04 突然アレな設定に泣きを見る僕
結局、僕はそのまま大公家に同居することになってしまった。
アレックスは、出来れば僕とこのまま結婚したいそうな。
お互いの複雑な事情を知るもの同士で、お似合いなのかもしれなかった。
僕は僕の破滅が回避出来るのであれば、願ったり叶ったりなのだけど、いざ結婚となると、やっぱり話は変わってくる。
アレックスは見た目はどう見ても美少女だ。
華奢で、線も細く、男の子だと聞いても到底信じがたい。
僕より二つ年下で、まだまだ子供だ。
とりあえずは一緒に暮らして、お互いの秘密を守る同士ということで、協力することになった。
「よろしく、婿殿」
彼は僕と握手をしながら、にっこり微笑んだ。
アレックスと協力関係になったのはいいけど、問題は山積みだ。まずは、マシュー王子のことだ。
僕達の秘密を知る人物として、さすがに放ってはおけない。
「マシューは、君を手に入れる為に、いろいろ画策してくるかもしれないね」
「どうすればいい?」
「うーん」
聖騎士団に所属する以上、王子の命令には逆らえない。
彼は、仕事と称して僕を簡単に連れ出せるのだ。
「仕方ない、マクシミリアンを使うか」
「マクシミリアン王子?」
マクシミリアン王子は、この国の王太子で、マシュー王子の実兄だ。僕達の隠語で、通称上の王子。
マシュー王子と違って、真面目で人当たりも良く、少々堅物ながらも、頭も良い人物だ。もちろん攻略対象キャラである。
「マシューを抑えれるのは、マックスだけだ。君にちょっかいを出すマシューに困ってると、彼に泣きついてみよう」
「泣きつくの?」
「マックスは、僕が男になってしまったことを知らない。かわいい従姉妹だと未だに可愛がってくれるんだ」
アレックスはそう言うと、電話の受話器を取った。
そのまま、電話をかけ始めた。
「あ、マックスお兄様? アレックスです」
声色が違う!! ある意味すごいな。
「ちょっと、困ったことになってしまって。ええ、一度会いたいです。ええ、分かりました」
なんとか会う約束をしたようだった。
アレックスは受話器を置くと、傍に置いてあった車椅子に自分で乗り込んだ。
ちらりと見えた動かない足が、棒のように細かった。
「ねえ、君の足だけど」
「ああ、怪我はとっくに治ってるんだけど、神経の問題なのかあまり動かなくて。筋力が落ちてしまって、みっともないでしょ」
彼は自嘲的な笑みを浮かべた。
「そんなことはないよ」
「少しずつリハビリも始めてる。温泉に行ったりさ。でも、なかなかうまくいかなくてね」
ああ、だから足湯に来てたのか。
「また、歩けるようになるの?」
「医者はそう言ってる。でも、時間はかかるだろうって。こんな姿、男のくせに情けないよね」
返答に困ってしまう。でも、アレックスは一応女の子として生まれた訳だし、足の怪我のことは本当に気の毒だ。
「僕達、逆なら良かったのに」
「そうだね。僕は女としてはでか過ぎるし、なかなかうまくいかないもんだよ」
マシュー王子始め、攻略対象キャラ全員が長身なので、あまり気にしてなかったが、僕だって、そこらの男より全然大きいのだ。ヒールでも履こうものなら、大概の人を見下ろせてしまう。
てもアレックスは確かまだ十六になったばかり。きっと身長なんかまだまだ伸びる。
「ねえ、一つ聞いておくけど、アレックスは女の子が好きなんだよね?」
彼は一瞬キョトンとした。
「あ、ああ、もちろん」
僕は正直、男として生きてきた時間が長かったから、よく分からないのが本音だった。恋人がいたことはあったが、彼女は元々幼馴染で、なりゆきで付き合ってた感じだったから。
「ねえ、ジーンの推しキャラって、誰だったの?」
突然言われて、僕はびっくりした。
このゲームの推しキャラ、つまり私の一番お気に入りだった人。
「僕ではないな、これは二番目で」
「待って、僕が当てる」
彼はじっと僕を見つめて、ポツリと言った。
「分かった。ニコラスだろ?」
ギクッ!!
