41裏 老執事の奮闘
前回の話をバーナードさん視点で見た裏話となります。完全にコメディです。さらっと流して読んで下さい。
※一部本編と重複しています。
今日は驚くべきことが起こりました。
我が愛すべき坊っちゃま、ニコラス様がなんと聖乙女を当家にお連れになられたのです。
聖乙女は今は名ばかりの……失礼、フォーサイス家の令嬢ですが、その美貌は輝くばかりで、王太子殿下を始めとして、国王陛下までもが結婚相手にと望む方。
そんな方の夫候補に、わが坊っちゃまがなられるのは当然のことですが、いかんせん、うちの坊っちゃまは押しが弱すぎる!!
国王陛下との婚約破棄がなされた今、坊っちゃまが本気を出す時がようやく訪れたのです。
実際に拝見したお嬢様は、すらりと背が高く、透き通るような白磁の肌にまばゆい黄金の髪をなさっていて、青い瞳は海の色、それはまるで女神のような方でした。
あんなお美しいお嬢様には、我が坊っちゃまこそが相応しい。
何としても、当家に滞在されている間にモノにして頂かなければ!
私は、すぐさまメイド達を招集し、今後の作戦を伝えました。
「何としても、お二人をくっつけるのだ!!」
メイド達の多少の反発はありましたが、そこは諭しました。
「あのお嬢様に、かなうと思うのか?」
するとどのメイドも黙って、おとなしくなりました。
自分のようなモブキャラは、どう逆立ちしたって坊っちゃまの相手にはならないのだと思い知ったようです。お嬢様のような方こそ、坊っちゃまに相応しいのです。
「張り切ってるな、バーナード」
夕食の席を中座なさった若様がお声を掛けていらした。
「これは若様」
若様は坊っちゃまと違い、早々に結婚はなされたが結局、お子様には恵まれず。まあ、坊っちゃまとお年の離れたご兄弟ゆえ、お子がなくても後継は坊っちゃまということで良いのですが、その坊っちゃまの奥方が聖乙女となればこれ以上にない良縁、当家も安泰です。
必ず、坊っちゃまの奥方に、聖乙女にはなって頂かねば!!
「この際、二人をくっつけてしまおうというのか? こちらとしては大歓迎だ。あんな嫁が来たら、家が華やぐ」
「ええ、坊っちゃまは奥手でらっしゃいますから、こちらが手を回して差し上げないと。私の手で、お二人を必ず良い仲に」
「期待しているぞ!」
若様は高らかに笑いながら食堂の方へ戻られた。
さて、私もこうしてはおられません。
すぐさま、お嬢様のお部屋のバスルームに細工をしました。
お湯が出ぬように。
これで、お部屋での入浴がかなわぬお嬢様を、坊っちゃまのお部屋に誘導することが出来ます。ふふふ、後は自然に任せましょうか?
そして、夕食を終えられたお嬢様がお部屋に戻られて、しばらくして奥様がお部屋をお訪ねになられ、何やら渡されていました。おそらくあれは着替えの服でありましょう。
メイドに着替えは手配はさせましたが、奥様が気を利かせてお持ちになったのでしょう。相変わらずお優しい方です。
そして、坊っちゃまが満を持してお部屋の前に!!
まだ奥様がおられるのに、お、何か話をなさっておいでだ。
唇を読むと、どうやら明日、お洋服を買いに出掛けられると。
ふむむ、なるほど。これは使えそうだ。
奥様には後ほどお話しして、作戦に協力して頂くとしましょう。
お二人でデートとなれば、その距離はぐっと縮まるはず。
私は作戦の様子を死角から窺いながら、入浴が叶わぬお嬢様が、困った様子でお部屋を出てくるのを眺めていました。
メイド達には、お嬢様から姿を隠すように指示を出してあります。
そうなれば、お嬢様は坊っちゃまに頼らざるを得なくなる。
お、お嬢様が坊っちゃまのお部屋に!!
ふふ、やはり一度はバスルームの様子を確認に行きますか。
でも、私の細工はちょっとやそっとでは見破れませんよ、坊っちゃま。
何としても今夜は、是非とも一緒に過ごしていただく。
ご様子を見る限り、お嬢様も坊っちゃまのことを憎からず思っておられる。これなら、坊っちゃまさえその気になれば、お二人は一線を越えるかもしれません。
そうなれば、もう花嫁になったも同然です!
