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元悪役令嬢と婚約破棄してなぜかヒロインやらされてます。  作者: 上川ななな
勢いだけでこうなったけどあながち悪くもない
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06 消えてしまった彼

 意識を取り戻した私が見たのは、心配そうに顔を覗き込むアレックスだった。


「ああ、気が付いた?」


「ラファエルは?」

 

 慌てて体を起こそうとするけど、何だか激しい眩暈がした。

 アレックスが慌てて私をベッドに押し付けた。


「ダメだよ、まだ寝てなきゃ」


「ラファエルは? どうなったの?」


 アレックスは首を横に振った。


「いや、僕には全然状況が分からない。ユーエンに様子を見に行かせたけど、一体何があったの?」


 ユーエンが家に行った?

 大丈夫なのだろうか? いくら彼が武術の達人でも、相手は人じゃない。


「吸血鬼が突然訪ねてきて、襲われたんだ」


 私はアレックスに簡単に説明した。

 ラファエルが帰ってきて吸血鬼に応戦し、家が崩れてしまい、逃げるように言われてここに逃げ込んだことを。


「何だって!?」


 アレックスはすぐさまどこかへ電話を始めた。

 私はその様子を黙って見ている他ない。


「マックス兄様に連絡した。すぐに討伐隊が組まれて君達の家に向かうって」


 吸血鬼なんて、この世界では超希少な魔物の最上位だ。私が聖騎士の頃でも、噂に聞くだけであくまで想像上の存在だった。


「私も帰るよ」


「ダメだよ、そんな体じゃ。かなり血を吸われたみたいだし、それにもう君は普通の体じゃないんだよ?」


「え?」


 私の反応に、アレックスはポカンとした。


「え? まさか妊娠に気が付いてなかったの?」


「ええっ!?」


 そんな、全然気付いてなかった……。

 毎日、慣れない家事をこなすのに必死で。

 そうか、そうだったのか……。


「だから、君はおとなしくここで待ってなきゃ。ね?」


「……でも」


 アレックスが何かに反応した。

 確かに階下が何やら騒がしい。ユーエンが帰って来たのだろうか?


「ちょっと状況を確認してくるから、ここにいて」


 アレックスは私に念を押すと、部屋を出て行ってしまった。

 残された私は、何か連絡があるまでここで待つしかない。


 ラファエル、無事だといいけど。

 私は不安でたまらなくなる。あの逼迫した状況で、彼はどうなったのだろう?


「ジーン!」


 アレックスがユーエンを伴って部屋に戻って来た。

 私はユーエンに向かって、声を発した。


「状況は?」


「私が現場に着いた時には、家が崩れたことで驚いた近所の野次馬くらいしか」


「ラファエルは?」


 ユーエンは首を横に振った。


「彼の姿はどこにも見当たりませんでした」


「そんな」

 

 ではラファエルはどこへ? あの吸血鬼の少年は?

 あの後、二人はどうなったのだろう?


「とにかくさ、ラファエルはジーンがここに来てることくらい分かってると思うからさ。ここで待つしかないよ」


 アレックスの言う通りだった。あの状況で、私が真っ先に駆け込むとしたら容易にここが想像出来る。


 このどうしようもない胸騒ぎが気のせいならいいけど。


 その時、電話が突然鳴り出して、アレックスが慌てて受話器を取った。


「もしもし」


 彼はしばらく話し込んでいたけれど、会話の端々から聞こえてくる内容で、ラファエルの行方は分からないことが知れた。


「討伐隊も辺りを捜索したけど、それらしい人物は見当たらないってさ」


 結局、その晩の捜索は打ち切られて、私達は不安な気持ちのまま朝を迎えた。

 その日も、ラファエルの行方は結局知れなかった。


 その次の日もそのまた次の日も、ラファエルの行方は依然として分からず、何の連絡すらなかった。もちろん図書館にも。


 彼の姿が消えて一週間も経った頃、王都で妙な噂が広がり始めていた。

 夜な夜な吸血鬼が、街を闊歩していると。

 人が襲われて殺されたかけたとも。


 噂の真意を、街の警備隊に問い合わせたら、何とも言葉を濁した返事しか返ってこなかった。

 吸血鬼かどうかは分からないが、人が襲われているのは事実だと。


 ラファエルの行方も相変わらず分からない。


 それで、とうとう痺れを切らした兄上が、大公家まで私を迎えに来てしまった。


「お前が何と言おうと、姿を消したあいつが悪い。お前の身柄は僕が引き受ける」


 兄上は、アレックスの引き止める声も聞かないで、私を強引に大公家から連れ出してしまった。

 新たに買ったという新車で迎えに来て、私を新しい実家の屋敷に連れて帰った。

 某侯爵の所有だったというその屋敷は、元の実家より断然広く、私は全然慣れなかった。


 兄上は家に帰ってから私にべったりで、身の回りの世話から何もかもを甲斐甲斐しくやってくれていた。


「兄上、どうしてラファエルは帰って来ないと思う?」


 兄上はうーんと唸ると、


「考えられる可能性は三つだな」


 私は身を乗り出して、兄上の見解を聞いた。


「一つは、もう死んでいる」


「二つ目は捕まっているか、もしくは動けない状況」


「最後の一つは、わざと戻らない」


 最初の一つは縁起でもない。とても考えたくもない。

 二つ目は一番あり得そうだ。もしそうなら、助けに行かなければいけないのに、現状その手掛かりすらない。

 最後のわざと戻らないということは、戻りたいけれど戻れないも含まれるだろうか?


