43 聖騎士団長辞めるって本当ですか?
お昼過ぎまで寝ていた私は、慌てて飛び起きた。
メイドも誰も起こしてはくれなかった。
もちろん、気を使って寝かせてくれていたのだと分かる。
仮にも居候中の身なのに。恥ずかしい。
用意されていた着替えの白のワンピースに袖を通し身支度を整えていると、部屋のドアをノックされた。
返事をすると、ニコラス様が顔を出した。
「起きたかい?」
「すみません、こんな時間まで寝てしまって」
「私も少し前に起きたばかりだから」
二人で連れ立って、遅くなり過ぎた朝食いや昼食に向かう。
「義姉上は突然、急用が出来たらしく、先程出掛けてしまったんだ。君と約束していたのに、申し訳ないと謝っていたよ」
「そうだったんですか。残念です」
ニコラス様は歩きながら、言いにくそうに切り出した。
「今日は食事が済んだら、大公家に行こうと思う。殿下と話をしないといけない」
やっぱり、いつまでも避けても通れない。
アレックスに誤解というには図々しいけど、ちゃんと話をして謝りたかった。
「大丈夫?」
私が考え込んでいたので、ニコラス様に気を使わせてしまったようだ。この人はいつもどの部下に対してもそうで、私達はついつい甘えてしまうのだ。
この人のように、自然と気遣いの出来る人間になりたい。
そうすれば、アレックスをあんなに傷付けずに済んだのかな?
……無理だな。がっつりユーエンとキスしちゃったし。あれは弁解の余地なんかないや。
知らず知らずについた溜め息に、ニコラス様が苦笑しながら言った。
「大丈夫さ。きっとなるようになるから」
それから私達は食事を済ませてから、馬車で大公家へ。
実際、大公家の門をくぐると、昨日飛び出したばかりなのに、もう数日帰っていないかのような感じすらした。
気持ちの問題なのか?
そういえば、兄上はこちらに戻ってるのかな? 顔を合わせるのは気まずいんだけど。
「行こう」
馬車を降りて、ニコラス様と玄関から入る。
広いエントランスで、何とアレックスが待っていた。
白いシャツに黒のリボンタイ、下は短めの黒のハーフパンツでちゃんと男装──いや男の子の格好をしていた。
「お帰り」
少し照れた様子で、私と視線は合わせないけどそう言ってくれた。その仕草が何とも歯痒くて可愛らしい。
「ただいま」
私はたまらず彼をぎゅっと抱き締めた。
「ごめんね。あなたを傷付ける気なんかなかった」
「僕の方こそごめん。君の事情も知らなくて」
アレックスはそう言うと、私の首に腕を回した。
綺麗な紅い双眸が、真剣な熱を帯びて煌めいた。
「君が好きなんだ」
そして背伸びをして、私にキスをした。
えっ、今ここで!?
「んー」
なかなか離して貰えず、私はただ呆然とキスを受け入れていた。
「こらこら、いい加減にしろ」
どこからか姿を現したマクシミリアン王子が、アレックスを私からようやく引き離した。
「マックス兄様が、キスしろって言ったんだろ?」
「言った。悔しいなら、自分もキスすればいいと」
まさかあなたの差し金ですか?
「殿下、お戯れが過ぎます」
ニコラス様が苦笑しながら窘めた。
「何だニコラス、私に意見するのか。お前はどうだ? ジーンにはもうキスしたのか?」
するとニコラス様は耳まで真っ赤になって、取り乱した。
「そ、そんなことは!!」
「ふーん、まあ堅物のお前が、そう簡単に元部下に手は出せないか」
マクシミリアン王子は意地悪そうな笑みを浮かべた。
この人はもう! いつもこんな感じなのだから呆れる。
実際は頬に軽くキスされたくらいなんだけど。
「それよりジーン、マヌエルと喧嘩したんだって?」
「ええ、兄上は? ここに?」
マクシミリアン王子は首を横に振りながら答えた。
「マヌエルなら出てった。今頃は実家じゃないか?」
実家か。後で電話してみるか。
「あいつにも困ったもんだ。一応ジーンの護衛のくせに。まあユーエンが連れ出したのが悪いんだが、何はともあれニコラスが保護してくれて良かったよ」
「そのことなんですが、彼女の護衛に私を復帰させて頂く訳にはいきませんか?」
マクシミリアン王子は、腕組みして少し考え込んだ。
「聖騎士団長のお前をか。今、ジーンは城に滞在している訳じゃないしな。……うーん、あ! 名案が浮かんだぞ」
何だろう、なぜかあんまりいい予感がしない。
「ちょっと、電話してくる。居間で待っててくれ」
「分かりました」
私達は、王子に言われた通り居間に移動した。
そこでしばらく待っていると、お茶を運んできたのはなんとユーエンだった。
「え? 帰ってきてたの?」
「私がいないと、この家のことが回りませんので」
昨日の今日で気まずい。あんな形で彼の所を飛び出してしまったから。
「おばあ様に怒られた。僕もユーエンもね」
さすがは王太后様だ。二人ともどんな風に怒られたんだろう?
