37 まさかの駆け落ち?
アレックスに見られた!?
私は彼から素早く体を離そうとしたけど、彼は私の腰を引き寄せたまま離してはくれなかった。
「今、キスしてたよね?」
「ええ、それが何か?」
ユーエンはまるで取り繕う気はないようだ。
彼は私を引き寄せたまま、アレックスに向き直った。
「二人で出てったから、なんか気になって。後を追って来てみたらこれだ。ジーンはもうユーエンに決めたんだ?」
いや、決してそう言う訳じゃ……。
私は答えられず、ただアレックスの目を見つめた。
「夫候補になりたくて、男に戻った途端にこの仕打ち? ちょっと酷くないかな?」
アレックスはその紅い目に涙を溜めている。
「アレックス」
ユーエンが静かに名を呼んだ。
「言い訳なんか聞きたくない。もう二人とも僕の前からいなくなっちゃえよ!」
「では、そうします」
彼はそう答えると、私の手を引いて厨房を出た。
私はアレックスが気になって何度も振り返るけど、ユーエンはその手を離してくれそうにない。
「ねえ、どこへ行くの?」
「とりあえず、屋敷を出ましょう」
えええっ!? このまま屋敷を?
それじゃあ、まるで駆け落ちじゃないの?
ユーエンはそのまま屋敷を出て、車へ向かった。
「に、荷物は?」
「そんなものは、後でどうにでもなります」
彼は私に車に乗るように促して、自分は運転席へ回る。
そして、彼はそのまま車を発進させた。
「兄上達に何も話してないよ? 勝手に出てったら、きっと心配する」
「落ち着いたら連絡はします」
あんなキスをしているところを見られた以上、言い訳なんて出来る訳がない。兄上だったら、事情を分かってくれるだろうけど、あれは私から望んだキスだ。
アレックスを傷付けてしまった。あの優しい子を。
ユーエンだってあんな風に私から求めたら、本気にするだろう。ていうか、きっともう本気にされてる。
正気に戻ってなんだけど、私はなんて大バカなんだろう。
キスで気持ちを確かめようだなんて、なんて浅はかな真似を。
ユーエンはそのまま黙ったまま、市街地へ向かって車を走らせた。私は興奮と後悔とが入り混じった複雑な気持ちで、ただ車窓を眺めていた。
やがて車は通り沿いの三階建てのアパートメントの前で止まった。隣家同士が完全にくっついている。
「ここは?」
「一応、私の持ち物です」
ユーエンが車のドアを開けてくれたので、車から降りると、彼に誘導される形でアパートメントの中へ入る。
なかなか年季の入った建物だが、とても趣味は良い。
階段を登って最上階の部屋、フロア丸ごとが彼の部屋だった。
「ここに住んでる訳ではないんだよね?」
「持ち物件ですね。普段は貸し出したり、何かあった時に泊まれるようにしてあります。こういった物件をいくつか所有してます」
なるほど。さすがだ。
彼は部屋の窓を開けて換気をし、家具や調度品に被せてあった布を外して、使えるように整えた。
それにしてもクラシックでモダンで素敵な部屋だ。壁や天井の装飾も凝っている。こんな所に住むのもいいなぁ。
「今日はここに泊まるとして、さすがに食材が何もありません。買い出しに行きましょうか」
ここに泊まる!? ふ、二人きりでだよね?
私が緊張して固まっていると、ユーエンはちょっと笑って言った。
「心配しなくても、寝室は別ですよ。ちゃんと奥に二部屋ありますから」
「そ、そうなんだ」
私達は二人で買い物に出掛けることになった。
さすが王都のマーケットと言うだけあって、ある程度の賑わいは見せていたけど、食材の価格が全体的に割高に感じた。
「年々、食材の価格は上がってます。収穫量が落ちているせいですね」
ユーエンは、経済にも明るいようだった。
聖乙女が聖殿にいないだけで、こんなに民の暮らしに悪影響が出てしまう。
私は、自分の責任を強く感じずにはいられなかった。
彼は今夜の夕食の食材をいくつか買い込んだ。
正直、私達は浮いていた。
傍から見れば、貴族の令嬢と執事だ。
ユーエンは、すらっと背が高く、そして人の目を引く美形だ。そんな彼と並んで歩く私も、やっぱり目立つ。
すれ違う人達が、みんな振り返る。
私達を噂する囁きがあちこちで聞こえた。
「ねえ、私達、噂になってる」
「あなたが綺麗だからですよ」
ユーエンが少し笑って言った。
いや、あなたもでしょ? と思わずツッコミたくなる。
そんな私達はとりあえず買い物を終えると、アパートメントに戻った。
そこで、私達は思わぬ人物と出くわす。
「あ、兄上!?」
アパートメントの部屋の前で、兄上が待っていた。
「帰ったか。待ちくたびれたぞ」
「意外に早かったですね」
ユーエンはそう言いながら、ドアの鍵を開けた。
彼は全く動じていなかった。まるで兄上がここに来るのを分かっていたようだ。
「どうぞ」
兄上は促されて部屋に入った。私達もそれに続く。
「まさか、お前に出し抜かれるなんて思わなかった」
「別にそういう訳ではありません。アレックスは?」
兄上は、部屋をうろうろ検分しながら答える。
「男の癖に泣いてたぞ? 弟を泣かすなよ、兄貴だろ?」
「ジーンのことに関しては、たとえ弟でも譲れませんね」
兄上はソファに腰を下ろして、早速本題に入った。
「ジーン、こいつを夫にするって本当か?」
「えっ?」
アレックスがそう言ったのだろうか?
私はすぐ答えられず、顔を背ける。
「ふーん、やっぱりか」
それで兄上は悟ったようだ。途端に表情が柔らいだ。
「ユーエン、残念ながら、まだジーンはお前に決めた訳じゃなさそうだ」
「…………」
ユーエンは、黙ったまま私を見た。う、気まずい。
「聖乙女って生き物は、自分に相応しい相手だと、どうもその気になりやすい。自分の意思と関係なくだ」
兄上は、聖乙女に関する事実を淡々と述べた。
「一種の発情期みたいなもんだ。適齢期の聖乙女のみに現れる現象だ。まあ、つまりそういうことだ」
兄上は、言いたいことだけ言うと、立ち上がって私の手を取った。
「兄妹だと思っている僕を相手にしたってその気になるぞ? なんなら実際に見せてやろうか?」
「やめてよ!!」
まるで自分が淫乱な女みたいじゃないか!!
兄上も酷いことを言う。
私はどうしようもない自己嫌悪に陥った。
「とにかく帰るぞ」
兄上は無理に手を引いて、私を連れ出そうとする。
「イヤだ、離して!!」
私は思わず兄上の手を振り払った。
兄上は、驚愕の表情で私を見た。
「兄上なんて、嫌いだ」
私はそのまま部屋を飛び出した。
どこをどう走ったか、分からなくなるまで走った。
気付けば、小さな公園に辿り着いていた。
陽はだいぶ傾き、もう夕方になろうとしていた。
いつもありがとうございます。
いきなり修羅場から始まりました。
まあ、ラブコメなんで基本ドタバタします!
それにしても何だか話が暗いなぁ。
実は今回の話は別視点からの裏verがありますので、次回載せようと思います。
また次もよろしくお願いします。




