36 王太后様はハンパない
屋敷に戻った私達は、広い応接間で王太后様と対面した。
アッシュブロンドの品の良い老婦人が中央のソファに座って、私達を迎えた。
両脇に、マクシミリアン王子とマシュー王子の姿も見える。
「あなたがジーン?」
私は慌てて礼を取った。
「初めてお目にかかります。ユージェニー・フォーサイスです」
「堅苦しい挨拶はいいのよ、ここはお城ではないし。こちらへ来て座りなさい」
私は恐れ多くも、王太后様の側へ行く。
「まあ、本当に綺麗なお嬢さん。背もすらっと高くて。孫達が夢中になるのも分かるわ」
王太后様は、私の顔をまじまじと眺めて頷いた。
「やっぱり、似てるわね。エリスに」
エリス?
「おばあ様、エリスとはどなたでしょうか?」
隣のマクシミリアン王子が問う。
「私の友人のお嬢さんよ。もう亡くなってしまったけれど。友人は元々フォーサイス家の令嬢だったの。だから、あなたの親戚ということになるわね」
王太后様のご友人ということは、私の他家に嫁いだ大叔母あたりだろうか。
「本当はね、あなた達の父上が若い時、エリスとの結婚を望んでいたのよ。けれど、エリスは五つも年上だったので、父王がお許しにならなくてね。それでエリスは、他の方に嫁いでしまったわ。そこでご夫婦で事故に遭われて若くして亡くなってしまったとか」
夫婦で事故に遭って亡くなった?
どこかで聞いたフレーズだ。
「初恋だったから、ずっと引きずっていたのね。それであなたを見て、つい再婚する気になったのだわ。でも、さすがに聖乙女で息子の想い人はダメね。聖乙女の相手は、乙女本人が選ばなければダメなのよ。これは古来から続く、乙女の当然の権利なのだから。だからこの婚約は無効よ」
王太后様は優しく微笑んだ。
「大公とも話したのだけれど、ただ、秋の収穫祭に合わせて挙式はした方がいいとの判断よ」
「!!」
「あなたには、それまでに夫を選んでもらわなければならないわ。ごめんなさいね、これは国の事情で申し訳ないのだけれど」
秋の収穫祭まで? それまでに夫を決める?
そんなに時間がもうないじゃないか!!
そんな私をよそに王太后様はニコニコしながら、尋ねてきた。
「まだ、意中の方はいないの? 私の孫達も候補なのよね? どれでも好きなのを選んでいいのよ」
どれでもって、そんな物みたいな軽い感じでいいんですか!? 何だかお茶目な人なんだな。
「そんな恐れ多いです」
そう答えると王太后様は、独自の孫達の見解を述べられた。
「マックスはずる賢くて食えない子だけど、なんと言っても将来の国王よ。それにあなたにゾッコンだから、きっと浮気はしないわね。マシューは、甘えん坊でちょっと頼りないかもしれないけど、気遣いも出来るし、根はこの子の方が真面目よ」
「お、おばあ様!?」
「ちょ、ちょっと!!」
何このネタバレ!? いや、なんかもうプレゼンだよね?
慌てふためく王子達をよそに、王太后様はご機嫌だ。
丁度、お茶を運んで部屋に入ってきたユーエンを王太后様は自分の側に呼びつけた。
「ユーエン、こっちに」
「何でしょう?」
キョトンとする彼を前に、なおも王太后様のプレゼンは続く。
「ユーエンは正直一番オススメよ。この子は口数は少ないけど、本当に優しい子なの。いつも仏頂面で愛想もないけど、何より料理が出来るのがいいわ! それにしてもあなた、いつまで執事なんかしてるつもりなの?」
「え? ええ!?」
ユーエンが取り乱す様を初めて見た。
さすがの完璧執事も、王太后様にはカタなしだ。
「アレックスはね、そうね。もう女の子をやめるべきね」
「そのことなんだけど、おばあ様。父上に言おうと思うんだ」
アレックスは、おずおずと話し始めた。
「僕は男だ。もう女じゃない。男に戻りたいって」
「そうね」
アレックスの性別の問題はこの家では根深い問題だ。男に戻ったことを世間に隠してまで、縁談を進めたり、彼本人からしたらたまらないだろう。全ては大公殿下の意向なのだとか。
「大公にも話したのだけれど、この子の問題は生まれた時に遡るわ。ジーン、あなたにも関係のあることね」
王太后様は、意味ありげに私を見た。
この方は、まさか全てご存知なのか?
