05 囚われの王太子
「それで、婚約者を救って欲しいと懇願に来た女は、どうするべきか分かっているのか?」
私は唇をきつく噛みしめる。陛下はそこまでして私を自分のものにしたいのだ。
私の中で、そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ない。
なぜなら、私が愛しているのは息子であるマクシミリアン王子なのだから。
「王太子の命を助けたくば、そなたが私の妻となるのだ」
彼を助ける為に、彼を裏切ることなど出来る訳もない。一体私はどうしたらいいのだろう?
「……すぐには決められないか。だったら、少しだけ時間をやろう。明日の夕方までに答えを出せ。明日の夕方、またここへ来い」
私は解放されて、とりあえず自分の部屋に戻された。
部屋の前に衛兵が立っていて、どうやら自由に部屋の外に出ることも出来ない。
途方に暮れていると、メイドが来客を告げた。
「マシュー殿下がお見えです」
「通して」
血相を変えて、部屋の中に飛び込んできたマシュー王子は、私の顔を見るなり、
「失敗したのか!?」
私は頷いて、深く項垂れた。
「父上の策略に嵌ったんだな? 兄上が謀反だなんてあり得ない。事情を詳しく話してくれ」
私は陛下との一部始終をマシュー王子に話した。
「父上が予定よりも早く部屋に戻って来て、君と出くわした。そして君の行動を逆手に取って、兄上の手先に仕立て上げ、謀反をでっち上げて兄上を拘束し、君を脅迫していると」
私が頷くと、マシュー王子はソファに前のめりになって話を続けた。
「君を何としても手に入れたいのだろう。兄上の婚約者となった君を、どうにかして奪い返したいんだ」
「王太后様に、再度お願いすることは出来ませんか?」
「……もちろんお祖母様に話はするべきだ。だが、今回は少し難しいかもしれない。この国で反逆罪は最も重い罪だ。問答無用で処刑されても文句は言えない」
そして王子は黙り込んでしまった。
私のせいで、私の為にマクシミリアン王子が殺されてしまうかもしれない。
そんなことになったら、私はこのまま生きてはいけないだろう。
「まさか父上がこれほどまで、君を望むなんて。気持ちは分かるが、君が愛しているのは兄上だ。愛する人の幸せを願ってこそ、本当の愛だと思うのだが」
「私がいけないんです。私が陛下の部屋に行ったりなんかしたから」
本当に後悔しかない。何て馬鹿な真似をしたのか。もっと上手いやり方がきっとあった筈なのに。
「君のせいじゃない。だが、兄上にしてはらしくないな。まるでこうなることが分かっていたような気もする」
「え?」
「いつも用意周到な兄上にしては、手順がお粗末過ぎるんだ。君を行かせたのも、何か別の意図があったのかも」
それは一体どういうことなのだろう?
「本人に訊くのが一番だ」
「会えるのですか!?」
実は部屋に戻るよりも先に、牢に囚われてしまったマクシミリアン王子に会いたいと申し出たのだけれど、王命で許可が下りなかったのだ。
マシュー王子は不敵な笑いを浮かべて答えた。
「近衛隊の隊長は誰だっけ?」
ああ、そうだ。ニコラス様が復帰なされて前のように城の兵達を彼が纏めているのだ。国王陛下からの信任も篤い。
マシュー王子は部屋の前にいた衛兵を呼びつけて命令した。
「団長に取り次いでくれ」
すぐさまニコラス様が部屋に駆け付けた。
私の顔を見るなり、心配そうな顔をした。
「お呼びでしょうか?」
「兄上に会いたいのだが、取り次いで貰えないか?」
「……王命で誰との面会も許すなと。申し訳ございません」
そんな、ニコラス様も結局は国王陛下の言いなりなの?
