28 無実なのに裁判なんて酷い
翌朝、早々に姿を現したアレックスに私は顔を見るなり泣きついた。
「アレックス!!」
「ど、どうしたの?」
クラリッサの媚薬の件は、簡単に電話で話をしたんだけど、エステルの件はさすがに夜遅かったので、相談出来ず終いで。
私は簡単に昨夜のことを説明した。
「うーん、エステルって亡くなった王妃様の兄君の娘だから、僕とは親戚でもなんでもないんだよね。最近僕も学校行ってないし、よく知らないんだよな」
幸い、アレックスは病院での処置が早かったからか、媚薬の効果は何も感じなかったそうだ。今日も体調には問題ないらしい。
「ジーン、昨日の電話でさ、ちょっと動揺してたよね。なんかあった?」
ギクっ!!
「ここではちょっと」
私は小声で返事をしながら、窓際に陣取って読書をしているユーエンを見た。兄上も準備が済み次第、部屋に入ってくるだろうし。二人の前ではちょっと話しづらいな。
「何々? 聞きたい」
「じゃあ、ちょっとこっち来て」
私はアレックスの手を引いて、バルコニーに出た。
まだ兄上は来ていないし、窓を閉めてしまえば、ユーエンには聞こえないだろう。
「スターリングと何かあったの?」
「スターリングにはキスだけされて、その後は兄上が来て助けてくれたから」
「キスされた!? 向こうから?」
私は仕方なく、スターリングのことを話した。
「ずっと好きだったって? やっぱりそうか」
アレックスは、妙に納得した感じだった。
「頑なに、候補を降りないって言うもんだから、ひょっとしてとは思ったけど、ようやく白状したんだね」
「でも、あの場合は仕方ないと思う。私が自分で服を脱いでしまったから、襲ってくれって言ってるようなもんだし」
アレックスはうーんと唸った。
「お兄さん、来てくれて良かったね。あの人、なんだかんだで頼りになるから。僕に病院に行けって言ったのもあの人だし」
アレックス、あんなにいつも兄上に悪態ばかりついてるのに。
「でも、その後なんだけど」
「お兄さんに迫られた、そうでしょ?」
「!!」
アレックスは、したり顔で話を続けた。
「お兄さんも媚薬を飲んでたからね。普通に考えて、何にもない訳ない。あの人、普段抑えてる分、反動もすごかったと思うよ? キスだけで済んだ?」
「うん」
「お兄さんも我慢してたんだ。立場的に、一番辛いからね、あの人。ずっと好きで見守ってきたのに、横から掻っ攫われるかもしれないんだもの。ちょっと同情してしまうよ」
アレックスは兄上をそう見てたんだ。
うーん、やっぱり言えない。夫をこのまま誰も選べなかったら、兄上と結婚するってことを。
ん? それって結局、兄上を選ぶってことと同じなのでは?
「あーっ!!」
「ど、どうしたの?」
「な、なんでもない」
私は慌てて首を横に振る。なんかまんまと兄上にしてやられた気がする。
誰か、他に選んでしまえばいいんだ。そうしたら、約束も無効だし。そんなに気にしなくていいだろう。
「それより、エステルのことだよ」
「それはマックス兄様に、とりあえず相談しよう」
その時、部屋の中から兄上の呼ぶ声がした。
「おーい」
私達が部屋に戻ると、兄上とマクシミリアン王子とマシュー王子、そしてニコラス様の姿まで。
みんな揃ってどうした!?
「ちょっと面倒なことになった。君の弾劾裁判が開かれることになってしまった」
「はあ!?」
エステルの仕業だ!!
