53 幼馴染の元カノは親友になるらしい
彼女の部屋は、コテージではなく本館の客室の一つだった。
やはり貴族の令嬢だけあって、配慮されているようだ。
部屋の中にはシングルのベッドが二つ。壁も床も全て木製で、山小屋風のお洒落な部屋だった。
「ジーンの方はどうなの?」
「どうなのって?」
「聖乙女って、結婚前提なんでしょ?」
あぁ、世間一般的の知識として、聖乙女に選ばれたらまず通例として結婚するのが当たり前だもんな。
「夫候補がたくさんいるって本当? 何人くらいいるの?」
「うん。王子達も元の聖騎士団長もそうだし、全部で八人かな」
ヴィヴィはその人数にさすがに驚いたようだ。
「そんなに!? その中から選ぶの? どうやって?」
「それは、私の意思で。私が好きに選んでいいんだ。相手は断らないから」
「何それ。候補の人達って、全員あなたが好きってこと?」
私は頷く。候補者は、皆自分から候補になることを望んだんだ。
「選べるだけいいのかも。王子達二人もそうだなんて。条件とにしては最高じゃない。で、相手はもう決めたの?」
「それが簡単に決められたら、こんなに悩まないよ」
ヴィヴィはふーんと頷いた。彼女はベッドに腰掛けて、自分の髪をいじりだした。私は思い切って尋ねる。
「ヴィヴィはいいの? 兄上と結婚だなんて」
「相手としては申し分ないわ。なんてったって再興を果たしたフォーサイス家の跡取り息子ですもの。うちみたいな平凡な伯爵家の娘にはもったいないくらいの話」
ヴィヴィは、私をじっと見つめた。
「相手があなただったら、喜び勇んで話を受けたわね」
私は胸がズキっと痛む。
彼女はまだ私を好きなのだろうか?
「兄上ではダメ? 私よりイケメンじゃないか?」
「知らないの? マヌエルは私を大嫌いなの。いいえ、あの人はきっと誰も愛さないし、好きにならない。あなた以外はね」
私は目を見開いた。兄上は私以外は誰も好きにならない?
「あの人は子供の頃からずっとあなたしか見てないの。私だって最初は彼に密かに憧れたわ。でも、彼は私を見ようともしなかった。本当に不思議だった。どうしてあの人があなたにしか興味がないのか」
ヴィヴィは立ち上がって、私の前に立って私の頬に触れた。
「本当は女だったなんて。それでも実の妹を愛してるだなんて、倒錯的だけど」
「実は兄上と私は実の兄妹じゃないんだ。兄上は亡くなった伯父夫婦の子供で」
ヴィヴィはその言葉にすごく驚いた様子で、
「そういうことだったの!? じゃあ、マヌエルは最初からそれを?」
「ああ、知っていた。私が本当はいとこだということも」
「でもあなたは私を好きだった。そうでしょう?」
確かにそうだ。私は彼女を好きだった。
男のままで、自由に相手を選べたら、結局は彼女を妻に選んだだろう。
「君を好きだったよ」
ヴィヴィは声を上げて笑い始めた。
「あははは!! 何だ、兄妹じゃなかったのね! そうだったの? ざまぁみろってこういうことを言うのね!」
ヴィヴィの様子からして、彼女は兄上を相当嫌いなようだ。
まあ、兄上のヴィヴィに対する態度を、間近で見てきた身としては、それも致し方ないとさえ思う。
「あれはシスコンの変態よ。あなたに近寄るもの全てを敵視して。子供の頃、どれだけ陰湿な嫌がらせされたか」
「何だって!?」
ヴィヴィの話は衝撃だった。兄上から面と向かってブスと言われたりするのは可愛いもので、無視されたり、おやつを盗られたり、靴を隠されたり、子供の考えつく嫌がらせは一通り受けたらしい。
