06 ヒロインルートまっしぐら
その日の午前中は、城内の見回り程度で大した仕事はなかった。お昼休み、手作り弁当を食べていると、皆にまた取り囲まれた。
「またまた愛妻弁当か?」
「すげー、今日のもめっちゃ美味そう」
二段に分かれた弁当箱は、季節の野菜をふんだんに使ったもので、味も見た目も満点だった。昨日のものも、一昨日のものも、同じように手が込んでいて、美味しかった。
まさかこれを、ユーエンが作ってたとは。本当に驚かされる。
お礼くらい言った方がいいのだろうか?
昨夜のことも、お礼を言いそびれてしまっていた。
「おい、ユージーン、お前午後から早退だって?」
「ちょっと外せない用事があって」
マクシミリアン王子との約束を、さすがにすっぽかす訳にはいかない。
僕は詰所を出て、城門の方へ向かった。
もう大公家からの迎えの馬車が来ていて、僕が馬車に近付くと、ユーエンが窓から顔を出した。
「お早く」
中に乗り込むと、すぐさま屋敷に向かって走り出した。
彼と向かい合わせで座る格好になり、非常に気まずい。
「お弁当ありがとう、美味しかった」
とにかくお弁当のお礼だけは言っておこうと思った。
「いえ、お口に合ったようなら、それで何よりです」
それから会話が全く続かなかった。
彼は基本は喋らない。でも今朝のあれは完全に毒吐いてたよな。
そのうち屋敷に到着してしまい、僕は大急ぎでメイド達の手により、妹へと変身させられた。
ユーエンが、そのまま馬車の前で僕を待っていた。
やっぱり付いてきてくれるようだった。
いつもより、入念にドレスアップされた僕。彼は窓の外に視線をやり、こちらを見ようともしなかった。
これから一人であの王子達を相手に、うまく話をまとめられるのか自信がなかった。アレックスがいてくれたら! と思う。
だが、それは杞憂だった。
馬車から降りる僕を、ユーエンは最上のエスコートで僕の不安を吹っ飛ばしてくれた。まるで壊れ物を扱うかのように。
城内へ入る際も、僕達は侍女や衛兵達の羨望の的だった。
僕達が、前を通り過ぎると漏れる侍女達の溜め息。
ユーエンは、ヒールを履いた僕よりも背が高かった。
そういえば、アレックスにも外ではいつもこんな感じだったな。だから愛人なんて噂されたんだろう。
すぐさま応接室に通されて、王子の登場を待った。
マクシミリアン王子より、先に現れたのはマシュー王子だった。
「僕の為に着飾ってくれたなら、こんな幸せなことはないのだが」
「別にそういう訳ではありません」
「君は、兄上になんと言うつもりなのかな? 私に結婚を迫られて困っている、とでも?」
僕はドアの方を気にしながら、マシュー王子の言葉は無視した。やっぱり彼のフラグはバキッと折っておきたい。
「ジーン、本気なんだ」
その声と同時にマクシミリアン王子が部屋に入って来た。
「待たせて申し訳ない。こちらがユージーンの妹御か?」
僕は席を立って、丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、ユージェニー・フォーサイスです」
「初めましてじゃないだろう? 兄上、彼女はユージーン本人ですよ」
「!!」
何で速攻、バラしてくれてくれてるの、この人!?
僕は思わずマシュー王子を睨みつけた。
「ユージーン本人? どういうことだ?」
マクシミリアン王子は、信じられないといった具合で僕を見つめた。
「彼、いや、実は彼女なのですよ。ですから、アレックスの婚約者というのもおかしな話で」
「女性の身で聖騎士になったと?」
「そうです。皆、騙されているんです」
終わった、僕。この国では、女性の騎士は存在しないのだ。
「ユージーン、聞かせてくれ。なぜ女の身で聖騎士になったんだ?」
僕は仕方なく、経緯を全て説明した。ただ、アレックスのことは彼自身の問題なので伏せた。
「生死を彷徨ったら、なぜか女性になってしまったと。それまで君は間違いなく男性だったんだね?」
「そうです」
マクシミリアン王子はしばらく考え込んでいた。
「にわかには信じられないが、まあそういうこともあるだろう」
あれ? 意外とあっさり納得した?
「経緯がどうであれ、今は美しい女性です。私は彼女が好きなのです。結婚を認めて下さい」
マシュー王子は、ここで強引にでも結婚を認めてもらって、僕を逃げられなくするつもりだ。
王族に本気で望まれたら、断れる訳がない。
どうしよう?
