52 計画された再会に掻き乱される心
兄上に縁談? 王太后様が?
「おばあ様は、良かれと思ってのことだろうけど。結構、僕の周りでもおばあ様の世話で、縁談がいくつかまとまってるんだ。ていうか、やっぱり断り辛いよね。もちろんうまくいってる夫婦もいるんだけど」
まあ、大体の貴族なんて政略結婚が当たり前だからなぁ。
この国の王太后様の紹介なんて、いい縁談に決まってるし。
「ニコラスだって、話振られたことあるだろ?」
えっ、そうなの?
「ええ、先方の事情で破談になりましたが」
ニコラス様が苦笑いで答えた。
「何だっけ? 相手の令嬢が屋敷の使用人と恋仲で、子供が出来ちゃったんだよね。それで破談さ」
「うわっ!」
「裏では結構有名だよ。まあ、おばあ様はそれでニコラスには縁談の話をなかなか出来なくなったんだよね」
「ええ、まあ正直ホッとしてます」
そんな話、全然知らなかった。
アレックスはどれだけ事情通なんだろう?
「ほら、僕なんか脚が悪かったから、暇だし。そういう下世話な話を聞いて憂さ晴らしさ。趣味悪いだろ?」
「どこから仕入れるの? そんな話」
「上流の夫人が主催するお茶会とかよく行くんだよ。そういうとこで面白い話が聞ける」
へぇ。私は絶対行かないけど。
「まあ、お兄さんに振らない訳ないよね。妹は聖乙女、自分は聖騎士団長で今をときめくフォーサイス家の跡取り息子だもん。そんなのが独身だと聞いたら、おばあ様は張り切っちゃうだろうな」
そんなところで張り切らないで下さい!!
「まあ、こうと決まったらおばあ様に確認しよう。その方が早い」
すっくと立ち上がったアレックスは、力強い足取りでコテージを出ていく。
「君はどうするの?」
ニコラス様が私に尋ねる。
私にはとても直接聞きに行く勇気はない。
「王太后様といえど、無理に強要はしません。嫌なら嫌だと、はっきり言えば良いのです」
そりゃあ、ユーエンならはっきり言うかもしれないね。
「君と彼女の兄君とは立場も違うし、事情もね。そうはっきり断れるものでもないのだろう」
「私は嫌だとはっきり言いましたが?」
言ったんだ!!
「私の場合は、相手が隣国の姫でした。あちらは私が大公家の庶子だということも了承済みでしたが、私が婿入りしてゆくゆくは国王になれということでしたので、丁重にお断りを」
私は思わずむせてお茶を吹き出してしまった。
「大丈夫?」
ニコラス様が背中をさすってくれた。
隣国のこ、国王!? 話のスケールが違いすぎる。
私は気を取り直して尋ねた。ユーエンにそんな縁談話があったなんて、やっぱり気になる。
「どうしてそんな話に?」
「王太后様……おばあ様が詳細を隠して、先方と私達を引き合わせたことがありました。実は私は表立って紹介された訳でもないのですが、おばあ様の傍で控えていた私を見初めたそうで。本当に困ったものです」
見た目でか!! まあ、ユーエンの見た目は一線を画すよな。王子達ももちろんイケメンだけど。エキゾチックな容姿の彼がお姫様に気に入られたのも分かる。
でもそれをはっきり断るなんて。よく隣国と揉めなかったな。
「まあ、殿下達も割とはっきり嫌だと断りますよ。そんなもんです」
「あなた達は王太后様の実の孫だから、そう言えるんだよ」
私達では、とても断れない。
私だって聖乙女という立場でなく、単純に王子に求婚されたらきっと断れないだろう。いや、父上に強引に決められてしまうだろう。
今頃はきっと普通に王子のお妃だ。
そこにさっき出て行ったばかりのアレックスが息を切らして駆け込んできた。
もう確認してきたの!?
「やっぱりそうだった。おばあ様、お兄さんに縁談持ちかけてた!」
そうかもしれないと聞いてはいたけど、それが本当だと知ると、こんなにショックなものだとは思わなかった。
背筋がすっと冷たくなり、まるで指先まで痺れるような感覚がした。
「ジーン? 真っ青だ。大丈夫?」
「あ、うん。相手は誰なの?」
「おばあ様の母方の親戚で、リード伯爵家の令嬢だよ。年は十八、名前はヴィヴィアンだっけか?」
「!!」
名前を聞いて愕然とする。ヴィヴィアン!?
