30 やっぱり王妃にはなりたくない
私はどこをどうやって部屋まで戻ったのか、覚えてなかった。
あまりに突然過ぎて、ショックで。
部屋に戻るなりたくさんのメイドが、部屋を移るために荷物をまとめ始めていた。それを呆然と眺める。
新たに移された部屋は、今までの部屋とは規模からして違った。さすが王妃の部屋というだけあって調度品、家具も年代物の高級そうなアンティークで揃えられ、ベッドの大きさから何もかもが違う。
直ちに入浴、しかもメイドに体を洗われて、そしてピンクのドレスに着替えさせられた。こんな胸元の開いたドレスは着たことがない。ぎゅーぎゅーにコルセットで締め上げられ、あんまりない胸がちゃんと谷間になっているから凄い。これは軽い詐欺だ。
何から何まで世話をされるという、今までよりきめ細かい対応、嫌でも立場が変わってしまったのを思い知らされた。
国王の婚約者、それが私に付けられた新たな肩書きだ。
断るという選択肢はなかった。
いや、今から無理って言ってもダメかな?
「ジーン!?」
「兄上!?」
ノックもせずに、部屋に飛び込んできた兄上に、私は思わず抱きついた。
「兄上、どうしよう?」
しかし、兄上は私の両肩に手を置いて、素早く体を離した。
「ダメだ」
顔を背けてしまい、私から少し距離を置く。
今までのようにはいかない。それが痛いほど分かってしまった。
私は部屋の中にいたメイド達に、下がるように指示を出した。
「今、マックス殿下が陛下に直接抗議に行っている。それが良い方に転ぶのを待つしかない」
兄上の表情は厳しい。
このまま覆らなかったら、私は王妃にされてしまう。
どうしてこんなことに!?
「最悪、お前を連れて逃げよう」
兄上が小さく呟いた。
「たとえ、お尋ね者になったとしても、お前に意に染まぬ結婚などさせられない」
「兄上!!」
私達が逃げたら、父上はどうなる? やっぱり逃げるなんて現実的じゃない。
「どうしてこんなことに……」
「お前が出来過ぎたんだ。やはり、フォーサイスの血なのか、聖乙女の力なのか。お前は自分に相応しい相手を惹きつけ過ぎるんだ」
相応しい相手を惹きつける? ようはモテ過ぎってことか。
その時、ドアをノックする音が響いて、入ってきたのはアレックスとユーエンだった。
「ジーン、どういうこと?」
「どうもこうも、国王陛下に無理やり結婚を決められてしまって」
「伯父上め、ジーンがあんまり綺麗だから、トチ狂ったんだ。自分の息子よりも年下の娘に、その気になるなんて気持ち悪い!!」
気持ち悪いって、はっきり言うなぁ。
「そもそも、息子の相手になるかもしれない娘に横恋慕して、強引に婚約するなんて、横暴だ。これはさすがにダメだろう」
「今、マクシミリアン殿下が抗議に行ってるんだけど」
アレックスはうーんと考え込んだ。
「たぶん、マックス兄様じゃダメだろうね。そもそもさ、ことの発端はマシュー兄様が、ジーンのことが好きなのに、エステルの横槍が入ってややこしくなったからだろ? そんな男関係でぐちゃぐちゃになってるジーンと結婚したがる時点で、伯父上はどうかしてるんだよ」
「ぐちゃぐちゃって、ちょっと酷くない?」
そもそも裁判の件は、完全に言い掛かりで私は無罪だ!
「ごめん、他にいい表現が思い浮かばなくて」
現実は厳しいということか。私はこのままおとなしく、国王の花嫁として王妃になるしかないのかな?
国王陛下は確かに渋いイケメンだけれど、うーん。
「確かに伯父上もいい相手ではあるよね。既に子供もいるから、子供は作れるだろうし、女の子を産んでその子が能力持ちなら次代も安泰だよね」
「や、やめて!!」
「アレックス」
ユーエンの嗜める声に、アレックスはペロッと舌を出した。
「冗談だよ、そんなことにはさせないから」
「なんだ? 何かいい方法でもあるのか?」
兄上がアレックスに尋ねる。
「もちろん、伯父上だって一人だけ頭の上がらない人物がいるじゃないか。そう、おばあ様さ!」
「王太后様!?」
アレックスは得意げだ。
「おばあ様に、僕が頼んでみるから。おばあ様は僕には甘いんだ。絶対に言うことを聞いてくれる」
なんという一筋の希望の光! アレックスが天使に見える。
「お前を見直した。そういうことなら、さっさと王太后と話を付けてこい」
しかし、アレックスはうーんと難しい顔をした。
「実はおばあ様、今ここにいないんだ。うちの父上達と一緒に、別荘にバカンスに行ってて」
「なんだって!?」
「電話してみるけど、あの人達、なんせ移動しまくりで、連絡はすぐにはつかないかも」
そういえば、大公殿下はずっと別荘に療養だかに行ってて、お屋敷にずっといないって言ってたな。
アレックスは部屋にあった電話の受話器を取って、どこかへかけ始めた。
「もしもし、おばあ様と連絡を取りたいんだけど? え、どこに? えー?」
話から察するに、本人に連絡はなかなかつきそうにない。
「ダメだ! なんか今は船に乗ってるらしい」
「船!?」
やりたい放題だなぁ。私の一生が掛かってるというのに!!
