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元悪役令嬢と婚約破棄してなぜかヒロインやらされてます。  作者: 上川ななな
僕が私になりヒロインになって攻略される寸前まで
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26 バルコニーでの約束

 その後、アレックスから無事だと連絡があって、私はとりあえず胸をほっとなでおろした。


「アレックスは、孤児院でスターリングを見てから、ずっと何か仕組まれてるって怪しんでた」


「勘がいいからな、あいつは」


 兄上とアレックスといつもなんだかんだで言い合いになっているけど、ちゃんと心配はしていたみたいだ。


 私は昼間あんなことがあったのに、みっちり補習を受けさせられていた。


 やっぱり兄上は優しくない。

 でも、やっぱり優しい。

 ん? 結局どっちなんだ?


「ぼーっとするな!」


「はいはい」


「はいは、一回でいい」


 もう、そんなのどうでもいいじゃんか!!

 私はちらりと兄上を見やる。


 昼間のことがまるで嘘みたいに、いつもの冷静な兄上だった。


「ねえ、兄上」


「なんだ?」


「助けに来てくれてありがとう」


 昼間のお礼を言ってなかった。

 あのまま、もし兄上が来てくれなかったら、スターリングと一線を越えてしまっていたかもしれない。

 あいつのことは嫌いではないけど、もし関係を持ってしまったら、もう夫に選ぶしかない。


「お前を助けるのは当たり前のことだ」


「えーっと、私の護衛だから?」


 兄上はキッと私を睨んだ。


「お前は馬鹿か?」


「兄上みたいに頭は良くない」


 そして兄上は深い溜め息をついた。今日、何回目だろう?

 私はいたたまれない。


 本当は分かってる。兄上が私に一生懸命な理由も、兄上が私にそれ以上を望んでいることも。

 でも、それに向き合ってしまったら、私達はもう兄妹でいられなくなってしまう。

 私はそれが怖いのかもしれない。

 兄上が兄上でなくなってしまうのが、なんだかとても惜しいのだ。

 私のわがままなのは分かってる。私はきっとずるいんだ。


 マクシミリアン王子が言っていた。

 私が兄上と呼ぶ限り、兄上は兄を辞められないと。


 でもあの昼間のキスは、やっぱり忘れられない。

 胸の奥がじんとする。何だろう? これは。


「今日はもうダメだな。お前の集中力が足りない」


 勉強が捗らないので、兄上が見切りを付けてしまった。

 キスのことを思い出してたなんて、絶対に言えないけど。


 兄上は席を立って、バルコニーへ出た。

 開け放した窓から、涼しい風が入ってくる。


 昼間の事件から、今朝までのギクシャクは直った気がする。兄上の態度が軟化したというか、機嫌が直ったというか。

 やっぱりキスしたからかな? それで機嫌が直るなら、もっと早くしとけば良かった?


 いやいや、あれは家族のキスじゃないし、あんな感じはやっぱりマズイだろう。


 なんだか顔がまだ熱い。涼しい風に当たりたくて、私もバルコニーに出た。

 もうすぐ初夏、春が終わって夏がくる。

 兄上が星空を眺めながら聞いてきた。


「夏になったら、海にでも行くか?」


「山の方がいい」


 海はちょっとなぁ。水着になるのに抵抗が。


「兄上」


「なんだ?」


 兄上の綺麗な横顔を見つめながら、常々の疑問をぶつけた。


「春までに、夫を決められなかったらどうしよう?」


 兄上は、びっくりした顔でこちらを振り向いた。


「決められないとどうなるの?」


 ゲーム中では、必ず聖乙女は夫を決める選択をする。

 決められない、選ばないという終わりはないのだ。

 だが、これは私にとっては現実でゲームなんかじゃない。


「過去に前例がない訳じゃない。夫を選ばなかった者もいる」


「えっ?」


 兄上は、バルコニーの縁にもたれながら、思い出すようにして答えた。


「確か先先代の話だ。彼女には元々病にかかった恋人がいて、聖乙女に任命されたと同時くらいに恋人が亡くなったんだ。夫を選ぶように周りからも言われたが、とうとう誰も選ばずに」


「どうなったの!?」


「別にどうも? 普通に任務を全うしたよ。次代が決まったら、早々に退任した」


 そんなもんなんだ。必ず、絶対選ばなければならないって訳じゃないんだ! 少し気持ちが軽くなった。


「──だが、お前にはそれが許されない」


「なんで!?」


 兄上は軽く溜め息をついて、私にまっすぐ向き直った。


「先代が亡くなって、何年空いてると思う? 国は随分と疲弊してきている。守護の力が弱まっているからだろう? 作物は不作が続いて、税も年々上げるしかなくなっている。孤児院の件だってそうだ。しわ寄せが、ああいう場所にまできているんだ。聖乙女が聖殿に入れば改善されるのが目に見えている。現在、お前の他に資質を満たす者は出ていない。聖乙女は決して世襲ではないが、次代を残すのも役目の一つだ」