「困ったことに私でなくて、父上に直訴した。夜遅くに夫候補を同時に二人も部屋に連れ込んだとして、君の罪が問われる。なんと先のユージーンの件まで持ち出してきた。クラリッサの目撃証言も揃っていることもあって、非常に厳しい状況だ」
「そんな!? ユージーンの件なんか完全に言い掛かりじゃないですか?」
「表向き、ユージーンを死んだことにしてしまったからね。今さら君達が同一人物と言ったところで、難しいだろう」
マクシミリアン王子は、それでも厳しい顔はしていない。どこか、余裕さえ見える。
「幸いクラリッサが、こちらの擁護に回ってくれるらしい。全ては自分の誤解だったと、証言してくれるそうだ」
「それは良かった」
まさかあのクラリッサが、心強い味方になるとは思わなかったな。だからと言って、絶対に気は許せないけど。
「ユージーンの件は私も証言するから大丈夫だ。君とユージーンは決してそんなやましい関係ではなかったと」
ニコラス様がそう言ってくれたので、その件はほぼ大丈夫だろう。
「ただ、父上が非常にお怒りだ。マシューが墓穴を掘ってしまったのが、一番いけないんだが。もう裁判は避けられない」
私はそれでも、不安が隠せない。何も悪いことはしていないのに、裁判にかけられるなんて、やっぱり怖い。
「もし、有罪にでもなってしまったら、どうなるのですか?」
これには、兄上が答えてくれた。
「過去に、聖乙女が裁かれた事例はある。彼女は魔物と通じたとして裁判に掛けられた。そして──」
兄上は、そこで言葉に詰まった。
続きを言うべきか迷ってさえいるようだ。
目が空を泳いでいる。
「どうなったの?」
兄上は、取り繕った笑顔で爽やかに答えた。
「あぁ、今回のお前の事例とは訳が違う。過去の聖乙女のようにはきっとならない」
ってことは、その聖乙女は大変なことになったんじゃないか!! なんだかなぁ。
「お兄さん、変なこと言わないでよ!! ジーン、大丈夫?」
肩を抱いてくれたアレックスが、私をソファに座らせた。
「で、裁判はいつに?」
兄上がマクシミリアン王子に聞いた。
「今日、午後一時からだ」
そんな今日すぐにやるの? 早いな。
「負けたら、良くも悪くも幽閉だ。あとは察しの通りだな」
兄上が小さく囁いた。
察しの通りって、バカな私でもさすがに分かってしまった。
「もし、裁判で負けるようなことになったら、問答無用で私の妃にする」
マクシミリアン王子が断言した。
「王太子妃になれば、幽閉なんてことにはならないから」
それはそれで嫌なんですけど。
王太子妃なんて、私にはとても無理ですって!!
この裁判は絶対に負けられない。
しかし、裁判開始一時間前に、今回の裁判長である元老院議長から、とんでもない連絡が入った。
今回の裁判は決闘形式で行うと。
「決闘裁判だと!?」
その場にいた一同全員が、驚愕の声を上げた。
マクシミリアン王子が、経緯を説明してくれる。
「クラリッサが、こちら側に付くと知ったエステルが、どうも言い出したらしい。自分が不利とされると否や、実力行使に走った訳だ」
「エステルの実力は?」
これには、なぜかニコラス様が笑って教えてくれた。
「女の子としては確かに強いけど、君にはまるでかなわないよ。だから大丈夫だ」
「エステルの通う剣術道場の師範は、ニコラスだからな」
マシュー王子がなぜニコラス様が詳しいのかネタバレしてくれた。
「エステルは、ジーンが元聖騎士なのを知らないからな。このまま、決闘に持ち込めば向こうは勝てると踏んでる。こちらとしては、逆に願ったり叶ったりだ」
「元々はお前のせいだろうが! ジーンはただのとばっちりだぞ? これを乗り切ったら、お前にはそれなりのペナルティを課すから覚えとけよ」
マクシミリアン王子が、マシュー王子を厳しく叱りつけた。
マシュー王子だって、私に迷惑をかけるつもりはなかっただろうし、彼も被害者な気がする。
あくまで悪いのはエステルだ。
いつもありがとうございます。
なんだかんだで毎日連載が続けられるのも、読んで下さる皆様のお陰であります。この場でお礼を申し上げます。
さて、お話は大変な方へ動き出していまいました。次回は急展開予定です。明日も出来れば更新したいと思います。




