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元悪役令嬢と婚約破棄してなぜかヒロインやらされてます。  作者: 上川ななな
僕が私になりヒロインになって攻略される寸前まで
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27 悪女に仕立て上げられて

「一体何事なんですか?」


 兄上の機嫌は最悪だ。

 仮にも相手は王子様なんだから、あんまり態度に出さないで欲しい。思えば兄上は、私の夫候補になってから、他人に対する態度がドライに変わった。

 たぶん元々の性格なのだろうけど、合理的で他人にまるで興味がないんだ。優しいと思っていたのは、ただ誰にでも公平にしていただけ。兄上が執着しているのは、後にも先にも私だけだということ。


 兄上と兄君のマクシミリアン王子とは、お互い言いたいことを言い合える気安い仲だからいいかもしれないけど。


 どうやら、兄上の失礼な態度なんて、今のマシュー王子には、どうでも良いことのようだった。

 マシュー王子は、部屋のドアの方も警戒しつつ、ソファにどかっと腰を下ろした。


「実は今、母方のいとこにあたる侯爵家の娘が来ていてな。私が女性関係を清算した話をどこからか聞きつけて、何を勘違いしたのか私と結婚すると言い出した。まあ、ずばり困っている。助けてくれ」


「私の夫候補の話はしたんですか?」


「もちろん、したさ!」


 テーブルに置いてあったお茶を一気飲みして、マシュー王子は一息ついた。


「あ、それ僕のお茶」


 私は兄上の足を踏みつけてから、マシュー王子の対面に腰掛けた。


「じゃあ、なぜそんな話に?」


「君と結婚するのは兄上でいいとさ。王子二人も夫候補にするなんて、ずるいって話だ」


「はあ」


 王子達といとこにあたる侯爵家の令嬢とくれば、名門の娘だ。

 王子の相手としては、なんの遜色もない。

 話を聞いている限り、相当わがままそうだ。


「どんなお嬢様なんですか?」


「名前はエステルだ。エステル・アークライト。アークライト侯爵家の一人娘だ。年は十六、王立学院一年で趣味が剣術」


 アレックスと同い年か。趣味が剣術って、うーん。


「あいつをただの深窓の令嬢と思ってはいけない。あれはちょっと規格外だ」


「規格外?」


 その時、外の廊下をものすごい勢いで走り回る音が響いた。結構遅い時間なのに、何事だろう?


「マシュー兄様! どこ? 逃げても無駄だ!!」


 ドアの向こうでマシュー王子を呼ぶ声が響いた。


「!!」


「ヤバイっ、あいつだ!!」


 マシュー王子は、オロオロしながら部屋中を見回した。


「くそっ、とりあえずベッドに隠れるぞ」

 

 そう言って、なぜか私の手を引いてベッドへ向かう。

 ベッドに連れ込まれそうな私に、兄上が咎める声を上げる。


「あ、おい!!」


「マヌエルも隠れろ!!」


 マシュー王子が早口で叫んだ。


「えっ、ええ!?」

 

 兄上は仕方なく素早くバスルームへ隠れたようだ。

 ベッドに潜り込んだ私は、とりあえず頭だけ布団から出す。

 マシュー王子は布団の中で息を殺している。


 その時、ドアがバーンと開けられて、メイドの制止を振り切って一人の少女が部屋に滑り込んできた。


「マシュー兄様!! ここにいるのは分かってるんだ!!」


 少女は部屋を見回して、丁度ベッドにいる私に気付いた。


「あんたが聖乙女?」


 見事な赤毛の娘だった。淡いペールブルーの双眸が、私をまっすぐに見つめた。緩やかな長い髪を後ろでリボンでくくり、服装は上等だがどう見ても男物だ。腰には剣を帯びている。


 これはまあ、確かに規格外だ。


「へえ、確かに美人だ」


 エステルはベッドの近くまで来て、私に剣を向けた。


「マシュー兄様はどこだ? 正直に言った方がいいぞ?」


 これは、ちょっと酷いな。

 私は少し笑ってしまった。じゃじゃ馬なんてもんじゃない。


「こんな時間に、一体あなたはここで何をしてらっしゃるのでしょう? 仮にも聖乙女の部屋にそんな無粋な格好で乗り込んでいらして。あまりに非常識ではなくて?」


「今さら聖女ぶるのか? 男を何人もたぶらかしておいて。その布団の中にでも、兄様を隠してるんだろう?」


 私は優しく微笑みながら、正直キレそうなのを我慢していた。

 一体なんなんだ? この小娘は!?


