48 新たな聖騎士団長と特別教師
翌日、久し振りの王城内は相変わらずで、ニコラス様の仕事の引き継ぎの為に騎士団の詰所に向かった私達は、やはりと言うか、元同僚達に引き止められる羽目になった。
「ユージーンからもどうにか言ってやってくれよ! ニコラス様がお辞めになるだなんて、俺達は誰に付いていけばいいんだよ?」
「ユージーンだなんて呼んだらダメだろ、ユージェニー様だ。ユージェニー様もニコラス様を説得して下さいよ」
正体を明かしたことで、気安い元同僚達だけど、私に対する態度は迷走中のようだ。以前と変わらぬ者もいれば、話しかけるのも躊躇っている者もいる。
色々面倒なので、元々私が女であることを隠して聖騎士をしていたことになっていた。
「それにしても、お前がこんなに美人だったなんて。やっぱり美人だからイケメンだったのか?」
「なあ、今からでもお前の夫候補になれないのか? やっぱり諦めきれない」
そんなことまで言い出す奴まで現れたので、さすがにニコラス様が黙ってなかった。
「彼女の夫候補になりたくば、私に挑んで勝ってからにしてもらおうか?」
それで皆、諦めざるを得ないのだった。
さすがにニコラス様と張り合おうとする者はここにはいない。
「後任の団長がお見えだぞ!」
とうとう来たか。
聖騎士の鎧に身を包み、青いマントを羽織って颯爽と現れた長身の人物。
その黄金に輝く髪、青い瞳、言わずもがな兄上その人である。
またその姿が、様になっていること。
私があれだけ必死に勉強して、ようやくなれた聖騎士に、なんの苦労もせず、しかも団長という立場に収まってしまうなんて。
まあ、何となく察しは付いてたけど、兄上は絶対に騎士なんかやらないと思ってた。
騎士団の精神とか、馬鹿馬鹿しいって言いそうだし。
「この度、ニコラス殿の後を受けて聖騎士団長を務めることとなった、エマニュエル・フォーサイスだ。あくまで代理なんで、ずっとやる気はないが、まあよろしく頼む」
代理とかやる気ないとか、最初から言っちゃダメでしょう!! ていうか、やっぱり代理なんだ。
「あれ、ユージーンの兄さんだよな?」
「ああしてると、ユージーンそっくりだな」
ざわつく騎士達を兄上は一喝した。
「静かに!」
手元の書類にさっと目を通しながら、騎士達に向かって宣言する。
「僕が団長になったからには、かなり合理的に改革を進める。ていうか団長に仕事が偏りすぎだろ? これもっと分担すべきだろ?」
ニコラス様はその兄上の言葉に苦笑いだ。
それから兄上とニコラス様は引き継ぎをして、ニコラス様は、団長の任をようやく解かれた。
兄上は早速、騎士達に仕事の指示を何やらしている。
その指示を聞いた騎士達は、驚きの声を何やら上げていた。
一体何を指示したのだろう?
「兄上、団長なんか本当に出来るの? てかよく引き受けたね」
「それに見合うだけの条件をちょっとな。マックス殿下がそれを約束したので、一時的という条件で引き受けた」
「何その条件て?」
「内緒」
またそれ? 兄上はすぐ私に隠し事をするんだよな。
「それより、今から離れに行くんだろ? 僕の後任の特別教師にイヤミを言いたいから行くぞ」
そう言うと、兄上はスタスタと先に行ってしまう。
え、団長の仕事は? いきなり職場放棄ですか?
ニコラス様は黙ってその様子を見ていたけど、少し笑って言った。
「君の兄さんはある意味凄い」
えっ!? 私には全く意味が分からないのですが?
私達はいきなり仕事をほっぽり出した兄上とともに、離れに向かう。私付きのメイド達が、既にこちらへ移って来ていた。
「ジーン様!! お久し振りです」
「お元気そうでなによりです。ジーン様に再びお会い出来て良かった」
「マヌエル様、そのお姿はどうされたのですか? 騎士姿、素敵です!」
メイド達は見る間に兄上を取り囲んで、質問責めだ。
元々彼女達は、私の騎士時代からのファンなのだ。
そりゃあ、兄上がそんな格好で現れたら、ちやほやもするだろう。
「ちょっと頼まれて引き受けただけで、すぐ辞めるから」
「すぐ辞めちゃうんですか? もったいない」
……すぐ辞める気なんだ。
離れの館は、私達が住むということでかなり模様替えがなされていた。以前来た時と、だいぶ様子が変わっていた。
王子達は既にこちらに見えていて、思い思いに寛いでいらした。私達の姿を認めると、マクシミリアン王子が声を掛けてきた。
「おはよう、マヌエルとニコラスは引き継ぎは済んだみたいだな」
「おはようございます」
「おはよう、ジーン。いや、お帰りかな? それにしても、マヌエルがそうしてると、ジーンかと一瞬錯覚しそうになる」
マシュー王子が微妙な顔で、兄上を見つめた。
「勘違いして襲わないで下さいね」
「誰が襲うか!!」
私は思わずその様子に吹き出した。
朝から何やってんの? この二人は。
「それで、マヌエルは早速アレを実行してきたのかい?」
マクシミリアン王子が、兄上に尋ねた。
アレって何?
