41 なぜか開かないドア
ニコラス様の部屋から客間に戻った私は、入浴してもう眠ることにした。
今日は何だかんだあってさすがにとても疲れてしまった。
色々思うことはあるけれど、ここで悩んでいても仕方がないし、とりあえずお風呂に入ってさっぱりしようと思った。
「!!」
だが、シャワーの水がいつまで経ってもお湯にならず、冷たいままだ。これでは風邪をひいてしまう。
仕方なく、私はニコラス様から借りた服に再び袖を通し、部屋を出てメイドを探した。
不思議なことに誰一人として姿が見つからない。
結構時間も遅いので、もうみんな部屋に下がってしまったのだろうか?
困ったなぁ、さすがに人の屋敷なので大声を出す訳にもいかないし、メイド達の部屋がどこなのかも知らない。
さすがに水浴びは風邪を引くだろうし、温かいお風呂には入りたい。でもニコラス様の部屋しか分からない。
仕方なく私はニコラス様の部屋を再び訪ねた。
さすがに今しがた部屋に戻ったばかりなので、まだ休んではおられないはずだ。
ノックをしてもしばらく反応がなく、もうしばらくしてからもう一度ノックした。
「はい」
今度は反応があって、風呂上がりらしいニコラス様が顔を出した。ふわりと甘いソープの香りがした。
「あれ? どうしたんだ?」
「それがお風呂に入りたかったのですが、お湯が出なくて」
「何だって?」
ニコラス様はそのまま私の部屋に向かい、バスルームに入って確かめた。
「ああ、確かに。しばらく使ってない部屋だから、壊れてるのかな?」
「ちょっと待っててくれ」
そう言ってニコラス様は部屋を出て行き、しばらくして戻って来た。
「バーナードが外出中で、詳細は分からないが、ボイラーの故障ではないらしい。私の部屋のを使うといい」
お言葉に甘えて、私はニコラス様の部屋でお風呂を借りることに。
さっきここで火傷を冷やしたばかりだった。こんなことなら、ついでにお風呂を借りれば良かったかな。
私はさっと入浴を済ませて、借りた寝間着に着替え、さっさと部屋をお暇しようとバスルームを出た所で異変に気付いた。
ニコラス様が部屋のドアの前で、なぜか困り果てていた。
「どうしたんですか?」
「開かないんだ」
苦笑いでそう言って、彼はドアノブを回した。ガチャガチャいうけれども外開きのドアがどうにも開かない。
「鍵が壊れてかかってしまったとか?」
「それがおかしいんだ。外側から何かで押さえられているようなんだ」
何か外側から押さえられている?
「押してみましょうか?」
それで二人でドアノブを回しながら押してみた。
ドアノブは回るものの、やはり何か抵抗があって開かなかった。
「何かありますね」
「そうだね」
そうして私達は、この状況が明らかにおかしいことに気付いてしまっていた。
「バーナード! 下手な小細工はやめて、ジーンを部屋へ返してやってくれ」
しかし返事はなく、ドアが開く気配もなかった。
ニコラス様は、申し訳なさそうに私を見た。
「残念ながら、今夜はここから出してもらえなさそうだ。奥のベッドを使ってくれ。私はソファで寝るから」
「そんな悪いです!」
ニコラス様は、困ったように微笑んで、私の頭をくしゃっと撫でた。
「だからって、一緒に寝る訳にはいかないだろう? 私のことは気にしなくていいから」
「そう言う訳には」
ニコラス様は自分の羽織っていたカーディガンを私の肩に掛けながら、背中を押して奥の寝室へ追いやる。
もう初夏といえど、この国は北方に近いのでやはり夜は冷える。
「おやすみ」
彼に寝室に押し込まれてしまったので、広いベッドに仕方なく横になる。
普段彼が寝ている場所に、自分が眠ることになるなんて。
しかし、体は疲れて眠いのに妙に覚醒して眠れなかった。
こっそりベッドを抜け出すと、ソファにニコラス様の姿はなかった。
ふと見ると、バルコニーに彼の姿が見えた。
手すりにもたれかかって、外を眺めている。
「ニコラス様」
背中に向かって声を掛けると、彼が振り向いた。彼は優しく微笑んだ。
「どうした? 慣れない所で、眠れない?」
「……その、やっぱりベッドを私が使うなんて申し訳なくて」
彼は私に向き直って、顔を覗き込んできた。
「じゃあ、一緒に眠るかい?」
「えっ!?」
本気ともつかない台詞に、私は赤面した。
彼は少し笑って、私の肩を軽く叩いた。
「結婚前にそういう訳にはいかないだろう? だったら少々荒事だけど、仕方ないかな」
彼は部屋の中に戻ると、窓のカーテンを外し始めた。
私が怪訝そうに様子を見ていると、彼は外したカーテンをナイフで適度な大きさに裂いて結んでいく。
まさか!?
