44 図書館司書の語る真実【前編】
「彼女の夫候補の一人が、どうも聖乙女の息子らしいのです」
そのニコラス様の言葉に、一同皆が仰天した。
「誰だ? そんな話は初耳だ」
「ほら、図書館のラファエルです。あの前髪の長い」
マクシミリアン王子は、すぐさま思い出したようだ。
私と兄上と三人で図書館に行った時に会ったもの。
「ああ、あの変な奴な」
「あいつか!! 今さら出てくるのか〜。もう出てこなくていいのに!!」
アレックスは敵意丸出しだ。まあ、これ以上ライバルを増やしたくはないのだろう。
「見た目の問題より、もっと違う問題があって」
どう説明して良いか、悩む所だ。
「詳しいことは、本人に会って聞いた方が早いと思う」
ここでラファエルのことをどうこう言うより、本人に会ってもらう方が早いと思った。
それで、大人数でなんだけど、その場にいた全員で図書館に押しかけることになってしまった。
車と馬車でそれぞれ分かれて向かい、現地で合流した。
「図書館て久しぶりだ」
アレックスは小さい頃以来らしい。
館内に入ってすぐ、相変わらずの壮観な天まで届きそうな書棚を見上げて、彼は感嘆した。
「凄いね、上の方まである」
まああれは移動式の階段があって、取るものらしいけど。
興味津々で辺りを見回すアレックスと違い、大人の方達は皆が慣れているのか落ち着いた様子だ。
私はカウンターに向かい、ラファエルを探した。
残念ながら姿は見えないので、そこにいた職員に彼の所在を尋ねた。
「ラファエルですか? 上のフロアだと思います」
「ありがとうございます」
皆の所に戻って、上のフロアにいるらしいことを告げた。
「何だ、名前を名乗って、呼びつければいいのに」
案の定、王子はそんな感じで、こちらから出向くのが明らかに面倒そうだった。
「一応、公共の場所ですから。あまり目立ちたくないですし」
そう言う私だけど、それは無理な相談だったかもしれない。
変装を全くしてこなかった、赤い髪、エメラルドグリーンの瞳のマクシミリアン王子。王都内だと、その目立つ髪だけで正体がバレることも少なくない。彼の赤い髪は、それだけ稀少で綺麗な色だからだ。
そして、言わずもがなこの国の一番の剣士でもある聖騎士団長のニコラス様。今日はわりとカジュアルな普段着だけど、どう見ても庶民にはないオーラ満載だ。色味の薄い、ミルクティー色の髪に、白金のメッシュの入った髪色は天然らしい。そしてその紫の瞳は彼以外には見たことがない。
ただそこにいるだけで目立つユーエンは、黒髪に濃い深緑の瞳に銀縁眼鏡で、その整った容貌は異国人な見た目もあって殊更に人目を引く。やっぱり王族だけあって、どこかしら気品すら感じられる。
その脇にいるアレックス。珍しい銀髪と紅い瞳との組み合わせが本当に綺麗で、化粧をしていなくても、彼が本来整った顔をしているのが分かる。どう見ても白皙の美少年で、典型的な王子様な容姿とも言える。
そして私は、よく人から言われることをそのまま並べると、流れる柔らかな金髪に海の色をした青い瞳、色白でスラリとした高い背のスタイルの良い美人だそうな。私の金髪は、明るい黄味の強い色で、わりと暗い髪色の人間が多いこの世界では目立つ。
いや、今は地毛に似せたカツラなんだけどね。
ていうか、私の周りの人、ほぼみんな飛び抜けて整った容姿なんですけど? まあ、そういう設定なのだから仕方ないといえばそうなのだけど。
そんな人物達がぞろぞろと図書館に現れたのだから、目立たないはずもなく。
ざわざわと辺りが騒がしい。
私達が否応にも注目されてるのが分かった。
「兄様が変装してこなかったから、バレてるんじゃないの?」
「上のフロアにさっさと移動しよう」
王子に続くようにして、私達は上のフロアへ。
二階のフロアもまた、その広さは圧巻で、書棚の数も一階に負けないくらいだ。
この世の本が全て集められているようにも感じる。
「さて、ラファエルはどこだ?」
辺りを見回しても、その姿は見えない。
図書館で大声で呼びながら、探す訳にもいかないし、これを探すのは骨が折れるな。
「手分けして探すか。ボサボサ頭の前髪で顔の隠れた変な奴を探せ」
変な奴って、まあそうなんだけど!!
