49 波乱の予感? まさかの温泉旅行
ラファエルが来たところで、マクシミリアン王子が唐突に切り出した。
「早速なんだが、来週からこの面子で旅行だ。予定はとりあえずは一週間」
ということは、王子の予定の都合が付いたんだ。
「ラファエルの母親に会いに行く。えっと、マヌエルはあの時あの場にいなかったな。場所は、ラファエル詳しく教えろ」
王子が地図を広げて、ラファエルが詳しく位置を指し示した。
「ここ」
兄上はその場所を見て、少し驚いた。
「どんな偶然だ? ここはうちの領内だ」
ええっ!?
私は地図を食い入るように見つめた。確かにうちの領地だった。
「とりあえず、宿泊先はこちらで手配します。うちの宿が近いので」
宿なんていつのまに!?
私は初耳だった。
「なんでこんな山奥に宿?」
私が兄上に尋ねると、兄上は自慢げに教えてくれた。
「ここ、温泉が湧いてるんだ」
何だって!? まさかの温泉旅行ですか?
「鉱脈探しの一環で、数年前にたまたま温泉を掘り当てたんだ。だからついでに温泉宿にした。地味だけどぼちぼち儲かってる」
うわ、なんか生々しい話だな。
私は全然そんなこと知らなかったよ。
そして兄上は、ラファエルの事情を聞くと妙に納得していた。
「お前が色々詳しい理由は、そういうことだったんだな」
「……まあね」
「でも、さすがに聖騎士団長になったばかりの兄上が、城を離れるのはまずいのでは?」
「それについては考えがあるから、大丈夫だ」
マクシミリアン王子が兄上と目を合わせてそう言った。
また何かこの二人は企んでるんだなぁ。
「僕達はもう学校に行ってないけど、来週からだともう夏休みに入るね」
アレックスの言葉に、私はハッとした。
もうそんな時期なんだ。この夏の間にイヤでも相手を決めないといけない。出来ればこの旅行の間にでも?
うう、どうしよう? 本当に決められる?
「丁度皆揃ってるし、ここで一度決めておこう」
マクシミリアン王子が、改めて皆を見回した。
「ジーンのことなんだが、彼女は非常に今、デリケートな状態だ。それで、皆に通達する。抜け駆けは禁止だ。つまり、こちらから彼女に手を出すのは禁止で」
まさか王子その人が、そんなことを言うなんて意外だった。
弟君と一番を争って手を出してきそうな人なのに。
アレックスはさすがに不満そうな声を漏らす。
「そんなこと言われても。ジーン本人から迫られたらどうするのさ?」
私から!? それはないない。
「それはさすがに断れないなぁ。彼女から迫られたら、我慢する自信がない」
そう答えたのはマシュー王子で、なぜかラファエルまでそれに同調した。
「乙女から求められたら、応じるのが夫候補の役目だ」
そこまで皆に言われると、さすがの王子も折れるしかないようで、
「それに関しては咎めないこととする」
いや、でも私から? そんな、うーん。
でもこの前、確かにユーエンに迫ってしまったかも?
その前にキスされて、その気になってしまってた訳だし。
「じゃあ、ジーンに襲われるように頑張らなくちゃ」
アレックスが私に無邪気に微笑んでそう言った。
ええっ!?
マシュー王子まで、アレックスに張り合うように言い出す。
「それなら、私も負けない。彼女から、手を出してくるくらい本気を出そう」
どんな本気だ!?
「彼女はそんなはしたない人ではありません。もっと誠実に彼女と向き合う気はないのですか?」
ここでずっと黙って話を聞いていたユーエンが、ようやく口を開いた。
「ユーエンだって、ジーンに手を出してた癖に。人のことどうこう言えないだろ?」
「私は決められた以上、ルールには従います」
彼は私の方を見て、少し笑った。
うっ、やっぱり彼の笑顔はヤバイな。
「私もルールには従う。彼女の事情は聞いているし、やはり彼女の気持ちを尊重すべきだ。私達が自分の気持ちを強引に押し通して、彼女の気持ちをないがしろにしてはいけないと思う」
ニコラス様もそう言って下さり、私のことを大事に思ってくれているのが痛いほど分かった。
「真面目だな」
兄上がぼそりと呟いた。
ここまで珍しく黙っていた兄上。やっぱり何を考えてるのか想像がつかない。私にまだ何か色々隠してるようだし。
兄上のこと、ちょっとは気になるけどもう詮索はしないでおこう。
兄上に振り回されるのはたくさんだもの。
自立だ、自立!! 兄上からいい加減自立して、私は私の伴侶を選ばなければ!!
