもあの襲撃の晩の彼はまるで別人だった。あれは言うなればしなやかな獣だ。
それにしても半吸血鬼ですらなかっただなんて。かと言って完全な吸血鬼とも言えない。
私達は今後のことを少し話し合った。
とりあえず住む所を決めて、それから子供の名前とか、育て方とか。
「男の子かな? 女の子かな?」
「どっちだって可愛いに決まってる」
そりゃあ、ラファエルに似たらきっと可愛い顔だろうな。
彼は何だかんだで子供が出来たことを喜んでいるようだった。
そしてまだ大きくもないお腹に手を当てて、優しく声を掛けた。
「おい、ママを頼むな」
「あんたって子供好きだったの?」
そう訊くと、ラファエルはううんと首を振った。
「……いやどちらかというと苦手だけど? でも自分の子はやっぱり別かもな」
そう言いながら、欠伸をして大きく伸びをした。
相変わらず、マイペースな所は変わってない。
「ここで待ってるから、絶対無事に戻って来て」
「そう心配するな。俺は結構強いから、たぶん負けない」
……たぶんなんだ。でもそこがコイツらしい。
私に出来ることは、無事に帰ることを祈ることだけだった。




