29 決闘裁判の行方
そして、それからきっかり一時間後、王城内の騎士団の演習場で決闘裁判が開かれた。
国王の御前で開かれるそれは、勝者が正義というシンプルなものだ。
要は私の場合、勝てば無罪、負ければ有罪。
エステルは、上等な絹のシャツにキュロットという出で立ち。腰には剣を帯びている。
そして対する私は──。
演習場に姿を現した私を見て、裁判の行方を見守る傍聴人である騎士達もざわついた。
聖騎士の鎧を身に付けた私の姿に、会場の皆が驚きを隠せなかった。
「どういうことだ!?」
「あれは聖騎士にしか許されない格好では?」
ざわつく場内を、国王陛下が右手を挙げて場を収めた。
「そなたが聖乙女か? 聖騎士の姿で現れるとは、これは一体どういうことだ?」
国王陛下はまだ四十代半ば、まだまだ充分に若い姿だった。
アッシュブロンドにエメラルドグリーンの瞳、さすがあの王子達のお父上とも言うべき、渋いイケメンだ。
「それは私が、聖乙女の前に聖騎士だからであります」
「どういうことだ?」
「どういうことかと言われましても、この剣に誓いを立てた以上、私は聖騎士です。決闘裁判ということでしたので、本来の姿で参りました」
「その姿が本来の姿だと?」
「左様でございます」
最後まで、私は悩んだ。
しかし、これまでユージーンとして生きてきた人生も、私の一部なのは間違いなく、聖騎士になるにあたって己の信念に従うという誓いを立てた。
このままそれを偽ったまま、女として生きていく訳にもいかないと思ったのだ。
国王陛下に、私の姿がどう映っているのかは分からない。しかし、決してエステルの言うような女でないことだけは、知ってもらいたかった。
裁判に勝ったとしても、誤解されたままはやっぱり辛い。
「嘘、偽りなく、私は聖騎士ユージーン・ルカ・フォーサイス。幼き頃に先代聖乙女より、能力封じの呪いを受けて、長らく男性として生きて参りました。呪いの効果が解け、今は女性としてユージェニーに戻りましたが、私の精神は紛うことなき、聖騎士のままであります」
再びあちこちでざわめきが起こる。死んだと言われるユージーンが聖乙女として現れたのだから、無理もないだろう。
「ユージーンですって!? あんたが?」
エステルが、私の顔を覗き込んだ。
「王立学院で、彼を知らない人はいない。在学中に史上最年少で聖騎士に合格した、あのユージーン?」
「そうよ、彼女がユージーン、その人よ」
よく響く声、青みがかった髪、黒縁眼鏡の制服姿の女子生徒はクラリッサだ。
「彼女は、あなたが言うような人物ではないわ。清廉潔白な人よ」
「陛下、ユージーンは死んだはずです。先日葬式までちゃんとやりました! その死が嘘だとしたら、それも罪です!!」
エステルが叫んだ。
「なんだと? ユージーンが死んだとは? その死も偽りだったと申すか?」
これには、素早くマクシミリアン王子が現れて説明をした。
「恐れながら、その死は止むに止まれぬ事情によって、私の策によって成された偽装であります。それが罪になるのでしたら、どうか私を罰して下さい」
「止むに止まれぬ事情とな?」
「彼女は聖乙女の資質を持ちながら、男性として生きて来ました。男性としての縁談話もあり、相当悩んでおりました。そのしがらみを断ち、女性として聖乙女の役目を全うする為、男性としての名とその人生を捨てる必要がございました。全ては私が主導し、実行したこと。彼女に非はございません」
マクシミリアン王子が、国王陛下に深く頭を下げた。
ユージーンの偽りの死の責任を一人で背負う気なんだ。
「事情は理解した。だが、マクシミリアンよ、今回は決闘による裁判になってしまった。己の無実を主張するならば、勝つしかない。聖乙女よ、戦うことに異存はないな?」
「はい」
むしろ、私としてはそちらの方が都合が良い。
「では、始めるが良い。ニコラス、審判を務めよ」
「はい、二人とも前へ」
ニコラス様が、私達に前に出るように指示した。
