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元悪役令嬢と婚約破棄してなぜかヒロインやらされてます。  作者: 上川ななな
僕が私になりヒロインになって攻略される寸前まで
25/161

25 媚薬はとても甘い

「間に合ったか!?」


 ワンピースの開いた胸元を見て、兄上は一瞬顔色を変えた。


「お、お兄さん!?」


 兄上に気付き、真っ青になったスターリングはすかさず、私のはだけた胸元をさっと直した。


 兄上は部屋に入るなり、スターリングを一瞥したものの、何も言わないで私を抱き起こした。


「無事か? 何かされたか?」


 私は思わず首を横に振る。

 兄上は、構わず私を横抱きに抱え上げた。


「……兄上?」


「何も言うな。このまま帰るぞ」


 兄上はそのまま私を外まで運び、繋いであった馬に乗せた。

 懐に私をしっかり抱え込んで、そのまま馬を走らせた。

 風が火照った体に気持ち良く、私は兄上の胸にただ体を預けていた。


 王城の自室に連れ帰られると、兄上はそのまま私をバスルームへと連れて行き、服のまま頭から冷水のシャワーを浴びせた。


「ひゃあああああああっ!!!! 」


 あまりの冷たさに、私は大声を張り上げた。


「いきなり何すんの!?」


「でも、体の火照りは多少治まっただろう?」


 そういえば、あれだけ熱くて仕方がなかったのに。

 火照り? なぜ兄上が知っている?


「薬を盛られたんだ。あの手作りケーキにな」


「ええっ!?」


 そういえば、兄上もアレックスに食べさせられたんだっけ?


「一口しか食わなかったから、効果が出るのが遅かった。おそらく、ちょっとした媚薬だな」


「ちょっと待って、兄上、一体どういうことですか?」


 兄上は私の着替えを持って来てくれた。


「とにかく、そのまま風呂に入って頭を冷やせ。話は後だ」


 そう言ってバスルームを出て行ってしまった。

 一人残されて、改めてシャワーを浴びながら、状況を簡単に整理した。


 手作りケーキには媚薬が入ってた。

 どう考えてもクラリッサの仕業だ。大量の子供のおもちゃや、ぬいぐるみを送り付け、孤児院へと誘導し、スターリングと再会させた。そして密室に二人で閉じ込められた。そこで私に媚薬の効果が遅ればせながら現れて、その後は──。


 どう考えても、出来過ぎだ。


 私は着替えを済ませて、部屋に戻った。

 兄上が、ソファに腰を下ろして私を待っていた。


「落ち着いたか?」


「兄上、これはひょっとして全部仕組まれたことだったの?」


「全部とまでは言い切れないが、仕組まれたことには間違いないな」


 兄上は組んだ両手を顔の前で合わせるようにして、溜め息と共に吐き出すように言った。


「とにかく、お前が無事で良かった」


 その兄上の言葉は、本当に私を心配しているのが痛いほど分かった。


「ごめんなさい。勝手なことをして」


 授業をすっぽかして、孤児院なんて行ったから。


「本当に、何もされてないんだな?」


 兄上は、私をまっすぐに見据えて、もう一度確認してきた。

 うーん、本当はキスだけはされたんだよな。

 これは言うべきなんたろうか?


「正直に言え」


 私の答えるべきか悩む表情で、兄上に勘付かれてしまった。


「キスだけ」


 兄上の長い溜め息。

 このままだと、私は兄上の溜め息恐怖症になりそうだ。


「こっちへ来い」


 私は兄上の前におずおずと進み出た。


「いいか? お前はあいつを無害な奴だと思っていたようだが、それは違う」


 兄上は、抜けるような青い双眸で私を見つめながら、


「男はみんな狼だ。状況や場合によるが、そう思っておけ」


 うーん、そうなのかな?


「兄上も?」


 兄上はまさか自分に振られるとは思ってなかったみたいだ。

 一瞬、言葉に詰まる。でも、目を伏せて答えた。


「……そうだ」


 兄上も、狼になるなんて。まるで想像が付かないなぁ。


「お前はとにかく無防備過ぎる。隙があるから、付け入れられるんだ。もっと女として自覚を持て。僕は心労で早死にしそうだ」


「私を置いて、死んじゃダメだよ」


 兄上は顔を上げて、私を切なそうに見つめた。


「僕が死んだら、ショックか?」


「当たり前だ! 兄上が死んだら、私もショックで死んじゃうかも」


 その途端、兄上は私の手を引いて、自分の膝の上に座らせた。


 ちょっ、もう子供じゃないんだけど?

 こんな風に兄上の膝に乗るのは、子供の時以来だな。

 よくこんな風に膝に乗せて、本を読んでくれたっけ?