一発で当てられてしまった。そう、生前の僕の一番のお気に入りお気に入りは聖騎士団長ニコラス様なのだ。
聖騎士団は、僕が正式に所属する部署だが、ニコラス様は、近衛隊長兼任の為、普段はもっぱら城内で仕事をしている。僕の直属の上司だけど、仕事が出来て、部下思い。まさに理想の上司だ。今現在でも充分尊敬できる人だ。
彼のルートはもう何周もプレイして、もちろんイベントスチルは全て回収済みだった。
「うーん、そういう趣味なのかー」
アレックスは腕を組んで唸った。
「これから、ニコラスと絡むかもだけど、どうするの?」
「どうするって言われても」
僕は男として、騎士団に勤めているしなぁ。
「どうもしないよ、彼はただの上司に過ぎないし」
そうは言ったものの、アレックスの言う通り、ヒロインが存在せず、僕にその役割が被るなら、これから嫌でも彼との絡み、つまりイベントが発生していくのだろう。
経緯や詳細は違ったが、マシュー王子のあれも、ゲーム中で似たようなイベントが発生したのではなかったか。
「僕達は、一応協力関係で同士だけど、僕が君に好意を持ってることは忘れないで」
アレックスは紅い瞳を潤ませて、僕を見つめた。
そ、そんな目で僕を見ないでくれ!!
「とにかく、マックスと会う約束を取り付けたから、このまま王城へ連れてって欲しい」
僕はアレックスと共に、王城へ帰還することとなった。
さすがにドレス姿で王城に戻るのはまずかったので、普段着に戻ってだけど。
「マックスも攻略対象者だから、気を付けてよ」
「あのさ、一応、今は男だから」
マシュー王子には見破られてしまったけど、さすがに他の人は平気だろう。
無駄にフラグを立てたら、面倒だし。
僕はただ、平穏な生活を望むんだから。
そういえば、マシュー王子をほったらかしにしてきてしまった。鎧も離れに置きっ放しだ。
それをアレックスに言うと、
「あとで、ユーエンに取りに行かせるからいいよ」
僕は足を痛めてしまったので、借りてきた杖をつきながら、ゆっくり歩く。
車椅子をユーエンに押してもらいながら、アレックスが楚々とした佇まいで城の中へ入って行くと、衛兵達が、皆一斉に頭を下げていく。
どこか気品があるもんな、やっぱり公女様なんだ。
応接室に通されて、僕達はマクシミリアン王子を待った。ほどなくして、彼が現れた。
「やあ、アレックス、元気そうだね」
「お兄様も、お元気そうで」
二人は父方のいとこ同士。子供の頃から気安い関係らしい。
マクシミリアン王子、王太子でもある彼は、このゲームの攻略対象の一人。見事な赤い髪と、エメラルドグリーンの瞳を持ち、聖乙女の後見人として何かと接触する機会の多いキャラだ。
自然と仲良くなるイベントが多く、普通にプレイすると一周目は大概彼とのエンディングを迎えることが多い。
つまり、一番難易度の低いキャラでもある。
「今日は、私の婚約者も連れてきました。聖騎士のユージーンです」
僕は立ったまま、敬礼をした。
彼は僕の様子を見て、
「足を怪我しているのか? 早く座りなさい」
マクシミリアン王子は、気遣いの出来る人なのだ。僕は遠慮なくソファに腰掛けた。
「君もだ、ユーエン」
「いえ、私は大丈夫です」
ユーエンはアレックスの傍に控えたままだ。さすが執事。
「彼は相変わらずだな」
「頑固者なのです」
マクシミリアン王子は、長い足を組み替えて、話を切り出した。
「で、相談とは?」
「マシューお兄様のことです。私のジーンにたびたびちょっかいをかけてきて」
「君の婚約者に? マシューが?」
アレックスはこれ見よがしに、私の足を指差した。
「この足の怪我だって、ジーンがマシューお兄様にいいように呼び出されて、嫌がって逃げ出した時に痛めたものなのです。全部お兄様のせいなんです!」
ええっ!? いや、確かにそれはそうなんだけど。
アレックスは役者だな。
「なんだって!?」
マクシミリアン王子は、この話に驚いたようだった。
「そういえば、マシューは昨日から様子がおかしいんだ。突然女性関係を整理し始めてね。おかげで抗議の電話が昨日から鳴りっぱなしだ」
僕はなんだかいたたまれない。変な頭痛がしてきた。
「本命の彼女でも出来たとしか。君、なんだか顔色が良くないよ、大丈夫かい?」
マクシミリアン王子に気遣われてしまった。いけないいけない。
「とにかく、お兄様、マシューお兄様にジーンにちょっかいを出さないように言って下さいな。彼だって忙しいんです」
「分かった、伝えておくよ」
マクシミリアン王子は首を傾げて、
「でも、どうしてマシューが、アレックスの婚約者にちょっかいをかけるんだろう? どうにも解せないな」
そこで、マクシミリアン王子は何か閃いたようだった。
「まさか、ユージーン、君に妹とかは?」
「え?」
アレックスはこの質問ににピンときたようだった。
すかさず口を挟む。
「そうです! ユージーンの妹にマシューお兄様は懸想しているのです!! さすがはマックスお兄様!」
どこから来たその設定っ!?
