47裏 プロポーズの裏で
再びニコラスさんとこの執事のバーナードさん視点の話になります。さらっと流して読んで下さい。
先程、お嬢様と坊っちゃまが、お嬢様のご実家のお屋敷から戻られたのですが、お気の毒なことにお屋敷は全焼だったらしく、お嬢様はとても落胆しておいででした。
焼け出されたご実家から兄君もお連れになって驚きましたが、その方がまた、お嬢様によく似ておいでで大変驚きました。
やはりというべきか、我が坊っちゃまに匹敵するであろう美貌。まあ、あの美しいお嬢様の兄君ですから、まあ当たり前なのでしょうが。
お嬢様が現れたことで坊っちゃまを諦めなければならず、意気消沈していたメイド達が、兄君を見てみるみる生気を取り戻したことには感謝でしょう。
しかし、フォーサイス家も曲がりなりにも伯爵家。メイド如きが到底嫁げる家でもないのですがね。
噂に聞くとこの兄君は相当なやり手で、瞬く間に落ちぶれていた、失礼、ご実家を盛り返しなさったとか。さすが、お嬢様の兄君でございます。
それにしても坊っちゃまは、いつお嬢様に迫るのか。
やはり私から口説き方をレクチャーすべきでしょうか?
お嬢様がお部屋に戻られた所で、私は坊っちゃまに声を掛けました。
「坊っちゃま、少しお話があるのですが?」
「どうした?」
私は恐る恐る切り出しました。
「お嬢様とは、どこまで?」
「どことは?」
もう、じれったい!! そんなだから、いつまでもお嬢様と仲が進展しないのです。
「キスはなさいましたか?」
「はあ!?」
坊っちゃまは、途端に真面目なお顔になり、私をご自分の部屋に引き入れました。
「バーナード、お前、今度は何を企んでいる?」
「企むなど、滅相もございません」
坊っちゃまのお顔は厳しく、私を責めるような口調でございました。私は全て坊っちゃまの為と、心を鬼にして色々画策しているのにです。
「ジーンに何かしたら、容赦しないからな?」
「そんな、とんでもございません。それより坊っちゃま、お嬢様は坊っちゃまをお好きなのでは?」
「ジーンが私を好きだと? 本当にそう思うか?」
私は頷きました。
「お嬢様は坊っちゃまとおられると、とても嬉しそうになされているのは事実でございます。坊っちゃまに好意をもたれておられるのは、間違いないと考えます」
そう答えますと、坊っちゃまは頬を赤く染められ、とても照れたご様子で、そうかと頷かれました。
本当のお嬢様のお心は、私では計り兼ねるのですが、こうでも言っておかなければ、坊っちゃまはその気にならないでしょう?
それにしても、本当にお嬢様をお好きなのですね。
何としても、この恋を成就して差し上げたい。
幼い頃から、見守ってきた坊っちゃまには、絶対に幸せになって頂きたい。
「坊っちゃま。女性は多少強引に迫られた方が、良い場合もございます。二人きりになられたら、チャンスです」
「結婚前に手を出せと? 彼女には誠実でありたいのだが」
「最後までなさるのは、結婚してからで良いのです。キスをするくらいは構いませんよ。むしろそれくらいはするべきです」
私が力説すると、坊っちゃまはうーんと唸られ、首を傾げられた。
「最後まではともかく、キスくらいは構わないのか……嫌われたりしないだろうか?」
「坊っちゃまに迫られて、嫌がる女性などおりませんとも。自信をお持ちになって下さい」
これで坊っちゃまがその気になれば、一気に結婚までお話が進むかもしれません。
私が坊っちゃまの部屋を後にすると、それはもう屋敷中のメイド達が、入れ替わり立ち替わり客室に出たり入ったり。あそこは、お嬢様の兄君のお部屋。うーん、さすがに露骨過ぎでしょう。
まあ、うちのメイド達の細やかな夢を砕いたのは私の一言なんですが。それにしても、メイド達の変わり身の早いこと。つい先日までは、坊っちゃま命だったのに。
兄君にはお気の毒ですが、坊っちゃまがお嬢様と二人きりになる為にも、メイドがいない方が何か都合がよろしいので、しばらく囮になって頂きますか。
お、お嬢様がお部屋から出ていらしたぞ!