「そんな、兄上の相手がヴィヴィだなんて」
「まさか、知り合いなの?」
私は絞り出すような声で答えた。
「幼馴染で私の元カノなんだ」
「ええーっ!?」
さすがにアレックスも知らなかったか。
付き合ってたと言っても、実質すぐ別れてしまったし。
幼馴染としての付き合いの方が長過ぎて。
よりによって兄上の相手がヴィヴィだなんて。
正直、二人はあまり仲良くはない。
ヴィヴィは兄上をどうも苦手にしてたし、兄上はヴィヴィに優しかったけど、あくまでそれは表面上だけだ。今思うと。
「兄上と話した? 王太后様はなんて?」
「それが、おばあ様はノリノリなんだ。お兄さんは宿の従業員と何か話してて、話は出来なかったよ」
「私の夫候補だとは話さなかったの?」
「それが、何か言える雰囲気じゃなくて。でも話さないといけないよね?」
私は目をぎゅっと閉じた。兄上が王太后様になぜ、私の夫候補だと話をしないのか。
「それは兄上が自分で話さなきゃいけないんじゃないかな」
「お兄さん、ジーンのこと諦めるのかな」
アレックスがぼそっと呟いた。
「それならそれで、ライバルが減っていいじゃないですか?」
ユーエンはまるで他人事のようにサラッと言う。
こういうところ、彼はドライだ。
「彼に限ってそれはないと思うな」
ニコラス様は、兄上が私を諦める想像がつかないようだ。
「どっちにしろ、そろそろお風呂に行こうよ。マックス兄様達は、先に行っちゃったみたいだよ」
「え、そうなんだ」
それで私達は本館に戻ることにし、温泉にそれぞれ入りに行くことにした。
そういえば、この姿で温泉とかに入るのは初めてだ。
他の女性の宿泊客の姿も見える。さすがにちょっと緊張するな。
完全に自分の体が女性に体が変わってから、女性の裸を見てもどうこうということはないのだけれど、それでもやっぱり見るのも見られるのも恥ずかしい。
最近はだいぶ体の丸みも出てきて、胸も多少大きくなってきた気がする。
まるで第二次性徴を、大急ぎでやっているようで、自分の体の変化にも戸惑う。
アレックスが女の子なら、一緒に入れたのにな。
脱衣所まで来て、脱ぐのを躊躇っていると、
「えっ、ジーン?」
唐突に声を掛けられて、私は驚く。
オレンジがかった赤い髪、淡い水色の双眸が、まっすぐ私を見つめていた。彼女はなぜか従業員の制服に身を包んでいた。
「ヴィヴィ!?」
私が名前を呼ぶと、彼女は複雑な表情をした。
私にここで会ってしまったのが、少々気まずいようだ。
「どうしてこんなところに?」
「おじ様に頼まれて、夏休みはここでお手伝いを」
父上に頼まれて、つまりアルバイトに来てるんだ。
仮にも貴族の令嬢になんてことをさせてるんだ?
でも私はすぐ、それには意図があることに気付く。
つまり、彼女と兄上を引き合わせる為だ。
父上も何をしてるんだ? 私と兄上を結婚させてもいいような話をしていた癖に。
「あなたも来るなんて、知らなかったから」
学院で別れて以来、連絡すら取っていなかった。
彼女は私が表向き死んだことはもちろん承知だったろうけど。
「縁談のこと聞いたよ」
「そう」
彼女は目を逸らして、それ以上話さなかった。
ヴィヴィはこの縁談をどうするつもりなのか?
「で、この話受けるの?」
「こちらからは断れないわ。王太后様、直々に持って来て下さったお話だから」
ということは、ヴィヴィは受け入れるつもりなんだ。
私はどうにもたまらない気持ちになる。
何なんだ? この気持ちは?
「マヌエルはなんて? 話を聞いてる?」
「いいや」
兄上の返事が気になるのか。
「兄上とそもそも縁談の話をしていないから、分からないんだ」
「そうなの」
ヴィヴィは兄上のこと、どう思ってるんだろう?
「ここで話をするのは何だから、場所を変えないか?」
「だったら、私の部屋に」
それで、私達はヴィヴィの部屋に移動することになった。
いつもありがとうございます。
本編63話辺りで分岐予定です。分岐先でも数話続く予定です。一気に更新は難しいかもしれません。分岐先を複数載せてから、それぞれ更新していく形にしようかと思っています。ややこしくなりそうで申し訳ありません。
その前に54話辺りでもちょっと分岐するかもしれないので、分岐する場合は前書きにお知らせ致します。
次回もよろしくお願いします。