王子が指示を出して、皆それぞれが散って探し始めた。
私と王子以外は彼の顔を知らないけれど、あの説明があれば問題ないだろう。
「ねえ、ジーン!」
するとアレックスが小声で私を呼んだ。
「ねえ、もしかしてこいつかな?」
呼ばれた方へ行くと、読書スペースの角で、雑誌を顔の上に乗せて、完全に眠っている図書館の制服を着た人物がいた。
ああ、これだわ。
私は顔の上の雑誌を取っ払って、名前を呼んだ。
「ラファエル」
思ったよりすぐ反応があって、彼は身を起こした。
相変わらずのボサボサ頭によれよれの格好だ。
いつも寝てばかりだから、こんなに服がよれよれになるのだろえか?
「……お、昨日の今日で会いに来るなんて、俺と結婚する気になった?」
「何コイツ、殴っていい?」
ラファエルの第一声を聞いて、アレックスが拳を握りしめた。
私はそれを窘めて、ラファエルに矢継ぎ早に質問をした。
「あなたは一体何者なの? もしかして人ではないの?」
彼はじっと私を見ると、首を傾げた。
「……俺が、人かそうでないかが気になる?」
こちらの質問の意図を理解しているようだ。
それなら話が早い。
「連れが他にもいるんだろう? 全員呼んで来い。それから説明してやる」
それで私は、皆を呼んでラファエルの前に集合させた。
「やあ、ラファエル。まさかお前がジーンの夫になりたがるなんて思いもしなかった」
「血のせいかな、どうも惹かれて仕方ない。あんたもそうだろ?」
血のせいで惹かれる?
「……まず、俺が何者か気になるようだから、説明しておく。簡単に言うと、俺はダンピールだ。つまり吸血鬼のハーフ」
それはこの世界での上級の魔物である吸血鬼の血をひく子供。
吸血鬼の特性と人間の特性の両方を併せ持つ。
何となく予想してたけど、やっぱりそうだったんだ。
「父親が吸血鬼なのか?」
「そうだ。だから母親は表向きは別の人間と婚姻した」
上級の魔物は知性が高く、人に対して敵対しているものが多く、人を襲うのが大半だ。吸血鬼は人を襲ってその血を啜る。
だが、たまに魔物の中でも、人と交流をもとうとする例外もいる。
彼の父親はその稀有な例なのかもしれなかった。
魔物と通じたら、過去には処刑の事実もあったという。
だから、実の父親とは結婚出来なかったんだ。
「まあ、とにかく聖乙女が何なのかから説明した方が良さそうだな」
ラファエルは私達を見回して、長い長い話を始めた。
「そもそもどうしてこの国は、聖乙女がいないと国が荒れる? 作物が育ちにくくなるんだ? おかしいと思わないか?」
言われてみればそうだ。この国以外ではそんなことはない。
「聖乙女は、本当はそんな大層なもんじゃない。ただの神の力を反映させるだけの、器なんだ」
ラファエルは、床に直接チョークの様なもので、図を描いて説明しだした。
箱のようなものを描いて中を塗りつぶしていく。
「器は使っていればそのうち壊れるだろう? 中の物がその容量よりも大きければ、その負担もでかい」
「要は中身の容量と、実際の容器のサイズが合ってないってこと?」
「そうそう」
「子供を産めば、容器が新たに増えて中身も多少移るから、だから元の容器も無事という訳だ。簡単だろ?」
それで人並みの寿命になれると。
「まあ、ことの発端は一人の神と、そういう契約をしたバカな国王がいたせいだ。その国王が安定した国の繁栄を望むと、その神は自分の力を反映させるだけの聖なる魔力を持った娘を所望した。その娘が健在な限り、繁栄を約束するとね。だから娘は子供を産んで、代々能力を継いできた。まあ、その能力がまた遺伝しにくいんだ。両親共に能力者なら確実に遺伝するんだが」
「ちょっと待って、私と先代は血縁じゃないけど?」