その都度私が優しくフォローするので、ヴィヴィはますます私に入れ込み、兄上からの嫌がらせは酷くなる一方だったとのこと。
「どうして言わなかったんだ?」
「別に怪我とか、そこまで酷いことじゃないし。あの人、外面が凄く良いでしょう? 一見誰にでも優しいし。あいつがやったと言っても誰も信じてはくれなかった。それにあなたが余計に優しくしてくれるから、逆にそれが嬉しくて」
私は半眼で溜め息をついた。
この二人は子供の頃から私を巡って敵対してたのか。
「あいつは悪魔よ。あなたの為なら何でもやるわ。あなたが他の人を夫に選んだりでもしたら、相手を暗殺でもやりかねないわね」
冗談でも恐ろしいことを言う。私は思わず苦笑いだ。
「で、どうするの? マヌエルのこと」
「えっ?」
ヴィヴィはいたずらっぽい笑みを浮かべながら、聞いてきた。
「どうせマヌエルも夫候補なんでしょ? 彼と結婚しないの?」
「兄上と? それはヴィヴィとじゃ?」
彼女は優しく笑いながら、首を横に振る。
「たとえ私が受け入れても、彼が絶対にこの話を受けるとは思えない。あなた以外を妻にする訳ないじゃない。そうねぇ、たぶんどうしても断れなかったら、あなたを連れて逃げそう」
「国王陛下が相手の時、同じことを言ってた」
「ふふふ、やっぱりね!」
ヴィヴィは完全に面白がっている。
でも、彼女とこんな砕けた話が出来るようになるなんて、思ってもみなかった。
あんな気まずい別れ方をしたのに、彼女はとっくに吹っ切れているようだ。女の子っていつまでも過去を引き摺らないんだな。
「私で良ければいつでも相談に乗るわよ? もちろんマヌエル以外の人のことでも何でも話して」
「ありがとう、ヴィヴィ」
彼女は腕を伸ばして、私に抱きついた。
「本当にあなたが男だったらな〜! 私の理想の騎士様だったのに!! 」
私は彼女を優しく抱き締めた。
「私だって男のままなら、きっと君と結婚してたよ」
「あら、嬉しい。これからは親友ね?」
彼女は私の首に腕を回し、背伸びをして軽くキスしてきた。
「!!」
「これくらい構わないでしょ? ああ、マヌエルに見せつけてやりたい! きっとすごく悔しがるわよ?」
私達はそこで見つめ合い、お互い大爆笑した。
それから、私はいい加減温泉に入りに行くことにし、ヴィヴィも仕事に戻ると言うので連れ立って部屋を出た。
大浴場の入り口の前で、アレックスとユーエンと鉢合わせた。
「あれ? ジーン、お風呂まだだったの?」
「うん、これからなの」
アレックスは私と腕を組んでいるヴィヴィに気付き、誰何した。
「その子誰?」
「初めまして。ヴィヴィアン・リードです」
アレックスはヴィヴィの名前を聞いて、すぐに気付いたようだった。
「あ!! お兄さんの縁談の相手?」
「ジーンの元カノで今は親友でーす!!」
ヴィヴィはあくまでそこを強調した。
「どういうこと?」
私はアレックス達をヴィヴィに紹介して、簡単に彼らに経緯を説明した。
「マジで? お兄さんそんな酷いことを?」
「変態だから、あの人。本当にムカつくんだから」
二人は瞬く間に意気投合した。二人による兄上包囲網が確立されてしまったようだ。
「こうなったら、二人でとことんお兄さんを邪魔してやろうか?」
「いいわねそれ、凄く楽しそう」
どれだけこの二人に嫌われてるんだ、兄上は。
私は思わず溜め息をつく。
ユーエンは相変わらずのポーカーフェイスで我関せずだ。
「ヴィヴィ、とりあえずお風呂行きたいんだけど」
「あ、私も仕事に戻らなくちゃ」
アレックスとは後ほど話をするのを約束して、私はようやく温泉に入りに行くのだった。