「そのことでしたら、私より兄が詳しいと思います」
そういえば、アレックス本人には私達の性別が入れ替わった事情をまだ話せずにいた。
彼は、あくまで私に巻き込まれた被害者だったからだ。
何となく言いそびれてしまっていた。今の今まで。
「あなたのお兄さんが先代にお願いしたことなのよね。私はこの子の母から事情を聞きました。聖乙女を守る為には仕方のなかったこと。あなたが気に病む必要はないわ」
やっぱり全部ご存知なんだ!!
「どういうこと? 僕とジーンと関係あるって」
王太后様は、アレックスに簡単に説明した。
事情を全て理解した彼は、目を見開いて私を見た。
私はアレックスに申し訳なくて、思わず俯く。
「つまり、先代聖乙女の手によって、二人の性別が入れ替わっていたと?」
マシュー王子が首を傾げた。
一方のマクシミリアン王子は、もちろん全て承知だ。
「アレックスのことは、叔父上になかなか納得して頂けなくて、困っていました。この際、おばあ様がどうにかして下さいませんか?」
そういえば、以前、マクシミリアン王子はアレックスの性別のことはどうにでもなるって言ってたけど、そういうこと?
「生まれた時の星回りが良くなくて、性別を長いこと偽っていたということで良いでしょう。それでアレックスを次期大公にするのに障りがあるなら、後継はもうユーエンでいいんじゃないかしら? 何と言っても、長男なのですから」
「王太后様、それは無理です」
ユーエンが王太后様に異を唱えた。
「あら、どうして? あなたは大公のれっきとした息子なのよ? 庶子だろうがなんだろうが、構いやしないわ」
王太后様って、随分とリベラルな人なんだな。
「それに、その呼び方を辞めなさいと言ってるでしょう? あなたは私の孫なのよ? おばあ様と呼びなさい」
ユーエンは、額に手を当てて心底困った様子だった。
王太后様、恐るべし!!
そして、王太后様はマシュー王子に付き添われ王城へお戻りになり、私の婚約破棄は無事になされ、秋の収穫祭で私の結婚式が行われることが正式に決まってしまった。
相手も決まってないのに……。
そしてアレックスは王太后様の鶴の一声で、ようやく男の子に戻ることになった。
大公殿下も、王太后様に言われて考えを改めたようだ。
公子となったアレックスは、名前をアレクシアからアレクシスに改め、長い髪もバッサリ切った。
男物の服を着込んだアレックスは、ちゃんと年相応の少年になった。
「これで、ちゃんと君と向き合える」
アレックスは、晴れ晴れとした顔で私を見た。
「着る服が足りません。とりあえず、私のお古で間に合わせましたが」
アレックスの髪を整えながら、ユーエンが言う。
「明日にでも買いに行くか? 腕のいい服職人の店がある」
そう提案したのは、マクシミリアン王子だ。
「王太后様達と一緒に帰らなくて良かったんですか?」
私が聞くと、彼はふふっと笑った。
「まだ君と駆け落ち中だからね」
「!!」
そういえばこの人、私に成りすました兄上と駆け落ちして、城を出て来たんだった。そういやその後どうなったんだっけ?
「殿下と駆け落ちしたのは、ジーンじゃなくて僕でしょう?」
そう言いながら、兄上が部屋に入って来た。
てっきり、不貞腐れて部屋に篭ってると思ってた。
「……お前、まさか私が好きなのか? お前には悪いが、私が好きなのは妹の方だ。分かってくれ」
「いい加減にしないと、僕もキレますよ?」
「あはははは!」
王子と兄上のいつものやりとりに、アレックスが大笑いしている。何はともあれ、色々と丸く収まりそうで良かった。
私の相手がまだ決まってないけど!