「たぶらかすだなんて、失礼な。まだ一人に決めかねているだけです」


「結局何股してるんだっけ? みんなとヤッたの? 体の相性見てから決めるの?」


 あまりの暴言に、私は唖然とした。


 怒りがふつふつと湧き上がる。王家と縁続きの令嬢だかなんだか知らないが、傍若無人過ぎるだろ。

 だが仮にも聖乙女としては、ここでキレる訳にもいかない。


 ──如何なる時も、慈愛の心を忘れずに万民に優しくあれ。


 それが聖乙女の本分だからだ。それを今、嫌というほど授業で叩き込まれているのだから。


「お綺麗な顔して、淫乱なんだね。今もどうせ男を連れ込んでるんだろ?」


 そう言いながら、エステルはクローゼットを開けたり、カーテンの裏を覗いたりし始めた。

 そして、バスルームの方へ向かう。


 そっちには兄上が!! どうしよう!?


 ヒヤヒヤする私をよそに、彼女はとうとうバスルームのドアを開けた。


「あっ!!」


 驚く彼女の声を気にもせず、兄上が濡れた髪をかきあげなら、バスローブ姿で現れた。


「何、こいつ?」


 背を屈めて、エステルの顔を覗き込む。


「お前、誰? なんでここにいるの? ジーン、こいつ何?」


 兄上には何か考えがあるんだ!


「さあ? マシュー王子を探してるらしいけど、勝手に部屋に入り込んで来たんだ」


「はあ? 何それ」


 兄上はこの上なく意地悪な笑い方をした。

 そして、まるで小さい子供に諭すように言った。


「お嬢ちゃん、ここは聖乙女の部屋だよ? 王子様の部屋なら下の階じゃないかな?」


「あ、あなた誰なの?」


 エステルは思わず兄上に剣を向けた。

 兄上は婉然と笑いながら、剣先を指で弾いた。


「僕は聖乙女の先生だよ。こんな物騒な物を、子供が振り回したら危ない。夜も遅いし、さっさとお家へ帰りなさい」


「先生のくせに、聖乙女の部屋でシャワーを浴びるなんて変よ! あなた達、本当は出来てるんでしょ?」


 エステルもそう簡単に引く気はないようだ。

 なかなかいいところをついてくる。


「もちろん、ただの先生じゃないからね。僕と彼女の顔を見て、何かに気付かない?」


 エステルは私と兄上の顔を交互に見比べた。


「どちらも金髪に青い瞳、あ!」


「兄上、もうそれくらいに」


 私の言葉に、エステルもさすがに状況を理解したようだ。みるみるその表情が、驚愕に震える。


「……二人は兄妹なのね。穢らわしいっ!!」


 えっ、ええ!? 何でそうなる!?


「近親相姦じゃない!! しかもこの王城内で。一体なんてことなの!?」


「は、はあ!?」


 兄上の声が裏返る。

 どんだけ思考が歪んでるんだ!?


「何股もしてる上に、実の兄と関係まで持つなんて。本当に最低だわ。こんな女が聖乙女だなんて、世も末だわ、この悪女!!」


 兄上は呆れて声も出ない。

 これだけ曲解されると、もうどうしようもない。


「これは大問題だわ。聖乙女が実の兄と関係してるなんて。弾劾裁判にかけるべきだわ」


 弾劾裁判だって!?


 まあ、聖乙女もこの国では公人だから、その地位に相応しくないと判断されれば罷免もあり得る。まあ滅多にないけど。


「もうやめろ、エステル」


 マシュー王子がたまらず顔を出した。


「マシュー兄様!? やっぱりそこにいたのね。おい、淫乱女!! その地位を剥奪してやるから見てなさい」


「ジーンはそんな女じゃない。それにマヌエルは、確かに彼女の血縁だが、本当の兄ではない。それに夫候補の一人だ。だから、別に何もおかしいことはないんだ」


 マシュー王子、それフォローになってません!!

 むしろ余計に難しい問題になった気がします。


 兄上はもう、手に負えないと私に向かってジェスチャーで示した。


 兄上は私達が兄妹ということにして、乗り切るつもりだったのに!!


 エステルはまるで汚いものを見るような目で、私達を見た。


「布団の中に兄様、バスルームから兄同然の男、二人も連れ込んでるじゃない。一体何が違うと言うの? 本当に穢らわしい」


 ああ、もう私は知らない。

 マシュー王子はもう、開き直って私を引き寄せた。


「ああ、もうどうでも良くなってきた! お前がアホ過ぎて、話をする気もなくなった。いいか? 私はジーンが好きなんだ。お前とは絶対に結婚なんかしない」


「マシュー兄様!! 兄様はその女に騙されているのよ?」


 どうして、彼女はここまで私を悪者に仕立て上げようとするんだ? 何か恨みでもあるんだろうか?


「うるさい、もう出てけよ!」


「マックス兄様に言いつけてやる!  二人も部屋に連れ込んでるって」


 彼女はそう捨て台詞を吐いて、部屋を出て行ってしまった。

 部屋に残された私達三人は、全員長い溜め息をつくのだった。

いつも読んで下さりありがとうございます!


今日はなんとか更新出来ました!

今回のエピソードは、大掛かりな話の発端なのでバタバタしちゃってます。マシュー王子のターンかと思いきや、ちょっと違うのかな?

次回よりちょっと大変なことになりそうです。


また次も読んで下されば幸いです。

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