「ずーっと辿ればみんな血縁。初代からずっと血が繋がってるはず。だから、お前の家は血族結婚してたんだろ? 初代の直系の家なんだから」
そういうことだったんだ。
「実は俺達も全員どっかで血が繋がってる。だから惹かれ合うんだ。なんかよく分からんが、そういう仕組みらしい。だから聖乙女は、代々血縁」
元々初代は王女だったらしいから、そりゃあ、王家と血は繋がってるだろうけど、ここにいる全員が血縁? まあ、充分あり得る話だった。
「お前はその仕組みの中の一部なんだ。それをぶっ壊すには、その契約した神に契約破棄を申し出るしかないだろうな」
「そんなこと出来るの?」
「契約したんだから、破棄だって出来るとは思うんだが。もう何年も方法を探してるけど、まだ見つからない」
「まさか禁書を読みたいのって」
「もちろん、その方法を探る為」
マクシミリアン王子が、ここで声を発した。
「お前の母親は聖乙女だったのだろう? そしたらお前も禁書を読める時期があったはずだが?」
基本、聖乙女が亡くなれば、その家族の身分も準王族ではなくなってしまう。
「俺は正式に子供として認められていない。だから俺の母親は子供を産んでいないことになっている」
え? どういうこと?
三代前の息子じゃないの?
「俺の母親は、先代だよ。まあ、今の国の荒れっぷりは、ぶっちゃけ俺の母親のせいかもな」
先代の息子なの? 私とアレックスに呪いをかけた?
「三代前の息子だと思った? たまたま名前が同じだけ。母親があやかってそこから付けたからな」
そうだったんだ。一つの謎がはっきりしたところで、私は常々疑問に思っていたことをぶつける。
「ねえ、聖乙女の代替わりってどういう基準なの?」
「まあ、子供を産めば能力は半減する。聖乙女ってほぼ軟禁状態で自由も大してないからな。次代が見つかれば、さっさと退任しちまうもんだ」
私の他に誰か見つかればいいのに。
本当にヒロインがいれば良かったのにな。
ここでアレックスが口を挟んだ。
「ねえねえ、ひょっとして、聖乙女が何人も現れるという事態もあったの?」
ラファエルは、これにも分かりやすく答える。
「もちろん、別に当代にたった一人って訳じゃないからな。何度も言うが、聖乙女はただの器、うーん要はアンテナみたいなもんなんだ。複数いた場合でも、どのみち一度は聖殿に入る事になるから、結局は同じだがな」
なんだ、結局は役目から逃れられないのか。
思わずついた深い溜め息に、ニコラス様が少し笑って肩を叩いて慰めてくれた。
「そもそも聖殿のシステムが分からないんだけど」
アレックスの疑問に、ラファエルがまた図を描いて、丁寧に教える。
これは私は兄上に聞いた。
元々、最初に神と契約した当時に酷い干ばつがあって、聖乙女が枯れた泉に触れたら、そこからこんこんと水が湧き出して、国内に広がっていったと。そこの泉の上に建てられたのが今の聖殿で、その聖殿から湧き出る水が流れ出てこの国の大地を潤し、作物を育ててるんだと。聖乙女はその水に聖なる力を注ぐ為に聖殿に住んで、ずっと祈りを捧げるのが本来の役目だと。
今は聖殿に私がまだいないので、作物が育たないのだ。
それなら、とっとと聖殿に入れと言われれば元も子もないのだけど、聖殿は一度入ったら、基本出られない。その役目を終えるまでは。
だから今はほんの少しの猶予の時間。自身の寿命を伸ばす為にも、次代に繋がる子供を残す為にも、夫を探す貴重な時間なのだ。
ラファエルが最後にその言葉で話を締めた。
「……まあ、現状出来ることは、とっとと子供作れってこと」
それ言われるともう、私は赤面して俯くしかない。
私の周りは、全員夫になりたい人ばかりなのだから。