「ええ、早速指示を出して来ました。今頃、皆てんやわんやです」
一体、何を指示してきたのだろう。分からなくてモヤモヤする。
「ねえ、兄上。一体どういうことなの? 教えてよ」
兄上はふふっと少し笑って、ようやく教えてくれた。
「騎士達に、何もするなと指示を出したんだ」
「はあ!?」
それってどうなの? 何でそんなことを?
そんなことをしたら現場が混乱して、仕事にならないんじゃ?
「お前、自分が騎士をしてた時に感じなかったのか? 真面目に仕事をする者、サボってばかりの者、要領の良い者、悪い者。騎士の仕事も様々だろう? 剣術に長けた者、魔法の得意な者、書類作成や地味な仕事が好きな者。そこで、あえて何もするなと指示を出す。どうなると思う?」
「うーん、何もしない人もいるかもだけど、やっぱり真面目に仕事をする人間もいると思う」
「まあ、実はちょっとしたテストをしている。どれが正解という訳でもないんだが、僕の指示通り何もしない者は、命令をきちんと聞くことの出来る者。但し、サボってフラフラしたり、遊んだりした者は減点。真面目に仕事をしてしまった者は、指示に従えない時点で減点だが、その仕事に対するやる気は買う。そんな具合だ。大体その三つのどれかだと思う」
「で、テストしてどうしたいの?」
「適材適所だ。現状、本人の希望で配属先が考慮されている。それではダメだ。能力ごとで分けないと。団長の負担が何せ大きすぎる。それは前の団長が有能過ぎて、全て自分でやってしまうからだ。それぞれの部署の長には話を通してある」
ニコラス様が、やり過ぎでしまってたのか。
彼を見ると、また苦笑いで私を見つめ返した。
「今までが保守的だったんだ。まあ昔からそうらしいし、仕方ない。出来るだけ能力の高い者をどんどん登用して、団長の仕事を分散させる。そして、使えない者は切る」
「えっ、クビにするの?」
「使えない者は、周りの仕事の効率が落ちる原因だ。この際、容赦なく切る」
リストラまでやる気だなんて! 確かに詰所にいた頃、先輩の何人かはサボってばかりで、私達に仕事を押し付けて何もしてない人もいた。私も残業してまで仕事をこなしていたっけ。
まさか、兄上はその為に団長を引き受けたの?
リストラなんかしたら、きっと恨まれてしまう。まさかニコラス様にそれをさせない為に?
「マヌエルは経営者としてやり手だからね。まあ、嫌な役を引き受けてもらったんだ。本人はそういうのは全く気にしないから」
そこまで分かっていて兄上に押し付けたのなら、マクシミリアン王子も相当なやり手だろう。
この二人は何だかんだでいいコンビなのだろう。
「おっはよう! 僕も来ちゃった、てへ!」
この声は!!
アレックスがユーエンを伴って現れた。
アレックスは杖をつきながらゆっくり私に近付いて、そのまま首に手を回して抱き付いて来た。
「朝のおはようのちゅー」
え、マジで? 昨日からもう遠慮ないな、この子。
朝から熱烈にキスされて、私は思わず固まった。
「あっ、このクソガキ!! ニコラス何やってんだ? 止めろよ?」
兄上が、慌ててアレックスを私から引き離した。
「ちょっとお兄さん、邪魔しないでよ!!」
「お前ちょっと調子こいてるよな? どんだけ図々しいんだ?」
この二人も相変わらずだなぁ。
そんなやりとりを見ていたら、メイドが来客を連れて入って来た。
え、誰?
その人物は、長身でスタイルも良く、緩いパーマのかかったような黒髪をした見知らぬ──あ!!
「ラファエル!?」
まるで見違えた。あのボサボサ頭が綺麗にセットされて、服も上質なシャツに長めのジレを合わせてまるでモデルのような着こなし。
綺麗な顔も露わになっている。青白くて、目の下のクマはそのままだけど。
「へえ。ちゃんとすれば、見れるもんだね」
アレックスが挑戦的な目で、ラファエルを値踏みしながら言う。
「……ご要望にお応えして。特別教師です」
まあ、こちらも予想は付いていたけど。




