54 温泉でまさかのトラブル発生ですか!?
大浴場に入ろうとしたところで、ヴィヴィが時計を見て言い出した。
「ああ、ここね、時間によって女湯と男湯が切り替わるのよ」
なるほど、それはよくあるパターンだな。それでどちらのお風呂も楽しめるという訳だ。
時計を見ると、もう午後の九時を回っていた。
「あ、切り替えしてなーい。もう係の人忘れてたな。あ、今日は私だったっけ?」
それダメじゃん!!
彼女は慌てて大浴場に入っていって、中を確認してきたようだ。
「良かった、今ちょうどお客さん途切れてたみたいで、誰もいなさそうだから変えとくね」
そう言って、男湯と女湯の案内札を取り替えた。
「今からこっちが女湯で、こっちが男湯ね」
ヴィヴィはそこで、あっと声を上げた。
「いけない! 私、他の仕事頼まれてた途中だった。ちょっと片付けてくるから、またね」
「分かった。じゃあね!」
私は仕方なくヴィヴィを見送って、ほぼ貸し切り状態になった大浴場へ入る。宿泊客の大概はもう入浴を済ませたようで、この時間はどうも空いているようだ。
脱衣場にも、他のお客の姿はなかった。
大浴場は広々とした露天で、日本でよくあるような温泉の形式で思いっきり岩風呂だった。世界観が違う!! とツッコミたくなるけど、この際気にしないことにしよう。
源泉は掛け流しのようだった。白濁したお湯は、なんだか甘酸っぱい匂いがする。
何だか色々良さそうだ!!
私は体をささっと洗うと、早速湯船に浸かった。意外と浅い。
人が来ると何となく恥ずかしいので、大きい連なった岩の裏に移動した。
岩の裏は、何と寝湯が出来るようになっていた。
浅めの温泉に浸かりながら、寝れてしまうというそれだ。
「!!」
私はそこであり得ない光景を目撃する。
寝湯で誰か寝ている。私は思わずギョッとした。
この見覚えのある赤い髪は──マクシミリアン王子その人だ!!
寝入ってしまって、男湯と女湯が切り替わってしまったのを知らないんだ。
どうしよう? さすがにこのまま放って置くわけにはいかないよね?
「殿下、殿下!!」
声を掛けてもなかなか起きない。相当お疲れなんだろう。
この旅行へ行く為に、かなり公務を無理してこなされていたから。
「殿下、起きて下さい」
濁ったお湯のお陰で、肝心なところは見えてないけれど、こんなところを他の女性の宿泊客に見られたら、大変なことになる。
「……ん、ジーン?」
目を覚まされた!! 私は小声で声を掛ける。
「殿下、お時間が過ぎてしまいまして、今ここは女湯になってしまっています。早く出られた方がよろしいかと」
「何だと?」
そう言うなり王子はガバッと体を起こし、私の方を見て固まった。
そういえばすっかり忘れてた。私は今、何も着ていなかった!!
──見られた。超見られた。ばっちり見られた。どうしよう?
殿下はすかさず私の口を手で塞ぎ、自分の方へ引き寄せて、耳元で囁いた。
「そんな格好をしていたら、さすがにマズイぞ」
私は背後から抱えられる格好になって、そのまま少し深い湯船に移動した。
「ここは、時間によって男湯と女湯が切り替わってしまうのか。つまり、今はここは女湯」
私は口を塞がれているので、そのままコクコクと頷いた。
「さっさと出るのが得策だが、どうやらそう簡単にはいかないようだ」
脱衣場の方から、人の話し声が微かに聞こえてきた。他の宿泊客が入ってきてしまったのだ。
どうしよう?
