21 思わぬ再会
私達は、王子の希望でこの世界のファストフードとも言える、パン屋の併設のレストランに入った。
ハンバーガーや、焼きたてのパンが味わえる、若者に人気の店だ。ここはパンがとにかくおいしい。私はここのクロワッサンが大好物で、よく仕事帰りにお土産に買って帰っていたっけ?
「久し振りに来たけど、だいぶ様変わりしたなぁ」
「来たことあるんですか?」
王子は席に着いて、辺りを興味深く見回すと、
「子供の頃に何度かね。マシューと二人で来たんだ」
へえ。マシュー王子と二人で連れ立ってか。
私はメニューに目を通す。
何にしようかな? 外食は久し振りだ。
「殿下は何にします?」
「なんかいいね、本当に恋人みたいで」
王子は頬杖をついて、優しげな笑みでこちらを見ていた。
ちょっ、そんなことよりメニューを選ばないと!!
思えば確かに女になってから、こんな風に誰かと外食なんてしたことなかった。
ヴィヴィアンとは何度もここで食事はしたけど、子供の頃からだから、そういえばデートって感覚でもなかったしな。
そういえば彼女は元気だろうか? 結局学院にまた行かなくてなってしまったので、気まずいままだ。
「どうした? 何か考えごと?」
「いえ、何でもありません」
「ふぅん、妬けるな。私といる時は、私のことだけ考えてて欲しいものなのに」
もうどんだけだよ? どんだけキザったらしい台詞を吐けるんだ?
「お客様、困ります!!」
その時、店の入り口の方が何やら騒がしいのに気付いた。
「他のお客様の迷惑になりますので」
「いいから、席を空けなさい!! 私を誰と思ってるの?」
なんだ? なんか変なお客かな?
店内がざわつく。
夕食時には少し早い時間だけど、店は割と混雑している。
仕事帰りのカップルや、家族連れで大体の席は埋まっている。
どこかの令嬢がワガママでも言っているのだろうか?
「とにかくクロワッサンを全部買うわ。この店にあるだけ、全部持って来なさい!!」
クロワッサンを全部? それは困るなぁ。
何事かと立ち上がった他のお客が、クレーマーらしき女性の周りを囲み出して、こちらには張り上げる声くらいしか聞こえない。
「変な客がいるみたいだね、お店の人も大変だ」
なんとなく小声で私達は会話する。
「クロワッサンを帰りに買いたいので、買い占められたら困ります」
「うーん、それは確かに困るな。ちょっと店の者に頼んでこよう」
王子が立ち上がったので、私も慌てて立ち上がろうとすると、
「いや、君はここで待っててくれ」
そう言われると、おとなしく待つ他ない。
彼は、クレーマーの対応に追われる店員の方へ向かった。
ざわつく店内、お客は皆、クレーマーと店員のやりとりが気になるようだ。
「あなた、何様ですの?」
「何様? ただの客だが?」
そのうちクレーマーの女性が、マクシミリアン王子に絡み出した。さすがにこれはまずい!!
私はすぐさま席を立って、彼の援護に向かう。人だかりから顔を出すと、真っ向から言い合いになっている王子とクレーマーの女性、それをオロオロしながら見守る若い女性の店員達の姿。
クレーマーの女性はこちらに背を向けていて、この時点では顔は分からなかった。
「君がやっていることは、単なる迷惑行為だ。店にも、他の客にとっても不愉快でしかない。とっとと帰りたまえ」
王子か堂々と相手に注意すると、
「私に意見なさる気? どこのご子息が存じませんけど、私は侯爵令嬢です。こんな店、私の一存でどうにも出来るのですよ?」
侯爵令嬢? あんたが食って掛かっているその人は、この国の王太子なんだけど?
そう思いながら彼の隣へ向かう際に、相手の女の顔がちらりと見えてしまった。
まさか!?
青みがかった長い黒髪に、黒縁眼鏡の娘。
出来れば今、一番会いたくない相手。
私は思わず回れ右をする。
なぜここに? 精神病院にいるはずじゃ?
「ジーン? 来てしまったのか?」
王子に先に気付かれてしまった。
しかし私は、クレーマー女──つまりクラリッサに気付かれたくはない!
「あ、やっぱり席に戻ってます……」
「ジーン?」
クラリッサは私の名前を呟いた。
王子が私をそう呼んだのを聞いたせいだ。
既に背中を向けていた私にもそれは聞こえる呟きだった。
──バレたか!?