このままじゃ、私の打つ手は一つしかない。
落胆する私を前に、ニコラス様が渋い顔で提案した。
「給仕係にでもすり替わればお会いすることは可能でしょう。今すぐは無理ですが」
「明日の朝か」
「ええ」
それで私達は、翌朝まで待つことにし、ニコラス様の手配で給仕係として牢に向かった。
私はメイド姿、マシュー王子もカツラを被って変装をして。
正直バレバレなんだけど、その辺は皆も分かって黙認している。衛兵達も、私達に同情的なのだ。
「兄上」
王子が入れられていたのは牢というよりも、堅固な鉄の扉の部屋で、幽閉というのが正しいのかもしれなかった。
中は程々の広さで、ベッドが一つだけ置いてあった。
そのベッドに腰掛けたまま、マクシミリアン王子が私達を見上げた。
「ようやく来たな。何だその格好は? もう少しどうにかならなかったのか?」
王子は私達の姿を見るなり、少し笑った。
顔を見ただけで、安堵したのか涙が出る。
良かった。思ったより元気そうで。
「父上は何て? 私を助けだす条件に君に結婚でも迫ってるのか?」
「ええ、その通りです」
私の答えに、マクシミリアン王子は肩を震わせて笑い出した。
その態度は、この苦境に立たされて開き直っているのか、それとも何か別の考えがあるのか計り知れない。
「本当に父上は分かり易すぎる」
「笑いごとじゃないだろう? このままじゃ、ジーンは父上の花嫁にされてしまうぞ?」
マシュー王子が厳しい面持ちで、声を荒げた。
「もちろんジーンは渡さない」
その口調からは、揺るぎない決意が感じられた。
「何か考えがあるんだろうな?」
「──もちろん」
マクシミリアン王子は、いつものように余裕の笑みを浮かべながら話し始めた。
「もちろん、最終的には父上の持つ禁書の入手が目的だ」
「まさか、またジーンに行かせるのか? 今度はもうメイドに扮していくのは通用しないぞ? まさか色仕掛けで?」
色仕掛けなんて、私にはとても無理だ!!
「父上はジーンに相当入れ込んでいる。ジーンにその気がなくても、色仕掛けに簡単に乗るかもしれないな」
「……無理です。陛下相手に色仕掛けだなんて、私にはとても」
昨夜の様子からして、私など陛下に簡単に手篭めにされてしまうだろう。抵抗など、とても陛下に対して恐れ多くて出来ない。
「もちろん、君にそんな真似はさせられない。ジーンには簡単なことをして貰う」
「簡単なことって?」
「もちろん、本を借りてきて貰うのだ」
その言葉に私とマシュー王子は唖然とした。
「それが難しいから、色々頭を悩ませているんじゃないか!!」
「父上は君に本気だ。君が結婚を条件に禁書の貸し出しを願い出るんだ。禁書を貸さない限り、絶対に結婚を承諾しないと」
「そんな!! それではあなたはどうなるのですか?」
陛下はマクシミリアン王子を助けることと引き換えに、私に結婚を迫った。その交換条件を禁書に変えると? そんなことをしたら、王子を助けられない。
「禁書さえ手に入れられれば、後はどうにでもなる」
マクシミリアン王子は、きっぱりと言い切った。
それはあまりに危険だ。禁書はあくまで聖乙女の契約にまつわるもの。決してそれを手に入れたからとて何でも解決出来る万能なものではない。
「父上が私を本当に殺すと思うか?」
そう言われて私は押し黙った。
私は国王陛下をよくは知らない。かつては善政を敷いて民衆にも慕われていた。私が子供の頃の話だ。近頃はあまり良い噂を聞かないけれど、聖乙女が不在でも傾きつつある国を何とか支えているという評価する声もある。
でも昨日の陛下との会話では、王太子を廃して、私が生む子を新たに王太子に立てると言っていた。あれが冗談でなければ、王子をどうにかすることも考えられる。
ただだいぶ酔っていらしたから、真意の程は分からない。
しかしマシュー王子の一言は、驚くべきものだった。
「最近の父上はどうかしている。ジーンに対する執着は度を越えている。ひょっとすると兄上を殺してでも、手に入れようとするかもしれない」
どうして、そこまでして私を?
正直、私には分からない。そこまでして国王陛下が私を望む理由を。
「ジーン、顔色が真っ青だ」
マシュー王子が私の顔色を見て、心配そうに声を掛けてきた。
マクシミリアン王子はなんとも言えない複雑な表情を浮かべた。
「大丈夫です」
軽く眩暈を覚えて、私は少しだけ目を閉じた。
緊張と疲れからなのか体がだるい。
「父上が自分を殺す訳がないと高を括っているのなら、それは危険だぞ?」
マシュー王子の言葉に、マクシミリアン王子からいつもの笑みが消えた。
「もし、父上が私を殺してまでジーンを手に入れようとするのならば、もうこの国の王ではない。その時は、私が責任を待って父上を断罪する」