「兄上?」


 兄上の金色の髪はまだ少し湿っている。私と同じように冷水のシャワーを浴びたせいだろう。


「ちゃんと乾かさないと、風邪をひいたら大変だ」


「一体何人にキスされたんだ?」


 兄上の長い指が、私の唇をなぞった。

 何だか背筋がゾクゾクした。


「僕にもしてくれ」


 私を見つめる目が、いつになく真剣だ。

 いつもの綺麗な青い目が、熱を帯びて少し潤んでいる。

 兄上が、兄上でないような、何だか不思議な気分。

 ひょっとすると、まだ媚薬の効果が抜けてないのかもしれない。


 子供の頃に何度もキスなんかしたことはある。

 母上が幼い頃に亡くなってしまったので、兄上が母上の代わりにいつもおやすみのキスをしてくれていた。


 でも、あれはおでこにだしな。


「一回だけだからね」


 私は兄上の額に軽くチュッとキスした。


「そこじゃない」


 ムッとした兄上は、口を尖らせた。

 やっぱり、ちゃんとしないとダメか。

 今さらどうだと言うのだろう? 兄上とは子供の頃にふざけあって何度もキスしてるじゃないか。


「目、瞑って」


 私は意を決して、兄上の唇に軽くキスをした。


「軽すぎる」


 ダメ出しされてしまったので、もう一度した。

 今度は少し長く。


「ダメダメ」


 うーん、どうしたら兄上は納得するの?

 私はもう意地になって、兄上の頬を引き寄せて何度もキスをした。


「下手くそ」


 兄上は意地悪そうな笑みを浮かべた。

 ぐっと腰を引き寄せられて、キスされた。

 唇をずらしながら、軽く吸うように。

 甘くて優しいキスってこんな感じなのかな?

 兄上は唇を外すと、頬にキスして、瞼にキスして、最後に額にキスをした。


「今日はここまで勘弁してやる」


 兄上はちょっと笑って、私に膝から降りるようにポンポンと叩いて指示した。


「兄上?」


「これ以上は理性が吹っ飛びそうだ。もう一度シャワーに行ってくる」


 兄上は逃げるようにバスルームへ向かった。

 体がほんのりとまだ熱を持つ。


 あれ? 私は今、兄上とキスしてたんだよな?

 やたらと実感して赤面する。なんだか胸がドキドキした。

 あれは家族のキスの範疇を超えている。恋人で交わすキスだ。キスがあんなに甘いなんて思わなかった。


 兄上を異性として意識するなんて、私の中ではあり得ないことだ。


 そうだ、これはきっと媚薬のせいなんだ!!

 ──そういうことにしておこう。



 そういえば、あのまま孤児院を出てきてしまったけれど、大丈夫だったのだろうか?


 アレックス達も置いてきてしまったし。

 あ! あの子もケーキを口にしたのでは!?


 しばらくしてバスルームから出てきた兄上に、私は詰め寄った。


「兄上! アレックスもあのケーキを食べてた! どうしよう!!」


 兄上は、何でもないような顔をして、


「落ち着け。アレックスなら大丈夫だ」


「えっ!?」


 兄上はソファに再び腰を下ろして、一息ついた。


「今頃は病院で、対処されてるはずだ」


「病院!?」


 兄上は頷いて、コップに水を注いで一口飲んだ。


「お前達が出掛けた後、すぐ僕の体に異変が起きた。症状からして媚薬の類だと思ったから、すぐ孤児院に連絡を入れたんだ」


「手作りケーキのせいだと?」


「それしかないからな。そうしたら、お前とスターリングがいなくなったと、ちょっとした騒ぎになってた。とりあえず、アレックスの体調が心配だったから、すぐユーエンに病院に連れて行くように言ったんだ。お前を放って行くのは、忍びないと奴は渋っていたがな」


 そうだったんだ。それで、兄上自ら探しに来た訳だったんだ。


「お前達を閉じ込めた子供達が嘘をついて、みんなそれに振り回されていたんだ。なんのことはない、お前達は頼まれた言いつけ通り、食料庫に閉じ込められてただけなんだがな」


「さすが兄上!」


「ことはそう簡単じゃないぞ? これを仕組んだのは、クラリッサだからな」


 そうだった!


「ケーキに媚薬を仕込んで、大量の子供のおもちゃとぬいぐるみを送りつけ、孤児院に誘導し、スターリングと会わせるまでは、あの娘の筋書き通りなんだろう。だが、どうもことがうまく行き過ぎな気がして」


 兄上は眉根を寄せて、少し考え込んだ。


「おそらく、院長もグルだ。そして子供達も」


「ええっ!?」


 そんなことって、まさか? あんな優しそうな先生が?


「大方、侯爵家から、寄付の話でもされたんだろう? あそこは一応王家の管轄だが、度重なる税制の圧迫の影響で、年々予算が減らされていると聞く」


「あの小娘が、いかにも使いそうな手段だな。スターリング本人はどうだった?」


「いや、彼は何も知らなそうだった」


 兄上はふうんと頷いた。


「どっちにしろ、あの小娘はそう簡単には諦めないだろう。自分の兄貴とお前をくっつける為に、今後も何か仕掛けてくるに違いない。お前、本当に厄介な相手に惚れられたな」


 兄上には、まだスターリング自身にも好意を持たれてることを言ってない。いや、とても言えそうになかった。

いつもありがとうございます。


ようやくお兄ちゃんのターンです。立場的に一番難しい人なので、本編ではあれくらいが限界です。


地道に書き続けて載せていきますので、これからもよろしくお願いします。

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