押し寄せる不安を吹き飛ばすかのように、私は前向きに考えることにした。
よし、この旅行の間に相手を決めよう。
私は選べるだけマシなんだ。
この国の貴族は、相手を勝手に決められてしまうのなんてザラなんだから。
本当にさっさと相手が決められたらいいのに。
つくづく自分の優柔不断さに腹が立つ。
「ジーン、大丈夫? さっきから何だか落ち着かないね」
アレックスが小声で話し掛けてきた。
彼には思わず本音で返してしまう。
「うん、私は自分で相手を選べるだけマシなんだなと」
「まあね、普通だと親に相手を決められてしまうのが大半だもんね」
でも、自由に選べるだけ悩みも増えるんだよ。
贅沢な悩みなのかもしれないけど。
「……もし、乙女がどうしても選べなかったらどうする気なんだ?」
ラファエルが痛い所を突いてきた。
……うう、それは。私は兄上の方をチラリと見た。
兄上は私を作ったような笑顔で見ていた。
私は引きつった笑みで兄上を見つめ返した。
そうだね、約束してたね? ちゃんと約束は守るから、安心してよ。そう心の中で呟く。
「どうしても選べないってことはありません。絶対に選ぶので、それは断言します」
「それは楽しみだ。この中から、必ず誰が選ぶんだね?」
マクシミリアン王子が念を押してきた。
「はい」
それから旅行に出発するまでに、色々なことがあった。
騎士団は大規模なリストラが敢行され、無気力な者はクビか左遷に近い配置換えになり、兄上はニコラス様に対して悪魔と呼ばれ、恐れられる存在になっていた。
国王陛下からは丁寧な謝罪があって、改めて求婚されてしまったが、その場でお断りした。
やっぱり、マクシミリアン王子とマシュー王子が夫候補な上、さらに父君である国王陛下まで加えるのはとても考えられないと。
うちの屋敷は新たに建て直すことになり、早くも工事が始まった。かなり時間がかかると聞いて、痺れを切らした兄上は、郊外に引っ越した某公爵家の屋敷を丸ごと買い取ってしまった。別邸として使うのだという。
今は、その別邸のリフォーム工事中で、終わり次第そちらに引っ越すことになっている。
ラファエルは通いで毎日来るようになり、なんだかんだでアレックスとも仲良くやっていた。
暇な時間は、城内の図書室に入り浸っているようだ。
私はニコラス様と剣術の稽古をしたり、乗馬をしたり、騎士時代と変わらぬ鍛錬を再開していた。体を動かしている方が、気が紛れる気がして。ただ、やっぱり体が以前より疲労を感じやすいというか、重たくなった気はする。一方で、魔力の高まりは強く感じるようになり、私が触れた物は綺麗に浄化されるようになってしまった。
汚れた服や水まで、意図して触れたものが何もかも綺麗になってしまう。ある意味物凄い便利だった。
驚いたのが、アレックスの脚まで完全に治してしまえたこと。
「最初から試せば良かった。怪我はとっくに治ってるから、回復魔法は効かないと思い込んでたんだよね」
「そうだね」
離れでの生活は思ったより快適で、ユーエンの手料理は食べられるし、ニコラス様が常に傍にいて癒されるし、王子達も時間があれば入り浸ってるし、ラファエルは寝てるし、アレックスと兄上は顔を合わせれば喧嘩していた。
あっという間に一週間経ってしまって、明日の出発に備えて準備していたら、突然兄上から聞かされた。
「この度の旅行に、王太后様も同行なさる」
いつもありがとうございます。
お話も佳境に入り、エンディング分岐の場所を探りながら書いている状態です。
手直しをしながら、少しずつ更新していくので、毎日更新は難しいのですが、なるべく頑張りますのでよろしくお願いします。




