07 思わぬ場所での再会
「ラファエルが見つかったと? それで無事なのですか?」
マクシミリアン王子が驚きながらクロエ様に聞き返す。
私はただ訊くのが怖くて兄上の手をぎゅっと握っていた。
「無事だ。今、アイツは追われていて身を隠してる」
追われてる?
「どうやら既に何人か倒したようだな。アイツは身を隠しながら、追っ手を一人ずつ誘き寄せては返り討ちにしてるみたいだ。連絡がないのは、まあアイツのことだし、こちらに敵の興味を向かせない為だろうな」
「吸血鬼を倒せるだなんて、アイツは何なんだ?」
兄上がちょっと呆れながら呟いた。
あの日、あの少年と対峙していた彼は、とても人とは……。
あの綺麗な虹色の瞳の色が、血の色に赤く染まっていた。
「クロエ様、吸血鬼って普段は人と見分けが付かないんですよね?」
「見た目だけならな。だが奴らは血を求めるから、必ずどこかで人を襲う。私のように人の支援者に血を提供してもらい、大人しく潜伏している者も少なからずいるだろうが、王都に今いる奴らはそんな殊勝な奴らではないだろう」
ラファエルは無事なんだ。私は思わず安堵で胸を撫で下ろした。それが分かっただけでも一つ前進だろう。この一ヶ月、人が襲われる事件は相変わらず発生しているが、人が死ぬ大事には至っていない。きっとラファエルが関与しているに違いない。
「アイツが一人で滅しているのか。詳しくは分からない。だが、アイツはおそらくハンターを気取ってるんだろう」
マクシミリアン王子が首を傾げつつ尋ねた。
「ハンター?」
「いわゆる吸血鬼ハンターだ。吸血鬼の血を引くからこそ、奴らの気配が読めて戦える」
吸血鬼は最上位の魔物だ。身体能力も人のそれを軽く凌駕していた。そんな吸血鬼とやり合うなんて常人には無理だ。
ラファエル、本当に一人で大丈夫なのだろうか?
「心配しなくても、アイツはお前の元に必ず戻るだろう」
クロエ様はそう言うだけで、実際にラファエルがどこにいるかまでは教えてはくれなかった。
翌日、私は兄上に付き添われて王立図書館に来ていた。
気分転換になるならと、兄上が連れてきてくれたのだ。
ラファエルはずっと無断欠勤を続けていて、王立図書館にもその姿を見せてはいない。
「殿下の計らいでさすがにクビにはならんそうだが、戻って来ても仕事はやりにくいだろうな」
「大丈夫だよ兄上。ラファエルは周りの人のことなんか全然気にしないから」
「……確かにそうだな」
そう彼は全然気にしない。ひょっとすると、私にこんなに心配させてることすら気にしてないのかもしれない。
私達は本を読むでなく、ただ図書館の中をブラブラしていた。
あまり人のいない地下のエリアに降りて、私はあることに気付く。以前入ったあの部屋には、今にも生活出来そうな物が色々揃っていた。
「兄上、あの部屋に行こう」
「え?」
私は思い立って、足早にあの部屋を目指した。王族しか入ることを許されない初代聖乙女の部屋。
私はかつてマクシミリアン王子がしていたように紋様のドアに触れてみる。
案の定、その封印は難なく解けた。
やっぱり私でもいける。
「兄上も入れるでしょ? 私と同じ血を引いてるんだから」
以前は王子に嫌がらせされて、締め出されてしまったのだけど、よくよく考えれば兄上だって初代の血を、王族の血を引いてるんだから入れて当たり前だ。
思った通り、難なく兄上も通ることが出来た。案の定締め出されることもなく、あまりにもあっさり。
「何だか拍子抜けするな」
暗がりがぱっと開けて、私達は異様な光景を目の当たりにした。様々な物が散乱した部屋、そして鼻をつく濃い血の匂い。
途端に警戒した兄上が、私を背中に庇う。
「お前は動くな。ここにいろ」
すぐ逃げれるようにドアの前に立たせて、兄上は奥の寝室に向かった。私はただそわそわしながら、ここで待つしかない。
「兄上、平気?」
少しの沈黙の後、兄上の私を呼ぶ声が。
「ジーン、こっちへ来てみろ」
兄上の声からは全く緊張感が感じられなかった。
私は少しドキドキしながら寝室に向かう。
「!!」
目の前のベッドに傷だらけの上半身裸で横たわるのは、どう見てもラファエルだった。
「ラファエルがどうしてここに?」
その顔色は血の気がなく、いつにも増して青白かった。
まるで死んでるようにピクリとも動かない。
「疲れて眠ってるだけだ。心配はないだろう」
兄上がそう言うので顔を近付けてみると、規則正しい寝息を立てていた。
「へえ、考えたな。ここなら吸血鬼の奴らも入れない」
ラファエルだって聖乙女の血を引いてるんだから、ここに入れるに決まってた。灯台下暗しとはこのことか。