「お茶を淹れて来ますね」
ユーエンがそうして部屋を出ようとするので、私も手伝いたくて一緒に付いていく。
厨房でお茶の用意をしながら、私は隣のユーエンに話し掛けた。
「それにしても、王太后様がお優しい方で良かった」
「あの方は、昔から私にも分け隔てなく接して下さいました。
執事としての教育を受けさせるのも、賛成はなさいましたが、どうも違う思惑があったようですね」
どういうことだろう?
ユーエンは、ゆっくり口を開いた。
「王太后、おばあ様は、私を大公にする気です」
「ええっ!?」
ユーエンは、立ち止まって私を振り返った。
「今日のおばあ様の発言で確信しました。事実、私は留守がちな大公殿下に代わり、決済業務などの殆どの仕事を普段からこなしているのですが」
それ、執事の領分超えてない?
「それもどうやら、おばあ様の思惑だったようです。私をゆくゆくは大公にする為に」
いつものポーカーフェイスはそこにはなかった。哀しげな色の浮かんだ瞳。
「あなたは大公にはなりたくないんだね?」
「ええ。出来ることなら」
大公はこの国の国王に次ぐ重責を負う。実質の副王だ。国王に何かあれば、代行としてその責務を引き継ぐ。
「私は異国人です。そんな者が、国の中枢を担う権力者に相応しい訳ありません」
「そんなことは!!」
どうやらユーエンには異国人というコンプレックスがあるみたいだ。確かに見た目からして、東洋人で私達とは違うけれど、彼は背も高くて、顔も綺麗で何の遜色もないというのに。
「あなたは正真正銘、大公の息子なんだから、そんなに自分を卑下する必要もないし、異国人だからどうだと言うの? 同じ人間でしょ? 私はあなたが好きだし、尊敬してる」
彼は目を見開いて、私を見つめた。
綺麗な深緑の瞳が、切なげな色を宿す。
「ジーン」
彼は手を伸ばし、私を引き寄せた。
そのままぎゅっと抱き締められた。
私は彼を宥めようと背中に手を回して、軽く叩いた。
「好きです」
そう耳元で囁いて、彼は少し体を離して、私の顔を覗き込んだ。
「私の妻に、どうか」
そのまま彼にキスされた。
唇が触れるか触れないかの、そっとするキスだ。
なんだか無性にドキドキした。まるで初恋の人とキスするみたいな。
触れたほんの数秒、彼は慌てて体を離した。
「すみません、あなたの気持ちも聞かないで」
「いいの、平気だから」
兄上は言っていた。一人一人に向き合うしかないと。
さっきのドキドキを確かめないといけないと思った。
「もう一度して?」
私は真っ赤になりながら、彼の袖を掴んだ。
その途端、彼は不敵な笑みを浮かべて、掛けていた眼鏡を外した。
腰をグイッと引き寄せられて、そのままキスされた。
唇をスライドさせながら、まるで甘噛みするみたいなキス。
何度も何度も小鳥が啄むみたいに、キスをした。
私は頭が真っ白になって、ただ夢中で彼のキスに応えた。
ようやく唇を外して、お互い見つめあった瞬間だった。
「何してんの?」
急に降って湧いた声に、私達は我に返った。
厨房の入り口に、アレックスが腕を組んで立っていた。
いつも読んで下さり、誠にありがとうございます。
まさかの執事とイチャイチャ回になってました。
主人公は節操なさすぎだろ!!
とツッコミながら書いてます。設定上、仕方ないのですが、これからもこんな感じで続くと思います。エンディング分岐後は落ち着く予定です。
ブクマが気付いたらびっくりするくらい増えていて、戦々恐々です。
大変励みになります。ありがとうございます。
これからも是非よろしくお願いします!