そのまま兄君のお部屋へ入られる。まあ、無理もありませんか。今日はお二人のご実家が火事で燃えてしまわれた。これからのことも含め、積もるお話しもお有りになるでしょう。
あ、メイド達が出て参りました。さすがにお嬢様の手前、兄君にベタベタする訳には参りませんか。まあ、兄君も相当お疲れでしょう。今夜はゆっくりお休みになって頂きたい。
しかし、お嬢様はしばらくしてもお部屋から出て来られない。これでは、坊っちゃまとイチャイチャするお時間がなくなってしまうではありませんか!!
一体兄君と、何をお話されておられるのか。
私はドアに近寄り、お部屋の中の声に耳をそばだてます。
するとお二人の会話が聞こえてきました。
「ジーン、もう決めないか?」
「何を?」
「僕と結婚しよう」
な、何ですと!? 結婚!? お二人はご兄妹では?
この国では兄妹では結婚は出来ません。一体どういうことなのでしょう? まさかお二人は近親相姦のご関係!?
これは、もっとお話をよく聞く必要がございますね、
「あまり時間がないのも分かってる。お前が迷っていることも。だったら僕でもういいだろう? 約束したじゃないか。誰も選べなかったら僕を選ぶと」
「まだ、この夏の間に決めるから。それまで待って」
「バーナード様」
私が必死でお二人の会話を盗み聞きしていると、一人のメイドがやってきて、何やら私を呼びます。
気が散るでしょうが!!
「それが、お城から王子様がお見えになられて」
この時間にですか? 王子様がお見えなら、さすがに無下には出来ません。
「とりあえず応接間にお通しして、坊っちゃまを」
メイドは頷いて、坊っちゃまを呼びに行きました。
私はすかさず、お二人の会話に集中します。
「そんなにすぐ決められるのか? お前は誰か特別に好きな相手がいるのか? いないんだろ? だから決められない」
なかなか衝撃の内容でございます。お嬢様は相手を決められずに迷われている。誰も選べなければ兄君をお選びになる。
聞き捨てならないのは、お嬢様に特別な好きなお相手がおられぬとお話をされているところ。坊っちゃまのことはお好きではないでしょうか? いえ、そんなことはないはずなのですが。
ドン! とドアに何かぶつかる音がして、私は思わず少しびっくりしてしまいました。ますます声がドアの近くから聞こえます。
「僕のことが嫌いか?」
「そんなことはないよ」
「じゃあ、好きか?」
「……好きだよ」
な、何ですと!! これは由々しき事態!!
お嬢様は実の兄君を愛しておられるのか? それはまさに禁断のご関係。神に背く行為です。
「お前が僕を拒めないのを知ってて、手を出す僕は卑怯者かもしれないな」
これにはさすがに黙って聞いてはおられません!!
このままでは、お二人は一線を越えられてしまう。
坊っちゃまの為にも、お嬢様には坊っちゃまを選んで頂かねば。
私はドアを思いきりノックをしました。
「はい?」
やや不機嫌そうな兄君の声。ざまぁみろであります。
お嬢様にこのお屋敷で手を出そうなどと、許されるのは坊っちゃまのみです。
ドアが開いて、兄君とお嬢様がお二人、案の定微妙な距離で立っておられました。
「夜分失礼します。お客様がお見えですので、応接間の方へお越し下さい」
お二人ともびっくりした顔を見てなされたので、私は事実をそのまま告げました。
「お城からお見えです」
「着替えてから参ります」
「承知致しました」
お嬢様がそう仰って、お部屋から出ていらっしゃいました。
無事にお部屋に戻られるのを確認して、ようやく私は安堵しました。
この兄君は危険です。私の本能がそう告げました。
チラリと兄君に視線を流すと、それはそれは不機嫌そうなお顔をなさっておいででした。普段は優しげな雰囲気ですのに、これは裏のある方とお見受けしました。一筋縄ではいかない、そんな方でしょうか。
これではメイド達が束になっても、見向きもされないでしょう。
私は先に応接間に向かうことにしました。一刻も早く、坊っちゃまにこの事実をお伝えせねば!
それにしても、まさかあのご兄妹がそのような関係だとは。
お二人は既に恋仲なのでしょうか? これは今後一層、お二人を注意深く見守る必要がありそうです。
必要があれば、今日のように妨害せねば!!
何よりも我が愛すべき坊っちゃまの為にも