「手を離すが、声を出すなよ」
私が頷くと、ゆっくり手を離された。
でも背後から抱きすくめられているのは変わらずで、彼の息が首筋にかかる。
「本当にすまない。不可抗力だった。見てしまった責任はちゃんと取るから」
冗談混じりでそう言う王子に、私は振り返った。
見られたショックで涙目になりながら、
「いいえ、私が失念していました。お見苦しい物をお見せして申し訳ございません!」
「……そう怒るな。見苦しいどころか、眼福物だ。君は本当に綺麗だ」
そう言った王子の言葉に赤面する。また、こんなとこで何てことを言うの? 本当にこの人は!!
「せっかくの混浴だ。この状況を存分に楽しもう」
いつものように余裕の表情だ。
楽しむって、危機感なしですか!?
仮にも一国の王太子が、女湯に入って見つかりでもしたら、大変なことになるかもしれないのに。
でも、この人ならきっと、どうにかしてしまうのだろうな。そんな気がする。
他のお客さん達は、若いお姉さんのグループのようだ。
遠目で確認すると、五人だ。
「お、若い娘だな」
王子は身を乗り出して、お姉さん達を見ようとするので、私は思わず体を張って目隠しをする。
「ダメです! 見ちゃダメですよ?」
「分かった! 君だけをずっと見てる」
マクシミリアン王子は、少し笑いながら私の体を凝視した。
「!!」
私は思わず悶絶し、湯船に頭まで浸かる。
またもや見られてしまった。もう穴があったら即刻入りたい。
「ジーン!?」
王子が私を助け出し、その胸に私を寄りかからせた。
彼は額に手を当てながら、笑いが止まらないようで肩を震わせている。
「か、可愛すぎる」
「……私、バカですね」
彼は私の頭を引き寄せて、額にキスをした。
「!!」
「いつ、私の妃になると言ってくれるんだ?」
私は王子をじっと見つめた。エメラルドグリーンの綺麗な瞳が私を見つめていた。
「私にお妃は無理ですよ」
「やってみなくては分からない。本当にやってみないか?」
そんなものなのかなあ?
普通、王太子妃に相応しい令嬢は、子供の頃からしかるべく、それなりの教育がされるものだ。その点、私は何の教育も知識もなく、宮廷のマナーやレディの嗜みも、ようやっと最近受ける始末だ。そんな娘に将来の王妃だなんて恐れ多くて。
私は答えられずに、黙り込んだ。
「え、男の人!?」
さっきのお姉さん達が王子に気付いてしまったらしい。
どう、誤魔化せばいいの!?
「こんばんは、良い湯加減ですよ!」
普通に挨拶したーーーー!!
全く悪びれる様子もなく、むしろ堂々とした態度だ。
「こ、こんばんは!」
お姉さん達は、頬を赤らめて恥ずかしそうにしながら、王子の方をチラチラ見ながら噂している。
「凄いイケメン、どこの若君かしら?」
「一緒にいるのは彼女? 奥さん? 二人で入るなんて堂々としてるわね」
いやいや、違うんです。王子はただ寝てしまって、出損なっただけです。
「ごめんなさい! この人、時間で男湯と女湯が切り替わるの知らなくて」
私はすかさず理由を説明した。
「ああ、そうだったの! 私達、向こうに行きますから、どうぞごゆっくり」
何このイケメンなら許される風潮?
普通なら痴漢扱いされて、叩き出されても文句言えないだろうに。
「ほら、問題ないだろう?」
王子は相変わらずの余裕の態度で、このピンチを乗り切ってしまった。
「向こう、見ちゃダメですからね」
「分かった、分かった」
彼は嬉しそうにずっと私を見ている。
どうしてそんなに優しい目で、ずっと私を見ているのだろう?
私は恥ずかしくて思わず目を逸らした。
何だかんだで憎めないんだよなぁ。この人は。
「やっぱり君が一番綺麗で、一番可愛い」
王子が私の耳元で囁いた。
「もう、冗談はやめて下さい!」
「本当だから仕方ない。君を愛してる」
ああ、やっぱりこの人には勝てないのかもしれなかった。
いつもありがとうございます。
時間があまり取れないので更新が出来たり出来なかったりですが、ぼちぼち続けますので、気長によろしくお願いします。