「まあ、どっちにしろ、お前をこんな風にほっとく時点でもう許さないけどな」


 ラファエルが消えてもう一月も経とうという頃、私の元に一通の差出人のない手紙が届いた。

 手紙は署名も何もないけれど、明らかにクロエ様からのものだった。


 内容は、吸血鬼同士の中で抗争が起きていて、どうやらラファエルもそれに巻き込まれてしまったとらしいという内容だった。王の息子だから、次期後継者として狙われたとか。

 そもそも不老不死で次期後継者も何もないだろうけど、ラファエルはそもそも半吸血鬼だし。

 でも、最後の一文に驚くべきことが書かれていた。


 ラファエルは半吸血鬼という訳でなく、新種の吸血鬼かもしれない、と。


 新種って何? どういうことだろう?

 首を傾げた私を見て、兄上が手紙を横からかっさらった。


「ふーん」


 兄上は手紙を読んで、眉根をしかめた。

 その日の午後は、マクシミリアン王子に呼び出されていた。

 ずっと部屋に篭っていたので、久々に外に出る。


 もう季節はすっかり秋になっていた。

 王子に呼び出された理由は分かっている。私の結婚のことだ。

 このままラファエルが戻らなかったら、私はどうすれば?

 シングルマザーをやるしかないのかな?


「父親がいないだなんて、言語道断だな」


「兄上はもうそればっかり」


 このまま私が行かず後家になっても、兄上はブツブツ言いながらも面倒を見てくれるんだろう。そしてきっと子供も育ててくれるのだろう。


 マクシミリアン王子の部屋に通されて、そこで私は思わぬ人物の姿に驚く。


「えっ、クロエ様!?」


 黒いローブを身に纏っでそこに立っていたのは、紛れもなくクロエ様その人だった。


「やはり心配になって来てしまった」


 ラファエルのことが? やっぱり実のお母さんなんだ。

 私の表情を見てクロエ様は言う。


「いや、アイツのことは大して心配はしてない。それよりもお前だ」


「ええっ!?」


 わ、私?


「お前、吸血鬼に血を吸われたらしいな? もし、お前の血を吸った奴が己の血をお前に与えでもしたら、瞬く間にそいつの眷属にされてしまうぞ?」


「へっ!?」


 でも、私は既にラファエルの眷属なんでは?


「既にアイツの眷属なんでは? って顔をしているな。お前はまだ吸血鬼にはなっていないから、いくらでも上書き可能なんだ。ラファエルは吸血鬼としては半人前だから、血の契約としての効果はかなり薄いと思われる。普通は吸血鬼に噛まれるなんてことは皆無だから言い忘れていたが、お前が純血の吸血鬼に噛まれたとなれば話は違ってくる」


 それで私を心配して、わざわざここまで来て下さったんだ。


「そいつはお前を狙ってくる筈だ。だが、未だに襲撃がないということは、ラファエルがそいつをどうにかしたのかもな……」


 ラファエルが!?


「ラファエルは無事なんでしょうか?」


「分からん。だが、一月も帰って来ないとなると、何かあったのだろうな」


 クロエ様の答えに、私はがっくりと肩を落とした。

 兄上が私を支えてソファに座らせた。


「もう少し何か言い方があるでしょう? 彼女は身重なんですよ?」


 マクシミリアン王子が、クロエ様を責める。

 クロエ様は、申し訳なさそうに手をヒラヒラさせつつ、


「今、私の知己の者に色々探らせている。まあ、少し待っててくれ」


 結局、捜索隊では埒が明かず、マクシミリアン王子が内々にクロエ様に連絡を入れた結果、彼女が飛んできた訳だった。

 結局、吸血鬼のことは吸血鬼に訊くしかないのだ。


 ラファエルを捜すことも出来ず、ただ兄上達に守られてる自分が歯痒かった。


「吸血鬼が動き出すとしたら、夜だ。昼間はこのように日焼け止めを塗り、ローブなりを被らないと外も出歩けないからな。

 王都の地下はかなり広い。お前を襲った奴もその仲間も、地下に潜伏している可能性がある」


「地下ですって?」


 普通に考えれば当たり前だ。クロエ様も普段は地下に潜伏しているのだから。


「地下は本来吸血鬼達の縄張りだ。だが、ここ数百年でその数は激減し、この王都には殆どいない。今この王都にいる吸血鬼達はラファエルかお前を狙っている者どもだな」


「そもそも、なぜ吸血鬼の権力争いにラファエルが巻き込まれるのですか? 彼はそもそも半吸血鬼なんじゃ?」


 マクシミリアン王子の問いに、クロエ様は面倒そうに答えた。


「アイツは良くも悪くも王の息子だから。その息子が聖乙女を手に入れた。どうもそれだけで奴らには充分脅威らしい」


 でも、私じゃ吸血鬼の少年に全然歯が立たなかった。


「私が甘かったよ。ラファエルは人の世界で生きてきたし、これからもそうさせるつもりだった。しかし、奴らはそうは思ってなかったみたいだ」


 その時、部屋の窓の外に一匹のカラスが止まった。

 クロエ様はそれに気付き、窓を開けてカラスに話しかけた。


「何か分かったか?」


 カラスは何やらギャーギャー言ってるだけで、私達にはさっぱり何を言っているかは分からなかった。

 クロエ様はうんうんと頷くと、私達を振り返って短く告げた。


「アイツの所在は分かったぞ」

いつもありがとうございます。


前回の話、字下げが出来てませんでした。

読み辛くて申し訳ありません。

今回も二話更新しております。


別キャラとのエンディングの修正に時間がかかっていまして、まだ載せれる段階じゃありません。

ある程度直り次第、ぼちぼち載せようと思ってます。


また次回もよろしくお願いします。

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