 つまり、私は早々に結婚して子供を作らないといけない訳だ。


「もし、お前が選べないとなれば、聖殿の神官達が候補の中から一番お前にふさわしい相手を選抜するだけだ。つまりあてがわれる」


「それ本当なの!?」


 兄上は皮肉な笑い方をした。


「王族と変わらない身分と言われるが、実際は違う。聖乙女に人権なんかない。なぜ、うちの一族が血族結婚を繰り返したのか、理由は明白だろう」


 それは、初代の直系にして、うちの一族が聖乙女の資質を持つ者が多く出る家系だったからだ。


「王子達が、いやマシュー王子はともかく、マクシミリアン王子が真っ先に候補に名乗り出たのはそれが理由だ。王太子妃になれば、いくら聖乙女といえど無下にはされないからな」


 そうだったんだ。やっぱりマクシミリアン王子は私のことも考えて言ってくれてたんだ。


「まあ、このままだと遺伝の法則で、相手は僕かニコラスだろうな。だが、ひょっとすると僕は血が濃すぎて敬遠されるかもしれない」


 私は愕然とした。

 兄上は本当は伯父夫婦の子供。でも元々我がフォーサイス家は血族結婚を繰り返してきた家なので、普通よりずっと血が濃いんだろう。


「この話はいずれと思ってたが、お前には酷な話だったな。お前はもう成人だ。聖乙女として生まれてしまった以上、役目は果たすべきだ」


 お城に住めて、優遇されて敬われる存在だと思ってた。でも、本当は違う。


 聖殿に一度入れば、自由に外に出ることも許されない。だからこの一年の間に、唯一の権利である夫を自由に選ぶことをしなくてはならないのだ。

 まさに籠の鳥だ。来年の春には私もそうなる。


「逃げるか? お前が全部投げ出して、逃げたいと言うなら、僕がここから連れて逃げてやるぞ?」


「兄上!!」


 兄上がそんなことを言うなんて!

 そんなことをしたら、この国はどうなるのだろう?


「だったら、素直に兄上と結婚すればいいんじゃ?」


「そうするか?」


 兄上は微妙な表情をした。ちょっと複雑そうな困った笑顔。

 確かに兄上となら、今とたいして何も変わらない気もする。


「どうしても、誰も選べなかったらそうする」


「……本当にいいんだな?」


 私は頷いた。

 兄上とどうこうなんて、今は考えられないけど、勝手に相手を決められてしまうなら、一番気安い兄上でいい。


 アレックスはがっかりするだろうけど。


「言質を取ったからな。お前が誰も選べなければ、僕と結婚だぞ?」


「分かった」


 渋々返事をした私に、兄上は手招きをする。


「こっちへ来い」


 バルコニーの縁に腰を下ろしている兄上の前に立った。

 私を見上げる眼差しは、心配とも取れる色が浮かんでいた。


「約束の証として、貰っとくぞ」


 兄上は私の頬に手を当てて、そのまま自分の方へ引き寄せていく。


 兄上の顔が近付いて、私は思わずぎゅっと目を閉じた。


 キスされる!!


「おーい!」


「!!!!」


 突然、どこからか響いた声に私達は我に返った。


「なんだ?」


 半分キレ気味の兄上の声。いい所を邪魔されたから?


「ここだ、ここ」


 声はバルコニーの下から聞こえる。

 思わず下を覗くと、階下のバルコニーの手すりの上に立って、上へよじ登ろうとしているマシュー王子の姿が!!


「マシュー殿下?」


 なんでそんな所に!?


 あっという間によじ登って、こちらへ飛び降りた。


「悪いが、ちょっと匿ってくれ」


 言うなり、私の部屋へ入ってしまう。

 私と兄上は思わず顔を見合わせた。兄上は首を傾げながら、


「なんなんだ? 一体」


 私達が部屋に戻ると、マシュー王子は素早くカーテンを閉めた。


「いいか? これから誰が来ても、私を知らないと言ってくれ。私はここには来ていない。頼む」

いつもありがとうございます。


地道に読んでくださっている方もいるようで、大変励みになっております。

毎日更新を心掛けてきましたが、残念なことに、とうとうストックが切れてしまいました!

改稿に思ったより時間を取られた結果でございます。地道に書いておりますが、毎日更新は今後は厳しいかもしれません。更新されていたら、ラッキー程度で、よろしくお願いします。

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