45 図書館司書の語る真実【後編】
「さて、どうしようか? 目の前に聖乙女の息子がいるが、その正体がダンピールときた。これは由々しき事態だ」
マクシミリアン王子が、腕組みしながら言い出した。
その表情は完全に事態を面白がっている感じだ。
「俺を捕らえる? 一応、聖乙女の夫候補なんだけど?」
王子は悠然とした様子で、ラファエルを見下ろしている。
「一つ聞くが、自分の正体を明かして、捕らえられて殺されることは考えなかったのか?」
「……それはあんまり。まあ、俺を殺すよりは利用した方が価値があると思うけど?」
私はその二人の会話を、息を呑んで見つめていた。
こうして見て話をしている限り、ラファエルはそんな危険な存在じゃない。
「まあ、確かにそうだな」
正直言って、王子がラファエルをどうこうするとも思えないけど、仮にも彼は王太子だ。
「一つだけ確認させてくれ。お前の母親は、生きてるのか?」
「!!」
先代は、亡くなったと聞いている。それはこの国の国民なら誰もが知る事実。
ラファエルは頭をぽりぽりしながら、欠伸を噛み殺した。
相変わらず、緊張感ないなぁ。
「さすがに鋭いな。まあ、俺がダンピールな時点で察するか。そうだよ、俺の母親は生きてる。いや、一度は死んでるのか? 何せ今や立派な吸血鬼だからな」
な、何だって!?
先代が吸血鬼になってるだって?
「それってどうなの? ヤバイんじゃ?」
アレックスが不安げな声を出した。
私は、彼を安心させようと肩を抱き寄せた。
兄上の助けに応じて、私に呪いをかけてくれた人が、悪いものになるとは到底信じられなかった。
「安心しろ、俺の母親はむやみに人を襲ったりはしない。きちんと対価を支払って、血を手に入れているだけだ」
その言い方だと、ご両親とも健在!?
「俺の母親は、好奇心が旺盛な女でな。単純に聖乙女の役目を果たそうなんて考えなかった。俺と同じで、どうしてこんなことをしなくてはいけないのかと思ったらしい。寿命のことを先代から聞いて、独自になんとかしようと色々調べたらしい。その過程で俺の父親と知り合い、ある実験をした」
ま、まさかそれって?
「吸血鬼に一定以上吸血されるともちろん失血死するが、相手の血を受ければ、その眷属として復活するんだ。それをまあ、自分で試したんだ。ただ、母親の場合は失血死でなく寿命でだが」
つまり寿命で死ぬ前に、吸血鬼として復活する条件を整えていたと?
「ちょっと待て。そうしたら、お前はいつ生まれたんだ?」
マクシミリアン王子が突っ込んで聞く。
確かに死んで吸血鬼になってから産んでたら、完全な吸血鬼なんじゃ?
「……もちろん吸血鬼になってからだ。でも俺は日光だって平気だし、吸血する必要もない。だからダンピールだろ?」
「そういうものなの?」
ラファエルはうーんと考え込んだ。
「……そうなんじゃね?」
うわ、軽っ!! 何だか自分のことは適当だな。
「で、結局どうする? 俺を捕まえる?」
王子は首を横に振った。
「先代は既に亡くなっている。だから子供は産めないし、子供は存在すらしない。だからお前はお咎めなしだ」
「へえ、マックス兄様も粋なこと言うね、偉い偉い」
アレックスが感心した様子で、マクシミリアン王子を褒める。
王子は何だか複雑な表情で、私を見た。
「これでいいか?」
もしかして私の為? そりゃあ、ラファエルの知識はこれからの私に必要だし、先代が生きてるなら会ってもみたい。
「ありがとうございます」
「ちぇっ、また、ライバル増えたじゃーん!! もうジーンに夜這いでもかけちゃうかな」
「アレックス、冗談でもやめておきなさい」
いつものように、ユーエンに窘められて、アレックスは私を潤んだ瞳で見た。
「僕と結婚して、今すぐに」
えっと、どうしようかな?