部屋の中を見回すと、どうやら彼はここにしばらく潜伏しているようだった。血の匂いの元はバスルームで脱ぎ捨てられたシャツに付着した血だと知れた。ラファエル自身の血なのか、返り血なのかはよく分からない。
「傷だらけだが殆ど治ってるな。僕は先に帰るから、帰る時は連絡しろ」
そう言って兄上は部屋を出て行ってしまった。
気を利かせてくれたんだと分かる。
私はバスルームに脱ぎ捨てられていた血に染まったシャツをよくよく調べた。シャツは鋭い爪か何かで引き裂かれていて、ラファエル本人の血も付着しているようだけど、どうも殆どが返り血のようだった。これはもうさすがに着れないなぁ。
他にも脱ぎ捨ててあった破れていないシャツに浄化魔法を施し簡易的に洗濯して、散らかった部屋を綺麗に掃除した。
この部屋はどういう原理なのかは分からないけれど、外にも繋がっているようだ。元々この土地が王城の一部だったらしいけど、この部屋自体に何か複雑な魔法がかかっているのは間違いない。
ラファエルは起きる様子はない。おそらく吸血鬼達が活動する夜に動いているんだろう。
「何にも連絡してくれないから、凄く心配した」
私は眠ってるラファエルの傍で、一方的に話し掛けた。
愚痴の一つでも言ってやらないと気が済まなかったし。
酷い傷がいくつもあったけれど、よくよく見るとその大部分は塞がっていた。人ではあり得ない回復力だ。
「酷いよ。私を一人にしてさ」
この一ヶ月、本当に不安で堪らなかった。あんな風に別れて、それきり連絡すらよこさずに姿をくらまして。
「私、子供出来たよ」
「……本当に?」
「!!」
ラファエルは目を閉じたまま、確かに聞き返した。
「起きたの?」
「まだ寝てる」
「……いや、起きてるじゃん」
ラファエルは苦笑いしながら、体を起こした。
せっかく私が食べさせて、少し顔色も良くなってきてたのに、以前よりまた痩せていた。痩せたというか、やつれたというか。
「よくここが分かったな」
「何となくピンときた」
ラファエルは私の頬に手を当てて、優しく微笑んだ。
相変わらず顔色が悪くて、目の下にクマがくっきりだけど。
「これは俺の問題だから、お前を巻き込みたくなかった。俺はどうもイレギュラーらしくて、吸血鬼どもから脅威とみなされたんだな。このままずっとほっといて欲しかったのに」
「吸血鬼を返り討ちにしてるって本当?」
ラファエルは目を見開いた。
「何でお前が知っている? クロエか?」
私は頷いた。クロエ様から、大体の事情を聞いて知っていることも話した。
「王都に乗りこんできた吸血鬼どもはそう多くはないが、奴らは徒党を組んでる。さすがに一人では分が悪いので、誘き寄せては各個撃破するしかなくて」
「大丈夫なの?」
「今のところはな。それより昨夜、最初にお前を襲ったガキを取り逃がした。あいつは王より直接吸血鬼に変えられた吸血鬼で、他の奴より力が強い。あいつはまだお前を狙ってくるはずだ」
「あの私を襲った子?」
そこでラファエルは顔色を変えた。
非常に厳しい顔をして、私に告げた。
「血の契約の上書きをする」
「上書きって、まさか?」
つまり、血を吸う?
「お前があいつに出くわして、血を与えられて殺されでもしたらお前は瞬く間に永遠にあいつの支配下だ。だが、俺が血を吸っておけばそうはならない」
「吸えるの? 吸わないって言ってたのに」
「俺はどうやら、半吸血鬼ではないらしい」
そう言うと、ラファエルの瞳の色が変わり赤くなった。
そして、口を開けて伸びた犬歯を見せられた。
「牙が生えてる!!」
「まあ俺は昼間も外を出歩けるし、血を吸わなくても普通の食事で生きていけるから特殊なケースなんだろうな。あの晩、覚醒してようやく本当の自分に気付いた」
「あの晩に初めて覚醒したの?」
「お前が襲われてるのを見たら、自然と体が変化していた」
あれはとても半吸血鬼とは言えない。吸血鬼と全く遜色ない動きだった。むしろ、ラファエルの方が圧倒していたような?
そうなると私にも心配事が増える。
「お腹の子はどうなるの? そうなるときっと普通じゃないよね?」
「……それなんだよなぁ。生まれてみないと分からないが、俺と同じようになるかもしれない」
うーん、どうなんだろう? でも子供まで吸血鬼達に狙われたら? 私じゃ奴らに太刀打ち出来ない。
ラファエルは私の目を見つめて、きっぱり言った。
「とにかくお前の血を吸う」
「う、うん」
いつもありがとうございます!
今回も二話更新してます。
伏線回収? が途中でまだなかなか終わりません!!
もう3、4話続くかもしれません。
マクシミリアン編とラファエル編が残り一話になったら、他のもおいおい載せていきたいと思います。
次回もよろしくお願いします。