「どうするの?」
アレックスは、パッと何かを思いついた顔をした。
「お兄さん、南の避暑地から、王都の港まで何日かかる?」
兄上は、ちょっと考えてから答えた。
「ん? 南の避暑地か、王家の別荘のある? あそこからならそうだな、五日もあれば」
「向こうを出発して、今日で三日目だから、明後日は王都の港へ着くよ!!」
どんなに早くても、王太后様と話が出来るのは明後日か。
それなら、さすがに間に合うのかな?
「国民に婚約の触書きを出すのは、おそらく準備もあって三日後くらいだ。ギリギリ間に合うかどうかだなぁ」
アレックスの言葉と同時に部屋のノックの音が響いて、マクシミリアン王子が落胆した様子で部屋に入って来た。
「ダメだった。父上は何が何でも君と結婚すると言って譲らない。何か手を考えないと」
肩を落とす王子に、アレックスが明るく声を掛けた。
「マックス兄様、おばあ様だよ! おばあ様にどうにかしてもらうんだ」
「そうか! その手があったか!!」
アレックスは王子に王太后様の事情も含めて説明をした。
「明後日か。おばあ様が戻ってこられたら、速攻で話を付けて、婚約を撤回してもらおう」
「それしかないね!」
そちらの話が落ち着いた所で、私はずっと気になっていたマシュー王子の元へ急いで向かった。
私を庇って怪我をして、本当は付き添って医務室まで行きたかったのに、それも許されなかった。
怪我は大したことはないらしいけど、一歩間違えば大変なことになっていたかもしれないんだ。
あの場で咄嗟に庇ってくれたこと自体、彼が私を想ってくれているのが痛いほど分かった。
医務室のベッドで、薬が効いているのか、マシュー王子はぐっすりと眠っているように見えた。
起こすとさすがに悪いかな。
私は顔だけ見て、そっとその場を離れようとした。
「!!」
腕を掴まれて、私は振り返った。
「行かないでくれ」
マシュー王子が掠れた声で私を呼んだ。
「君の夢を見ていた。君が手の届かない遠くへ行ってしまう夢。だから行かないでくれ、どうか側にいて欲しい」
私はそのままベッドの脇の椅子に腰掛けた。
「どこも行きません。殿下の側にいますよ」
まだ、顔色があまり良くない。傷は塞がっているけど、出血が酷かったから仕方がない。
綺麗なアッシュブロンドの髪、国王陛下と同じだな。
私は彼の髪を優しく撫でた。手を握って落ち着かせて眠りに誘った。
思えば彼は私に対していつもまっすぐだ。
兄上は別として、一番早く私に求愛し、すげなくされてもめげずに想っていてくれる。
王妃様が早くに亡くなってしまったらしいから、きっとそれで女性に甘えたい人なのかもしれない。寂しがり屋の人なんだ。
でも、それだけ愛情の深い人でもある。
私が国王陛下と婚約したなんて知ったら、彼はどうするんだろう?
もし本当に結婚したら、私は彼の義理のお母さんじゃん。マクシミリアン王子も息子になってしまう。
こんな大きい子供のお母さんをやれと?
やっぱり無理だーーーー!!
これは本当に王太后様にどうにかしてもらわないといけない。どう考えても、国王陛下との結婚は考えられない。せめて王子のどちらかという訳にはいかないのかな?
頭の中でいろんな思いや考えが巡るけど、まとまらなかった。
医務室を出たら、廊下で兄上が私を待っていた。
兄上の顔を見たら、なんだか堪らなくなった。
「兄上、もう嫌だ。王妃なんて、聖乙女なんて、もう全部嫌だ」
「ああ、分かってる」
兄上は、私の頭をポンポン叩いて宥めた。
「絶対にどうにかするから、お前は僕を信じて待て」
いつも読んで下さってありがとうございます。
一話の話が短いので、シリアスシーンが続いて展開が遅くて申し訳ないですが、あくまでこの話はラブコメです! この先、どうしてもやりたかったネタの為に書いてます。
どうか気長に読んで下さい。よろしくお願いします。