私が苦笑いしていると、
「その身長差じゃなあ、どっちが花嫁で、どっちが花婿なんだ?」
王子が私達を眺めて言う。
うう、確かに身長差が気になるかも。
私の夫候補達は、みんな大概私よりも背が高いけれど、アレックスに限ってはそうではない。まあ、彼は二つ年下でまだ成長期だから、そのうち伸びるとは思うのだけど。
まだまだ十センチ以上低いもんな。
お兄さんのユーエンはすごく背も高いしね。
「ジーンの背が高過ぎなんだ!!」
ガーーーーン!!
そりゃあ、私、こないだまで男だったし。身長までは縮まなかったんだから仕方ないじゃないか!!
そりゃあ、こんなデカイ女って、可愛げがないでしょうよ。
モデルやバレーボール選手かってくらいの身長だけど、この世界じゃ、さすがにデカ過ぎるもの。
身長を測る概念がなくて良かった。数字で知ったら、きっともっとガッカリするから。
「そうだ、ラファエル! お前はどうなんだ? ジーンよりチビだったら、笑ってやるぞ?」
ラファエルはずっと座り込んでいるし、立っても物凄い猫背だから、そういえば身長はどんなものなのだろう?
ラファエルは仕方ないといった調子で、ゆっくりと立ち上がった。背筋をすっと伸ばした彼は、ゆうに私よりも高い。
「げっ!!」
ショックを受けるアレックスに、ラファエルは白い歯を見せて、ニッと笑った。
そんなんで争わなくてもいいのに。
「お前、その前髪なんとかしろよ、鬱陶しいんだよ。ジーンの相手になるんだったら、少しは見た目も気にしろよ」
いちゃもんつけ始めた!!
確かにラファエルの見た目は酷い。服もシワシワのよれよれで、足元はなぜか裸足でサンダルだし。
まあ、それが彼の個性なのだろうけど、もうちょっと見た目を気にしてもいいのかな? せっかく背も高く、顔も綺麗なのだから。
「……いいのか? 俺がちゃんとしたら、乙女は俺を選ぶと言い出すかもしれないぞ?」
「ジーンは別に顔で相手を選んだりしないもんね」
もう子供の喧嘩だ。
いつもアレックスと兄上がこんな風に喧嘩してたな。
兄上、どうしてるだろう?
「ジーン、どうした?」
アレックスが心配そうに私を見ていた。
「ううん、何でもない」
やっぱり後で家に電話だけしておこう。
それより、ラファエルのお母さんに、先代に会えるなら、聞きたいことがたくさんある。
「ねえ、ラファエル、お母さんに出来れば会いたいのだけど」
「……え、ひょっとして結婚の挨拶? それなら大歓迎で会ってくれると思う」
「だから、どうしてそうなるんだ!?」
アレックスのツッコミに、ラファエルは全く動じない。
「母親は地方にいる。山奥で隠遁生活で、基本連絡は取れない。どうしても会いたいなら、こちらから出向くしかないけど?」
山奥で隠遁生活? まあ、表向き亡くなってる人だし、さすがに人目につく場所で生活は出来ないだろうし。
「会うよ。会いに行きたい」
ラファエルは頷いて、ポケットから一枚の紙を取り出すと、そこに何やら書き始めた。
「母親の所在地と俺の家の電話番号。行くなら連絡をくれ。俺も一緒に行く」
「日程の都合を付けて、私も同行しよう。お前達はどうする?」
王子がすかさず同行を申し出て、アレックス達も同調した。
「もちろん行くよ」
「ジーンの護衛として、行かない訳には」
ニコラス様もいつもの優しい笑みで同意してくれた。
行き先は相当の山奥だ。これはちょっとした旅行になりそうだった。
いつもありがとうございます。
二日ぶりの更新になってしまいました。
こっそり更新しておきます。
なかなか時間が取れなくて。でも頑張ります!
次回もまたよろしくお願いします。




