07 イケメン騎士団長と王立学院へ
大変な事態になってしまった。
まさか聖乙女に任命されてしまうとは。
ユーエンが去り際に、僕に耳打ちした。
「あの場はああ言う他に手がありませんでした。アレックス様と相談して、どうにかなるように手を打ちます」
つまりあの告白は苦肉の索だった訳だ。やっぱりな。
そりゃあ、知り合って間もないし、さすがに彼にまで好意を持たれてるとはまるで思わなかったけど。
ユーエンが帰ってしまって、僕は城内に用意された部屋へ移ることとなった。
大公家の部屋も凄かったが、ここもまた凄い部屋だった。
だがなんだかとても見覚えのある部屋だった。
そう、ゲーム内で主人公であるヒロインが普段使用する部屋だったのだ。
ヒロインが存在せず、僕がその役割を兼ねる。
まさにアレックスの言う通りになった。
と、いうことは、ヒロインの結婚相手の候補者として、残りの攻略対象全てと関わることが窺い知れた。
マクシミリアン王子、マシュー王子、そしてユーエンと、聖騎士団長ニコラス様、そして王立図書館司書ラファエル、最後に王立学院高等部生徒会長スターリング、この面子が揃うのに違いない。
つまりこの中から、誰かを選ばなければならない。
僕は悩んでしまう。聖乙女を、このユージーンとして追体験するなんて、思いもよらなかった。
ユージーンはあくまで攻略対象の一人だったのになぁ。ヒロインに攻略される方がずっと楽そうなのに。
その時、ドアをノックする音が響いた。
「はい」
「失礼します」
部屋に入ってきた人物に僕は驚愕を隠せない。
色味の薄いミルクティー色に、部分的に白いメッシュの入った肩まで伸びた髪にバイオレットの双眸。
柔和な顔立ちのイケメンは、聖騎士団長ニコラス様、僕の直属の上司だ。
「聖騎士団長兼近衛隊長のニコラス・カーライルです。本日より、聖乙女候補となられたあなたの警護を担当致します」
敬礼したニコラス様と、ばっちり目が合ってしまった。
「え? 君は?」
なんとなくバレるのが怖くて、顔を背けてしまった。
ニコラス様は、僕の顔をよく見ようと、近寄って来た。もう、無理だ。いくら女の格好をしているとはいえ、彼は直属の上司なのだ。隠し続けるにはやっぱり無理があった。
「まさか、ユージーン?」
「はい」
「これは一つ確認なのだが、君は今、聖乙女としてここにいる。つまり君は女性なのか? 普段の君は聖騎士、つまり男で」
ニコラス様は怪訝そうな顔で僕を見つめた。
「本当の君はどちらだ?」
「どちらとも言えますが、今は女です」
彼は軽く混乱して、事実を理解するのに少しの時間を要したみたいだった。
「ちょっと待ってくれ。聖騎士には男しかなれない。君は厳しい試験を見事にパスして、騎士団に入った。なのに、女? 女なら、まず身体検査でバレる筈だ。一体どういうことなんだ? 説明してくれ」
そう言うニコラス様に、僕はどう説明しようか迷った。彼に嘘はつきたくないし、正直に言う他ないと思った。
「列車事故で生死を彷徨う怪我を負った際に、なぜか性別が女になってしまったのです」
「何だって? 見舞いに行った時、そんな事は全く聞いてなかったぞ?」
そう、ニコラス様は事故の際、真っ先に病院に駆けつけてくれた。僕が聖騎士なので、一番に連絡が彼にいったからなのだが。
「あまりの事態ゆえ、家族以外には伏せていました」
彼は深い溜め息をついた。
この国で女性は聖騎士にはなれない。聖属性魔法を使える女性は、すなわち聖乙女と呼ばれる存在だからだ。
聖乙女は先代が亡くなって久しい状態だった。
そして、聖騎士の僕が女になってしまったことで、聖乙女の条件を満たしてしまった訳だ。
「ニコラス様にお願いがあります。マクシミリアン王子より、次代の聖乙女に任命されましたが、聖騎士の仕事を辞めたくはありません。引き続き任務に当たれますよう、どうかお取り計らいを」
僕が仕事を失くしたら、たちまち実家が立ちいかなくなってしまう。
「切にお願い致します」
彼は黙って僕の懇願を聞いていた。やがてポツリと一言。
「君の結婚相手の候補に、私を加えてくれるのなら、配慮してもいい」
「!!」
衝撃の一言に顔を上げた僕を、彼は真剣な眼差しで見つめてきた。
「聖騎士として、伴侶が聖乙女とは、これ以上にない最上の取り合わせ。君の夫候補として立候補する」
「ちょっと待って下さい! 僕はつい最近まで男だったんですよ? いくらなんでもそんな奴と結婚出来ませんよね?」
けれど、ニコラス様は全く動じる様子もなく、
「今は完全に女性なんだろう? 君なら人となりも良く知っているし、問題ない」
「──そう言われると、僕は断れませんよね」
ニコラス様は国に絶対の忠誠を誓っている。
聖属性魔法の使用者は、大変貴重な人材。しかも能力は遺伝する可能性が高い。両親共に聖属性魔法所持者ならば、子供には能力が百パーセント遺伝する。
「聖騎士に復帰させて頂けるなら、その条件を受け入れます」
「では、契約成立だ。私は君の夫候補となる。マクシミリアン殿下には、私から説明しておこう。ただ、今まで通り詰所で他の騎士団の者と合同で仕事をさせる訳にはいかない。君の所属を、私直属の近衛隊に変更する」
つまり、城内勤めに変わるということか。
「仕事中は、常に私に付き従うこととする。私は君を守る任務を上から受けている。私から決して離れないように」
それ、結局ニコラス様が僕を護衛してるのと変わらないんじゃ?