「これは正式な決闘だ。勝った方の主張が認められ、負けた方は罰せられる。心してかかれ」
私達は対峙して、お互いの顔を見やった。
エステルは、緊張した面持ちだが、その目に闘志の色が浮かんでいる。この状況下でも諦めてはいないようだった。
「始め」
「うおーーーーっ!!」
開始の合図とともに、エステルは叫び声を上げながら鋭く斬りかかってきた。
確かに攻撃は早いが、私はなんなく剣を滑らせていなした。
実践を何度も経験し、聖騎士として修練を積んだ私には、彼女の攻撃などなんてこともなかった。
私はすれ違い様に、彼女の剣を握っている右手首を手刀で叩き落とした。
「え?」
剣を落としてしまった彼女の首元に剣先を突きつけて、勝負は一瞬でついてしまった。
「そこまで! 勝負あり」
会場が一気にどよめいた。私の勝利に、かつての仲間達も叫び声を上げて喜びを示した。
私は一礼して、国王陛下へ向かって跪いた。
「聖乙女は無罪とする」
とりあえず、やった! ホッとして皆がいる方を振り返ると、私の背後で、何やら不穏な気配を感じた。
「ジーン、危ない!!」
鋭い叫び声が聞こえて、まるでスローモーションのような一瞬だった。
私の背後を斬りつけようとしたエステルの攻撃を、マシュー王子が私を庇って受けてしまったのた!!
「殿下!!」
「君に怪我はないか?」
私は首を横に振った。
エステルがためらったせいなのか、傷は浅そうだが、肩からざっくり斬られて血が流れている。
「聖乙女なんて、絶対に認めない!!」
取り押さえられて、連行されるエステルは最後までそう叫んでいた。
私は直ちに、意識を集中して回復魔法を唱える。
聖乙女となってから、いや女に戻ってから魔法の能力が格段に上がったので、これくらいの傷を治すのは容易いことだった。幸い命に別状はなさそうだ。
すっかり傷を塞いだが、流れた血までは戻せない。
マクシミリアン王子がすかさず指示を出した。
「すぐ、医務室へ」
私も付き添って行こうとしたが、なぜか国王陛下の護衛に止められてしまった。
「聖乙女はこちらへ」
皆の心配そうな視線を受けて、私は護衛達に付いていくしかなかった。
護衛達に先導されて、連れていかれた先は謁見の間だった。玉座である椅子に国王陛下が腰掛けて待っていた。
「マシューの具合は?」
護衛達が、国王陛下に王子の容態を報告して、陛下も安心した様子だった。
「まずは、息子を救ってくれた礼を言う」
「いいえ、救われたのは私の方です」
あそこで王子が庇ってくれなければ、私はもろに斬りつけられていたかもしれない。
「では、早速本題に移ろう。単刀直入に言う。そなたは私の妻となり、王妃の座につけ」
「え?」
一瞬理解が出来なかった。妻? 王妃?
「王妃が亡くなって、独り身を通してきたが、そなたが現れて気が変わった。私の後添いとなり、私の子を産んでくれ」
「え、ええええ!?」
国王陛下に結婚を申し込まれたの?
「息子達が、そなたの夫候補なのは重々理解している。だが、そなたはまだ誰を夫にするか決めかねている様子。だったら、私の妻になってしまえ。さすれば迷う必要などなくなる」
「いやいやいや、ちょっと待って下さい!!」
確かに国王陛下はまだお若いけれど、さすがに年が離れ過ぎて。王妃って、ちょっと待って!!
王太子妃ですら気後れするというのに、王妃なんて!!
「だが、私はもう決めたのだ。そなたの凛とした美しさに心を奪われた。直ちに触れを出して、秋の収穫祭の前には結婚式を挙げよう」
そんな!! 私に断るという選択肢はないの?
「聖乙女としての役割もあるのは分かっている。暮らしは結婚式まではそのままで良い。だが、部屋は王妃の部屋へ移るように」
私は愕然とした。
兄上、助けて下さい!!
いつもありがとうございます。
ラブコメ要素どこへ行った?
作者としてはツッコミ満載の話なのですが、ストーリー上、シリアスな話もあるんだくらいでご了解下さい。
次回もよろしくお願いします。