そそくさとと席に戻ろうとする私の前に、彼女は物凄い勢いで前に回り込んで来た。
「やっぱり!! ユージェニー・フォーサイス!!」
私を見上げながら、顔を覗き込んでくる。
「忌々しい女!! よくも堂々と外を歩けたものよね? あの人を死に追いやっておきながら!!」
「ジーン、まさか?」
王子が、私の隣に来て再びクラリッサに向かい合った。
私は王子に頷いた。
「そうです。彼女がクラリッサです」
「何? もう新しい男を作ったの? 彼があんなことになったのに、聖乙女様は相変わらずお盛んなことね。スターリングが聞いたら、ショックを受けるでしょうね。それとも兄まで弄ぶ気なのかしら?」
いや、スターリングは名目だけの夫候補では? 本人が縁談逃れの隠れ蓑として候補に加えて欲しいと頼んできたんだけど?
「黙って聞いていれば聞き捨てならないな。私の大事な人に、妙な言い掛かりはよしてもらおうか?」
王子は語気を強めてそう言い放った。クラリッサに一歩も引かない。
「あなたはこの女に騙されているのよ。悪いことは言わないわ。ユージーンを散々弄んで、死に追いやったのはこの女よ? あなたもこの女にいいように遊ばれてるのよ」
いや、あんたが嵌めたんだろう?
自分のことは見事に棚に上げてしまうのな。ある意味凄いわ。
一体どうやったら、自分で自分を弄ぶことが出来るんだ?
方法があったら教えて欲しい。
「ユージーンを殺したのは君だろう?」
「な、何ですって?」
マクシミリアン王子は毅然とした態度で言い切った。
「君がユージーンを罠に嵌めたんだ。無実の彼をね。何も知らないと思ったか? 彼を手に入れる為に、手段を選ばず卑怯な手を使っただろう?」
「彼が私に手を出したのよ!? 責任を取るのは当たり前でしょう?」
「それは不可能だ。彼が君に手を出す訳がない」
王子の言葉に、クラリッサはなおも反論する。
「随分自信たっぷりに仰るわね。彼がまさか、同性愛者だとでも? それは通用しないわ。その女の部屋に彼は泊まっていたのよ?」
「その前提が間違っている、そうだね?」
王子が私に同意を求めた。もう覚悟を決めるしかないか。
「ええ、そうです」
クラリッサは怪訝そうな顔をした。
「どういうこと? 彼はその女の部屋に泊まってはいない? そんなはずはないわ。彼が部屋から出てくるのを、この目ではっきり見たのよ?」
そして何かを思い出すようにして、首を横に振る。
「お前、新しい彼にユージーンとのことを知られたくなくて、デタラメを言っているのでしょう? 淫乱で本当に嫌な女ね。こんな女が聖乙女だなんて世も末だわ!」
キッと私を睨みつけて、罵声を浴びせる。
「お前が死んでしまえば良かったのよ!!」
ここまで、歪んでしまうなんて。
彼女の心が悲鳴を上げているのが分かってしまった。
全てはユージーン恋しさ故なのか。
「マクシミリアン殿下、私はもう我慢が出来ません」
「殿下? 赤い髪、あっ!!」
クラリッサは目を見張った。
私の隣の人物が誰なのか、ようやく気付いたようだ。
私は目を一瞬閉じて、深呼吸をした。
王子は静かに私に同意した。
「君の好きにするといい」
私は彼女の顔をまっすぐに見据え、間近で顔を覗き込んだ。
まるでキスでもするかのような距離だ。
「何? 何だと言うの?」
クラリッサは私の顔を、ただ意味も分からず見つめ返した。
「君の目は節穴か? 恋しい男の顔すら分からないのか?」
出来るだけ低い声で、まるで彼の声をなぞるように。
そして私は婉然と微笑む。
だが、きっとその目は笑ってはいないだろう。
「!? ……その目はまさか?」
クラリッサは、顔色を変えた。
「……ユージーンなの?」
そして手を伸ばして、私の頬に触れようとした。
それをすかさず身を離して避けた。
「ユージーンはもうどこにもいない。君の手の届かない場所に行ってしまったんだ。分かったら、さっさと帰るんだ」
全てを悟ったクラリッサは、その場で膝をついた。
「そんな、そんなことって。ああ……」
「このことは他言無用だ。これは国家の機密にも等しい重要な秘密だ。もし漏らしたら、それ相応の罰を受けて貰うぞ? アトウッド侯爵令嬢」
王子のトドメとも言える容赦ない言葉に、クラリッサは震え上がりながら、侍女に抱えられて帰って行った。
いつもありがとうございます!
今回はいつかやらなくてはいけなかった、ざまぁな回になります。
今後も悪役令嬢として、彼女にはまだまだ頑張ってもらいます!
明日も更新予定です。