「分かりました。命令に従います」
答えると、彼は爽やかな笑みを浮かべた。
「いい子だ」
ああ、なんだか変な気を起こしそうだった。
いけないいけない。僕はあくまで聖乙女ではなく、聖騎士として職務を全うすることだ。
そもそも下世話な話だけど、聖乙女って給料出るんだろうか?
さすがに、今ここでは聞きにくいなぁ。
実家の為にも、公務員という安定の地位を手放すわけにはいかないのだ。苦労して手に入れた聖騎士の身分は捨てたくない。
「私は隣の部屋に詰めている。何かあったらすぐに知らせるんだ」
そう言って、彼は部屋を出て行った。
順調に増えていく、夫候補。すなわち攻略対象なのだけど、このままいけば、次は王立学院生徒会長スターリングと王立図書館司書ラファエルか。
そもそも、王子様方やニコラス様、そしてユーエンまで、もし僕が夫に選んでしまったら、本当に結婚までする気なんだろうか? これは現実で、実際はゲームとは違う。話もだいふゲームから逸れてしまっているし。
マシュー王子はともかく、他の三人とはあくまで成り行きみたいな感じだしなぁ。
まあ、この世界では確かに恋愛結婚は少ない。
大概政略結婚だし、それが高貴な身分になればなるほど自由がなくなる。
大体、マクシミリアン王子が、未だに結婚なさってないのも不思議だ。王太子という立場なのに。まあゲームでも確かに独身だったけど。
やっぱり、このゲームを良く知るアレックスと話したい。
アレックスはどうしているだろう? 突然婚約破棄だなんて、ショックを受けていなければ良いが。
翌朝、朝から侍女達がぞろぞろ現れて、僕の身支度を整えた。
鏡に映る自分の姿に慣れない。ゲーム中のヒロインのように、小柄で決して愛らしくもない。
確かに美人と評判だった母にそっくりだ。
モデルのように背が高いし、いわゆるクールビューティとはこんな感じなのだろう。
だが、どうも女装気分が抜けない。男として生きてきた時間が長過ぎて。確かに前世を思い出して、自分が女をしていたこともあったけど、別の人生がすでに自分の中にある以上、違和感が拭えない。やっぱり今さら女をやれとは気恥ずかしい。
「おはよう、ジーン」
部屋の外でニコラス様が待っていた。
「早速だが、王立学院に復学してもらうことになったよ」
「はあ」
僕は在学中に聖騎士試験に合格してしまったので、中退してしまっていた。まさか、また通う羽目になるとは。でも、ゲーム中のヒロインも学生だ。これは充分予測できた結果だった。
「平日は聖乙女として王立学院へ通い、週末だけは聖騎士に戻ることを許すそうだ。つまり、二重生活だな」
「ニコラス様は、どうされるのです?」
まさか、学校の中まで? ゲーム中もヒロインの護衛として、騎士が常に付き従っていた。ちなみにゲーム中の護衛はユージーン、つまり僕自身だった。
「もちろん、君の護衛に付く。学院内でも君が聖乙女だという事実は公表されるから、そのつもりで」
「分かりました」
「今日から早速復学してもらう。ただし、名前は本名ではなく、ユージェニー・フォーサイスとして」
ユージェニーって、安直だなぁ。
本名を女性名に直しただけじゃないか。
「バレませんか?」
ニコラス様は笑顔で頷いた。
「君達は親戚設定にしてある。戸籍も既に調整済みだ。しかも君は正真正銘の女性だからバレる訳がない。後は君の演技力次第だね」
きっぱり言い切られて、僕は反論の余地がない。
この人は僕を買い被り過ぎなんだよな。
でもこの人が、優しいのはあくまで表面上のこと。攻略対象キャラ中、一番裏表が激しいのがこのニコラス様なのだ。
この優しい笑顔からは想像つかないが、敵に対しては怖いくらい容赦がない。通称、殺戮の天使長。
それでも僕はこの人が嫌いになれなかった。彼の主義主張は一貫していて、気を許した相手にはとことん義を尽くす。
その甘さゆえ、彼の立場を悪くする場合もあるというのに、そこは決してブレないのだ。
そういえば、ゲーム中の僕もやたら聖騎士の仕事にこだわっていたっけ? 悪役令嬢だったアレックスと不本意ながらも婚約したのも、概ね聖騎士の仕事を続ける為だった。ただ、詳細の理由が思い出せない。
なぜ? その理由がすっぽり抜けていた。
アレックスに見初められた以外に何かがあったはず。
「ジーン」
ふと名前を呼ばれ、僕は現実に引き戻された。
「復学する以上、王立学院は全寮制だ。君の部屋も一応は用意されるが、入るのは特別寮になる。そして週末だけは、王城へ戻り、聖騎士の仕事をするんだ」
特別寮、ゲームをしていた身なら知っている。通常は、男女別の寮に入寮するが、いわゆる良家の子女達は皆、男女混合の特別寮に入寮する。ここは、一般の寮生は立ち入り禁止で、自身のメイドや侍女、執事などを連れて行くことも可能だ。もちろん異性でも。
「私がいるからね。さすがに一般寮には」
「一応、君は在学中は有名人だったからね。未だに君のファンの女生徒も多い。せいぜい正体がバレないように気をつけたまえ」
さっきバレないってあなたが言ったんじゃ?
