32 兄の思惑と本気の出し方
私は久しぶりの大公家の自室で、眠れぬ夜を過ごした。
王城に一人残った、兄上が心配で。
翌朝、出勤したニコラス様から連絡があって、王城では何事もなく平穏なのだという。
ん? どういうことなんだろう?
私がいなくなったというのに、何の騒ぎにもなっていないなんて。
兄上の所在を聞くと、とっくに自宅に帰ったとのこと。
「家に電話して確認してみれば?」
アレックスにそう言われたので、電話を借りて掛けてみた。
久しぶりに話す父上は、私が国王陛下の婚約者になったことに驚いた様子で、興奮冷めやらぬ状態だった。兄上が帰っているかどうか聞くと、家には戻っていないとのこと。
「どういうこと?」
受話器を置いた私は首を傾げる。
兄上は家には帰ってない。じゃあ、どこにいるというの?
これには、マクシミリアン王子もマシュー王子も、ずっと厳しいう顔をしていた。
「ねえ、アレックス、お城に行こうよ」
状況がよく分からない以上、実際に現場へ行くしかないと思った。
「ええ!? やっと逃げてきたのに?」
「もちろん、このまま帰る訳じゃない。変装して行くから」
アレックスは自由に王城に入れる身分だから、一緒に連れて行ってもらう他ない。
「じゃあ、足湯にでも入りに行こうか。お兄さんがいないんじゃ、授業に行くって訳にもいかないし」
王城内に入れれば、私がいないのに騒ぎになってもいない理由が分かるかもしれない。
それにしても、みんなの様子がちょっと変な気がするのはなぜだろう?
私は、男装してアレックスとユーエンと三人で王城へ戻った。
帽子を目深に被り、辺りを警戒しつつ王城内の様子を探る。
いつもと変わらず、いたって普通だ。
「ねえ、アレックス、私がいないのにどうして騒ぎになってないの?」
「うーん、もうやっぱり黙ってるの難しいね。君の部屋に行ってみようか?」
「え?」
そう言うアレックスは、踵を返して方向転換した。
王城内の王妃の部屋、つまり私の部屋の前まで来ると、メイドがさっと寄ってきて、一言告げた。
「ユージェニー様は、誰ともお会いになりません」
「アレクシアが来たとお伝え下さい」
メイドが部屋に入っていき、しばらくしてドアが開いた。
「お会いなるそうです。お入り下さい」
私達はそれで部屋に通された。
メイドはささっと部屋を出ていき、部屋の中にいた人物と私達四人だけになった。
さすがにバカな私でも誰か気付く。私の部屋で私のフリをして、私に扮している人物を。
「一体、何やってるの!?」
「何って、ここでお前の身代わりをしているんだが?」
「兄上!!」
そこにいたのは、長い金髪のカツラを被り、きっちり化粧をして私のドレスを着込んだ兄上が、ソファで踏ん反り返って本を読んでいた。
「お兄さん、思ったより上出来じゃない? 本当に実の兄妹じゃないの? そっくり同じ顔なんだけど」
兄上の顔を見るなり、アレックスが感想を述べた。
「うちの一族は、顔立ちもどうも遺伝らしくて、代々こんな顔の人間が何人もいる。その証拠に、うちの実家にある肖像画は、そっくりなやつが何枚もある」
「え、あれって、全部同じ人を描いた絵じゃなかったの?」
兄上は、軽く溜め息をついた。
「描かれた年代も性別だってバラバラだろうが。お前は全くどこを見てるんだか」
うーん、そう言われてみれば、そうなのかも。
自分達によく似てるなと思う程度で、あんまり気にしたことなかった。
「それにしても、お兄さん美人だね。僕、女装男子として負けそう」
「まあ僕が本気を出したら、こんなもんだ」
いや、そんなんで本気出さないでよ!
本当に何やってるんだか。
確かに、見た目は完璧に私に寄せている。まるで鏡を見ているかのようだ。ちょっと大人びた感じの私だ。
「その化粧、まさか私のメイドにやってもらったの?」
「ああ、事情を話したら、快く協力してくれた」
話したのかい。
まあ、彼女達の協力がないと、色々困るしな。
「どうだ? ユーエン、ジーンより美人じゃないか?」
「私はジーンがいいです」
きっぱりとユーエンが答えた。
チッと舌打ちして、兄上は不満そうだ。
「それより、陛下はどうやってあしらうの? 昨夜は殿下達が助けてくれたけど、今夜も陛下はここに来るって。兄上、さすがに相手出来ないでしょう?」
「うーん、それは具合が悪いで通すしかない。なあに、いざとなったら殴って気絶させてでも」
「兄上!!」
この兄ならやりかねない。
でも、やっぱりこんなのダメだ。もしバレたら、きっとタダでは済まないだろう。
「兄上、代わろう? こんなのやっぱりダメだ」
「ダメだ。お前はここにいてはいけない」
兄上は、絶対に首を縦には振らなかった。
私の両肩に手を置いて、いつになく真剣な眼差しで言い聞かせようとしてきた。
「陛下は本気だ。このままここにいたら、お前は無事じゃ済まない。僕はお前を何があっても守らなければならない」
「……兄上、その格好でそのセリフ言っても、なんか説得力ないよ」
「……………」
見た目はどう見ても美女なのに、声はいつもの兄上のままなんだもの。
「あはは! お兄さん、喋ったらダメだわ! 声低すぎ!!」
アレックスはとうとう笑い出した。
途端に和やかな雰囲気に変わる。
「声まではさすがに無理だ。どうせ具合が悪い設定だし、風邪をひいたことにしよう」
「もし陛下が来られたら、これを」
ユーエンが何か紙の包みを兄上に渡した。
兄上は無言で受け取って、胸元にすっと隠した。
「何か飲み物に混ぜて、飲ませて下さい」
「それは?」
「睡眠薬! 強力なやつで、朝までぐっすりなの」
アレックスが横から答えた。
「大丈夫なの?」
「任せとけ。お前より上手くやる自信がある」
そりゃあ、兄上は器用だし、それくらいこなすだろうけど。やっぱり心配だ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか? 具合が悪いって設定なのに、長居してもマズイから」
アレックスがそう言い出したので、私達は帰ることに。
名残惜しそうにする私に、アレックスは気を利かせて、ユーエンを引っ張るようにして先に部屋を出て行った。
ほんの束の間の、兄上との二人の時間。
「本当に大丈夫? バレない?」
「大丈夫だって。お兄ちゃんを信じなさい!」
私はたまらず、兄上に手を伸ばして抱きついた。
何だか変な感じだ。胸にパットが入ってる?
「どうした?」
「私こんなに胸ない」
兄上はちょっと笑って、私の顔をじっと覗き込んだ。
「いいか? お前と結婚するのは僕だ。他の誰にもやらない」
いつもなら、何言ってるの? って言いたくなるのに、今日は不思議とそういう気にならなかった。
「たとえ国王が相手でも、お前はやれない」
「うん」
私はなぜか涙が溢れて止まらなくなった。
「なんで泣く? 泣いたら不細工になるぞ?」
「自分だって、似たような顔のくせに」
私が落ち着くまで、兄上は私の頭をよしよしと撫でてくれた。
そして去り際に、私の額に軽くキスをする。
「さあいい子だから、もうお帰り」
私はこうして自分の身代わりとして兄上を残し、アレックス達と共に大公家へと帰還した。
いつも読んで下さりありがとうございます。
顔がそっくりな設定がやっと活かせました!
まあ、よくある展開ですみません。
まあラブコメですので!!
さらっと流してください。
次回33話は、二本立てでお送りします。
次回も是非よろしくお願いします。