しかし肝心のマクシミリアン王子の返答は予想外のものだった。
「アレックスから、マシューがしつこいからなんとかしてくれと頼まれていたが、合点がいった。ユージーン、君はマシューと結婚を望むか?」
僕はすかさず答えた。
「いいえ」
「では、認める訳にはいかない」
「兄上!!」
マシュー王子がマクシミリアン王子に抗議の声を上げた。
「お前の気持ちは分かったが、彼女にはまだその気がないようだ。ユージーン、君は今日から、とりあえず城内に居を移したまえ」
「へ?」
「女性で聖騎士は、何かと問題がある。君は聖属性魔法を行使出来る優秀な騎士と聞いている。どうか聖乙女として、城に入って欲しい」
え!? なんだって?
まさにアレックスの言う通りの、まさに僕がヒロインの立ち位置じゃないか?
「アレックスとの婚約も、君が女性な以上、国家として認められない。婚約はただちに破棄とする」
どうしよう? どんどん予想外の展開になっていく。
アレックスとの婚約も簡単に破棄されてしまった。
まさか聖乙女になれだなんて。
「特別に部屋を用意しよう。だが、君には次代の聖乙女としてしかるべき知識を得る為に、そのうち王立学院へ通ってもらうこととなる」
ヒロインがいつまでも登場しない理由は、こういう訳だったのか。僕はショックのあまり、肩を落とす。
確かに聖乙女は貴重な聖属性魔法の使い手だ。女性で聖属性魔法を行使出来る者は皆無。ゆえに聖乙女と呼ばれ、国で保護されて優遇されるのだ。その力は、男性の聖騎士よりもずっと強い。聖乙女は聖なる存在、この国の人々の為に神に祈りを捧げ、聖殿に存在するだけで、この国にかかる加護を強めることが出来るという。まあ、巫女のような、生き神のような存在なのだ。
現在、聖殿に聖乙女はいない。もう何年も空位なのだ。
「彼女を聖乙女に? 本気ですか? 兄上」
「本気も何も、彼女に資格があるのは間違いないだろう? 聖乙女となれば、お前も簡単に手出しは出来ないぞ」
聖乙女は、崇められ敬われる存在。
身分は出身はどうあれ、王族に準じる。
本当に面倒なことになってしまった。
「大変失礼なこととは存じます。ですが、これだけは言わせて下さい」
この流れで突然、ユーエンが口を挟む。
「執事の君が、一体何を言おうと?」
余裕な表情のマクシミリアン王子に、ユーエンはひるまなかった。
「私は密かにユージーン様のことをお慕い申し上げておりました。聖乙女となられるのならば、是非、私にもチャンスを下さい」
「えっ!?」
いやいや、それマジであり得ないでしょ?
その一言が喉元まで出かかって、思わず飲み込んだ。
ユーエンが僕を慕っているというのは、あの態度からして絶対にありえない。
聖乙女に選ばれた乙女は、王族と並ぶ身分だが、その結婚相手は別だ。どんな身分の相手だろうと、選択が許されるのだ。
それは貴重な聖属性魔法の能力を確実に遺伝させていく為。乙女が伴侶に選んだ相手は、能力を遺伝させていくのに相応しい相手と見做されるのだ。
ゆえに乙女の周りには、優秀な男性が結婚相手の候補として付けられる。それがこのゲームの本懐のシステムなのだ。
「そういうことならいいだろう。君にも平等にチャンスをやるべきだ。それもユージーン次第だが?」
マクシミリアン王子が僕の顔を見つめた。
「君は彼を候補者として望むか?」
これは、本人の意思なのか、それともそうでないかは分からないけど、協力者で同士であるアレックスとの唯一の接点を失う訳にはいかなかった。
「はい」
「マシューも、性格はアレだが優秀なのは間違いない。お前も候補だ。もちろん私も。君もそれで構わないな?」
僕は頷くしかない。二人が優秀なのは分かりきっている。
さすがにそう言われると、否とは言えなかった。
「ユージーンが王立学院を卒業し、正式に聖乙女になったあかつきには、候補者の中から、いずれ一人を選んで結婚してもらう。これは必然事項だ」
僕は悟った。この状況はもう、完全にヒロインルートに乗ってしまっている。
まだ、自分で相手を選べるだけマシなのだろう。