「……あの、バーナード様、お嬢様とニコラス様がお二人でお部屋に入られましたけど?」
廊下を折れた角で、潜んでいた私にメイドの一人が告げて、私は思わずしてしまっていたガッツポーズを解きました。
いけない、いけない。確実に作戦を実行せねばならぬ時に。
「すぐさま、屋敷中の余っている家具を運ぶのです。坊っちゃまのお部屋のドアが開かないように!!」
「ええ!? そんなの嫌ですよ。後でニコラス様に怒られてしまいます」
メイド達は皆、私を遠巻きにその場を下がってしまいました。
これは仕方ありません。私一人でも実行せねば。
私はそこで、出来るだけたくさんの家具を坊っちゃまのお部屋のドアの前に置いていきました。さすがに老体には堪えます。
ある程度積んでも、お嬢様が出てくる気配はありませんでした。これはいい感じで進んでおられるのでは?
「あの、バーナード様」
先程とは別のメイドが、困った様子で話し掛けてきました。
「何ですか?」
「その、来客のようなのですが、お姿を遠目で見る限り、どうもお嬢様のご家族の方のようで。お迎えに来られたのでは?」
な、何ですと!? それはマズイ。お嬢様にここで迎えなど来られては、まさに言語道断であります。
「シカトなさい。ガン無視で!! そのうち諦めて帰られるでしょう」
メイドにそう指示を出し、私はドアを押さえるに必死です。
「バーナード! 下手な小細工はやめて、ジーンを部屋へ返してやってくれ」
お部屋の中から響く、坊っちゃまの声。
それに従う訳には参りません。何よりも坊っちゃまの為に!!
しばらく押さえていると、どうやら諦めたご様子で、ドアの近くで声はしなくなりました。
ドアに耳を当てて中の様子を窺いますが、何よりそれらしい声は聞こえてはきません。坊っちゃまもさっさと手を出されたらよろしいものを。ああ、本当にじれったい。
坊っちゃまほどの美丈夫なら、拒む女性などまずはおられないでしょうに。
そんな私に、またもや先程とは別のメイドが声を掛けてきました。
「バーナード様、その、ミニーが見当たりません!」
「何ですと!?」
ミニーは子猫の折に、私が拾ってきた当家の雌の飼い猫です。
茶トラの長毛な子で、私が手塩にかけて育てました。もちろん夜は一緒に寝ているのですが。
「今日はお客様がお見えで、興奮して外に出たのかもしれません。外を探しましょう」
「はい」
メイドを数人連れ立って、私は屋敷の外に向かいます。
坊っちゃまのことは気になりますが、もう成り行きに任せるしかないでしょう。今はミニーを探すのに専念せねば。
「ひっ! 今、人影が!?」
メイドが驚いた声を上げました。人影?
「今、何かがさっと庭を横切ったような?」
「人なのですか?」
メイドは怖がって、口をつぐんでしまいました。
ぐぬぬ、こんな時に曲者とは。つくづく面倒な。
「とにかく探しなさい。この屋敷からは早々に出られません」
「猫ですか? 曲者ですか?」
「両方です!!」
私達は、屋敷の建物の周囲ををしらみつぶしに探すことにし、手分けして探しておりました。
「曲者は見つかったか?」
「いいえ、それがとても素早くて」
メイドが答えた時、ふと響く声が。
「何事だ?」
坊っちゃま!? なぜここに?
「坊っちゃま? なぜ、そんな所においでなのですか?」
「お前らが私達を部屋に閉じ込めたからだろう? やむなくバルコニーから下に降りた所だ。それより曲者とは?」
坊っちゃまは、一体何をしておられるのか!!
なぜ、お嬢様に手を出さなかったのです!?
せっかく私が作って差し上げた好機だというのに!!
もう曲者はこの際どうでもよろしい。
「ああ、それがどうも屋敷に何者かが侵入したようです。詳細は分かりませんが、メイドが不審な人影を目撃したとか」
「はっきり姿を見たのか? 何かの見間違いではないのか?」
「そう言われると自信はないのですが、確かに何者かが、暗がりの中を素早く動く気配がしたので」
同行していたメイドが答えると、坊っちゃまは辺りを見回し、警戒なされた。お嬢様は状況が良く分かっておられないのか、キョトンとしておられる。
その時、ガサッと茂みから物音がして、ミニーが飛び出しました。
「ニャーン」
「ミニー、そこにいたのか!」
見つかって良かった!! 心配したのだぞ?
私はすかさずミニーを抱き上げて、この後繰り出されるであろう坊っちゃまからの苦言を避けねばなりません。
「さあ、そろそろ休むとしますかな。明日も早いですし」
「……そうだな。明日一番にでも、彼女の部屋のバスルームのお湯が出るように戻せよ」
ええ、直しますとも!! 今日は失敗に終わってしまいましたが、明日こそは成功させますよ? まずは坊っちゃまをその気にさせないことには、どうにもお話にならないようですが。