「バルコニーから、下に降りてしまおう」
繋いでロープ状にしたカーテンを、バルコニーの手すりにしっかり縛り付けると、彼はするすると器用に下に降りていった。
「おいで」
私はカーテンのロープを使って彼と同じようして、下に降りようとした。明かりは月の光のみで、しかもネグリジェの丈が足りなくて脚が出てしまっているのが何とも恥ずかしくて、どうにもうまく降りれない。
「ゆっくりでいいから」
下から彼の声が聞こえる。
慎重に降りていこうとしたその時だった。
風が下から吹いて、ネグリジェの裾が捲れ上がった。
思わずそれを押さえようと、咄嗟に片手を出してしまった。
「あっ!」
もちろん、一瞬でバランスを崩す。
滑り落ちるようにして落下する私を、ニコラス様が受け止めた。
さすがに高さはなかったので、そんなに衝撃はなかったけど、受け止めてくれた彼は怪我でもしなかっただろうか?
「すみません!!」
彼に抱えられる格好のまま、私は彼の反応を見る。
「大丈夫か? 落ちる途中でどこかぶつけでもしなかったか?」
「……大丈夫です。ごめんなさい」
真っ先に私の心配をする彼は、私が何ともないと知ると、そのまま私を抱えたまま地面に腰を下ろし、安堵の声を上げた。
「あぁ、良かった。君に怪我でもあったらどうしようかと」
そのまま彼の上に乗っかったままなのも悪いので、私はすかさず膝の上から降りようとする。
「待った」
腕を掴まれて引き戻され、背後から抱きすくめられる格好になる。何だかドキドキした。彼の息が耳にかかる。
「!!」
「静かに! 誰か来る」
私達は暗がりに息を殺し、様子を伺った。
複数人の足音がして、話し声がうっすら聞こえてきた。
「曲者は見つかったか?」
「いいえ、それがとても素早くて」
曲者!? 誰かこの屋敷に侵入したとでも?
話し声の相手を確信したらしいニコラス様は立ち上がると、そちらへ向かって声を掛けた。
「何事だ?」
「坊っちゃま? なぜ、そんな所においでなのですか?」
声の主はバーナードさんだ。
「お前らが私達を部屋に閉じ込めたからだろう? やむなくバルコニーから下に降りた所だ。それより曲者とは?」
ニコラス様が皮肉混じりにそう返すと、バーナードさんも首を傾げつつ答える。
「ああ、それがどうも屋敷に何者かが侵入したようです。詳細は分かりませんが、メイドが不審な人影を目撃したとか」
「はっきり姿を見たのか? 何かの見間違いではないのか?」
バーナードさんと同行していた一人のメイドが答える。
「そう言われると自信はないのですが、確かに何者かが、暗がりの中を素早く動く気配がしたので」
ニコラス様は辺りをさっと見回した。
その矢先に植え込みの茂みから、一匹の長毛な猫が飛び出した。
「ニャーン」
一同、その場の皆が固まった。
「ミニー、そこにいたのか!」
バーナードさんは猫をさっと抱き上げると、くるりと踵を返してゆっくり歩き始めた。
「さあ、そろそろ休むとしますかな。明日も早いですし」
「……そうだな。明日一番にでも、彼女の部屋のバスルームのお湯が出るように戻せよ」
「失礼します!」
メイドがお辞儀をして、バーナードさんの後に続いた。
何だか私達はおかしくなって、顔を見合わせて笑い合った。
「バーナードさんの猫なんですか?」
「……まあうちの猫だ。子猫の頃に捨てられていたとバーナードが拾ってきてな。何だかんだで面倒を見ているんだ」
その後、私達はニコラス様の部屋の前に山のように積まれた家具類をどかし、何とか自由に室内に戻れるようにした。
「すまない、手伝わせて」
「いいえ」
そりゃあこれだけ積まれてたら、さすがにドアは開かない。
「明日、あいつにはお灸を据えてやる」
「ふふふ、あはははは!!」
あのバーナードさんが、私達を一晩一緒に居らざるを得ない状況を作る為に、必死でこれらを積んだ姿が想像出来てしまって、私は堪えきれず笑い出してしまった。
「やることがいちいち子供のイタズラっぽくて。何やってるんだろうな、あいつは」
それでもニコラス様は全然怒ってなくて、ちょっと笑ってすらいた。
「じゃあ、部屋に戻りますね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。ゆっくり休めるといいが、早く休むんだよ?」
そうして私は彼と別れて、ようやく部屋に戻ることが出来た。
今度こそ、ゆっくり休めそうだ。
「さっさと寝ようっと」
ベッドに向かおうとしたその時だった。
何者かに背後から抱きすくめられた。手で口を押さえられて、声が出せない。
誰!?
私は思わず反撃に出ようとしたが、
「ジーン、僕だ」
名前を呼ばれて私は、慌てて攻撃の手を止めた。
私は相手が誰だか、すぐに分かってしまった。
体の力を抜くと拘束を解かれたので、そのまま振り返って相手の顔を睨みつけた。
「一体ここで何をしてるの? 兄上」
悪ぶれもせず、兄上が苦笑いで私を見つめていた。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
今回のお話は、また別視点verがありますので、次回載せたいと思います。
たくさんのブクマやPV本当に励みになります。
まだまだお話は続きますが、これからもよろしければお付き合い下さると幸いです。