僕は唖然として、アレックスを見つめる。
「お兄様は彼女がつれないので、兄のジーンにちょっかいをかけてるんです。本当に困った人」
いや、困った設定作ったのお前じゃん!?
僕に妹なんていないんだけど、どうしてくれんの?
事態がどんどんあらぬ方へ向かっていくのを、僕は止めることも出来ず、ただ呆然とその場をやり過ごすだけだった。
「一度、会ってみたいな、その君の妹と」
ほら、つれたわ。
もう嫌な予感しかしない。
僕は隣のアレックスを盗み見た。彼は引きつった笑顔で固まっている。おいおい。
「是非連れてきて欲しい。マシューがご執心な彼女と話してみたい」
「はぁ」
僕は半眼で呻いた。
どうせ、僕が女の格好をして、妹ということにするしかないのだろう。
「では、早速明日はどうだい? 午後からなら少し時間が取れそうだから」
「分かりました。伝えておきますわ」
それから、僕達は急いで大公家に戻って、これからどうするのか話し合う必要があった。
「明日は妹として、マクシミリアン王子に会うとしても、その後どうするんだ? 僕だって、仕事とかあるんだぞ?」
「それは、もうとにかくマックスお兄様に取り入って、とにかくマシューお兄様から守ってもらわないと。どっちにしろマシューお兄様をどうにかしない限り、騎士の仕事なんてまともに出来ないよ?」
それもそうだった。
マシュー王子は、隅に置けない。
彼を唯一牽制出来るのがマクシミリアン王子な以上、もう彼に頼るしかないのだ。
フラグ立たないといいな。
立ったら色々面倒くさそうだ。
僕は、それからアレックスの手により、レディとしての心構えを説かれ、軽い特訓を受けた。
男として育ったことを知っていたマシュー王子と違い、マクシミリアン王子が相手なら話がまるで変わる。仮にも貴族令嬢としての最低限の嗜みをを得る必要があったのだ。
「まず全てにおいて、全然ダメだ!」
「言葉遣いも、僕は禁止! 私と言うこと!」
厳しいダメ出しにめげそうになる。いくら前世が女だとはいえ、十八年間男として過ごした時間は長過ぎた。
「これから、ダンスとかもマスターしなきゃねえ」
「ダンスまで!?」
嗜みとして男性パートは踊れるが、女性パートはさすがに無理だ。
「とりあえず、今はそこまで要求しないけど、これから先、何があるか分からないからねぇ」
「アレックス様、ユージーン様は、足を痛めてらっしゃいます。今日はその辺でおしまいになさっては?」
思わぬ助け舟に、僕は心が軽くなった。
ありがとう、ユーエン。
「そうだね、お前は彼女の足を診てやって。僕も今日は少し疲れた」
僕に用意された部屋は、実家の自室と大違いでものすごく広くて豪華なものだった。さすが大公家。
しかも、部屋の中に浴室があり、猫足のバスタブが置いてあるではないか!!
お風呂にゆっくり浸かれるのは、本当にありがたい。
このお風呂に入れるだけでも、ここに来て良かったな。
僕は調子に乗って、外国映画とかでよく見る泡風呂をやろうと試みた。みるみる風呂が泡だらけになり、喜び勇んで風呂に入った。
「おおー、最高!」
だが、良かったのはここまでで、泡で滑ってバランスを崩した僕は、痛めた足が踏ん張りきかず、思い切り後ろにすっ転んでしまった。
ドターン!!
倒れる音が響いて、部屋の外からユーエンが飛び込んできた。
しこたま頭をぶつけてしまった僕はすぐに立ち上がれない。
「大丈夫ですか?」
彼は裸の僕を抱き上げて、部屋のソファまで運んでくれた。
み、見られた。思い切り見られた!!
頭をぶつけた痛み、羞恥心で頬がかあっと赤くなる。ショックと痛みで頭がガンガンした。
僕は結局そのまま、気を失ってしまった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
早速のブクマ登録励みになります。
もちろん読み専の方もありがとうございます。
登場キャラはまだ出揃っていません。
気長にお付き合い下されば嬉しく思います。