「おばあ様、ユーエンのアパートメントに乗り込んだんだ。弟を泣かせるなんて何してるんだって。僕もゲンコツされたけど」
アレックスはそう言うと、ゲンコツされた所を見せてくれた。確かにちょっと赤くなっている。
私は苦笑いするしかない。兄弟喧嘩の原因は私だもんな。
「ジーンは罪な女だよ、本当に。みんな君のことが好きになっちゃうし、君もみんなにいい顔をするから」
うっ、八方美人な自覚はさすがにある。
もう、本当に穴があったら入りたい。
「ごめん、君の意思ではどうにもはならないことだって聞いたから。でも、本当にまだ誰か一人に決められないの?」
「この夏の間には決めようと思う。決めないとダメなんだ」
この言葉に、その場にいた全員が反応した。
「本当に?」
「ここにいるのは、全員がライバルだ。恨みっこなしだぞ?」
そう言って部屋に入ってきたのはマクシミリアン王子で、何だかご機嫌だった。
「そうだニコラス、お前は聖騎士団長辞めていいぞ。ジーンの護衛をやれ」
「ええっ!?」
そんな!? ニコラス様が私の護衛をする為に聖騎士団長を辞めるだなんて。
「それは、後任が見つかったということでしょうか?」
当のニコラス様は冷静で、マクシミリアン王子に問う。
「そうだ。とっておきの人材だ。あれなら文句は出まい」
なぜだろう、やっぱり嫌な予感しかしない。
「まあ、明日から正式に任命して、任務に就いてもらう。明日業務を引き継ぎに行ってくれ」
「分かりました」
「ニコラス様、ダメです!! 聖騎士団長を辞めるだなんて。あなたは私達の目標で、憧れの方なんです。そんなあなたが辞めたりしたら、我々騎士の士気が下がってしまいます」
ニコラス様は少し笑って言った。
「君はもう聖騎士ではないだろう? 聖騎士団長の仕事には大変な責任がある。君の護衛をしたい私には二足の草鞋は無理な相談なんだ。どちらかしか選べないなら、私は君の護衛をしたい」
王子がまるで私を宥めるように話す。
「ジーン、ニコラスの意思は固い。実は以前も辞めたいと相談はあったんだ。マヌエルを護衛にしたことで、この話は流れてしまったが」
ニコラス様は、紫色の双眸で私を見つめながら、
「君が好きだから、そばにいたい。守りたいんだ」
「……………」
面と向かって言われて、私は思わず恥ずかしくて俯いた。
はっきり好きだと言われて、確かに嬉しいけど……。
やっぱり、こんなみんなのいる前で言うなんて!
「ちょっと!! 何か二人でいい感じになって、ズルくない? ひょっとして、ニコラスって天然なの?」
アレックスが不満たらたらに文句を言い出した。
「アレックス、いい加減にしなさい」
ユーエンがアレックスを厳しく注意した。
アレックスはそんなユーエンを見て思いついたようで、
「護衛なら、ユーエンでもいいじゃないか? ここにいればいいよ!」
「確かに始終、お前らと一緒にいるのもアリだな」
王子がそう言い出したので、ニコラス様が咳払いをした。
「ユーエン殿は、彼女の護衛に専念出来ないでしょう? 大公の仕事も激務なのでは?」
えっ!? ユーエンが大公の仕事をしてるの?
「さすがにバレてたか」
王子がソファに深くもたれながら言った。
「まあ、大公が屋敷にずっといないのに、その仕事は完璧にこなされている。誰が代わりに仕事してるかなんて、一目瞭然だよな」
大公は、この国では国王に次ぐ副王の地位だ。そんな仕事をユーエンがやってたの!? どんだけ有能な執事なの?
だから家出しても、王太后様にすぐに呼び戻されたんだ。
「私の代わりに国王になってもらいたいくらいだ。知ってるか? 私が国王になれば、お前に譲位だって可能なんだぞ?」
「冗談はやめて下さい。ご自分がやりたくないからと、私に押し付けようとしないで下さい。あなたが王家の長男なんですから、いい加減諦めたらどうです?」
ユーエンはいつものポーカーフェイスだけど、言うことが今日は一段とキツイ。でも、王子は全く気にしてない様子。
マクシミリアン王子のことだから、何だか本気でやりそうで怖い。
ユーエンは大公にだってなりたくないと言ってるのに。
「とにかく。もう後任が見つかったし、ニコラスがとりあえず護衛でいい。……後々のことが面倒だからな。あとは二人で話し合って決めてくれ。私としては別にどちらがやったって構わない」
何か含みのある言い方だな。
聖騎士団長をその後任の人と、どちらがやっても構わないだなんて。
「あー、なんか僕分かっちゃった」
アレックスがぼそっと呟いた。
いや、何か私も分かっちゃったかもしれない。
いつも読んで下さりありがとうございます。
本編の話の展開遅いですね〜。申し訳ないです。
大体一話の字数を決めているので、分割にいつも悩んでいます。
聖騎士団長の後任はそのうち出ます。
次回もよろしくお願いします。