自慢ではないが、確かに在学中はモテた。それもかなり。
当時は、奨学金で通っていたので、成績を維持する為に、日夜勉強の日々だった。兄上のように頭が良くない僕には、思えば辛い日々だったが、彼の徹底した個人授業のお陰で特待生を維持出来ていた。王立学院の学費はべらぼうに高い。とても僕のような貧乏貴族が通える学校ではなかったのだ。
ただ、在学中に試しで受けた聖騎士試験に合格してしまったので、退学を余儀なくされたが。
出来ることなら卒業したかった。
僕と同じように特待生として入学しながら、主席を取った兄上のように。
兄上、元気にしているだろうか?
お金にならない貧乏学者などになってしまって。
なまじっか頭が良過ぎて、何を考えているのか分からないけど、そういやあのメイドとはどうなったのかな?
在学中にも、さまざまな浮き名を流した兄上にも、その容姿と優秀さからたくさんの縁談話が舞い込んでいたのに、とんと父上は話を進めなかった。なぜかは知らない。
だが、その理由を僕は後ほど知ることになる。
それも思わぬ形で。
僕には速攻で縁談話を持ってきたのになぁ。長男と次男の違いなのかな?
僕達は、聖騎士団専用の馬車で王立学院へ移動する。
久々に来た、学院の風景が懐かしかった。
「さて、君が編入するクラスだ」
そこは、学院校舎の別館で、いわゆる王族や公爵家の子女など最上位の身分の者しか入れないSクラスの教室だった。僕は一般クラスだったので、まさに未知の世界だ。
「ニコラス様、敷居が高いです」
「君はここに相応しいと思うけどね」
兄上ならともかく、僕はそこまで優秀じゃない。
体の頑健さや剣技や魔法なら決して負けないんだが。
あれ? でも確かヒロインは一般クラスだった気が。
やはり、僕がヒロインになってしまったから、ゲームと同じようには進まないのだろうか? ゲームと事実が異なるケースが多々見受けられる。
「聖乙女として、この学院に編入されました。ユージェニー・フォーサイス様です。聖乙女の資質を伸ばす為、この学院で勉強される予定です」
「嘘!? すげー美人だ」
「ユージーン様にそっくり」
僕の名前があちこちから出たことにも驚きだが、クラスの中に見知った顔がちらほら。仕事で会ったこともある公爵家の令嬢や、子息などがいた。
まさか、顔でバレたりしないよな?
「ユージェニー様は、この学院在学中に聖騎士になられたユージーン・フォーサイス様のご親戚にあたるそうです」
すかさず教師がフォローした。
在学中、聖騎士に最年少合格して中退した僕は、ちょっとした有名人らしかった。
「彼女の護衛には、聖騎士団長のニコラス様があたられます。皆さん、よろしくお願いしますね」
この発表に女生徒の悲鳴が、男子生徒の歓声をかき消した。
ニコラス様はさすがに教室内には付き添わない。別室に待機するらしい。
僕の近くの席に座る女生徒が隣同士でひそひそ話し始めた。
「ニコラス様に守られるなんて、聖乙女って役得よね」
「ニコラス様だけではないのよ。噂では王子様方も、夫候補だとか」
「何ですって!?」
「でも、あのユージーン様のご親戚だとか。そういえばユージーン様は公女様とのご婚約を破棄されたとか。一体何があったのかしら?」
「婚約破棄!? だったら、私達にもまだチャンスが?」
チャンスって何だ? 全部本人に聞こえてるよ。
僕はなんだか背筋に嫌な悪寒が走る。
「そこ、静かにしなさい!」
先生の厳しい声が飛び、女子生徒達は黙り込んだ。
久々の学院生活は、こうして不安しかないスタートを切った。
いつもありがとうございます。
登場キャラはまだ出揃っていません。
揃ってからいろいろバタバタすると思います。
どうか気長に読んで下さいませ。